10.事件勃発
ついにターゲットの一人であるパニウラディア公爵令嬢スレイアを発見した。
スレイアは事前情報通りの蒼い髪に、事前情報以上に綺麗で隙のないスタイル(ただし胸を除く)の令嬢だった。女性にあまり免疫のないボクとしては、話しかけられるだけで顔が赤くなってしまう。
だけどスレイアはボクのことなど気にしたふうもなくネネトに話しかける。
「ふむ、そうか。それでネネトはここでなにをしておる」
「ロゼンダが私と同じ超古代文明風のドレスを着ているのと、スリーピングローズのことをご存知でしたのでつい声をおかけして──」
「だからといってすぐに友達になろうとするのは淑女としてどうかと思うぞ」
「……はい、そうですね」
まるで妹を諭す姉のような二人の会話。
スレイアの口調こそ高位貴族の令嬢を思わせるものの、さほど距離を感じないのはネネトと愛称で呼んでいるからかな。
「ネネトの非礼は寄親であるわらわが詫びよう」
「い、いいえ、お気になさらずにスレイア様」
「そうか、ではわらわとネネトは他に挨拶する必要があるので失礼させてもらうが──そなたの名は覚えておくぞ。春に咲く桃の花のように鮮やかな髪に古風なドレスを纏いて、古き良き伝統の挨拶をするギュルスタン子爵令嬢ロゼンダよ」
「は、はい。ありがとう、ございます」
「ではネネト、あちらへ行くぞ。紹介せねばならぬ相手はたくさんいるからな」
「はい、スレイ様。それではロゼンダ、またお会いできるのを楽しみにしていますね」
スレイアは華麗に会釈を、ネネトは深々と頭を下げると、二人はそのまま立ち去っていった。
意外すぎる遭遇が嵐のように過ぎていって、ボクはふぅと大きく息を吐いた。
……公爵令嬢スレイアかぁ。
写真では振り返り姿で顔は横向きだったから良くわからなかったけど、実物はすごい美人だった。まさに高嶺の花! って感じだ。
性格については分からないけど、釣書に『公爵令嬢たる気品に満ち、公明正大、知的で慈悲の心あふれたる』って書いてあった通り悪い感じはしなかったし。
ただグラウ的にはどうだろうか、彼は条件厳しいからなぁ……。
ちなみにもう一人のザンブロッサ侯爵令嬢アフロディアーネの釣書には『月も恥じらうほどの美貌を持つ才色兼備のご令嬢』って書いてあったんだけど、はたしてこちらの実物はどうなんだろうか……。
さて、スレイアとネネトも立ち去ったことなので、この機会に会場内で提供されている食事を堪能することにする。
〝魔法薬作製″が趣味と実益を兼ねたボクのライフワークではあるんだけど、最近は見た目や形にこだわった魔法薬を作ることがマイブームだ。
なにせ普通に出回っている魔法薬は錠剤タイプや飲料系ばかり。携帯性や即効性を重視した結果なんだろうけど、ボクとしてはそんなの面白くない。
だからつい、今までにない形のものを作ってしまうんだよね。
たとえば目の前に置いてある花の形のクッキー。
中央部のジャムの部分に薬効を入れたらきっと面白いはずだ。食べやすくて飽きがこなくて、小さな子供でも喜んで食べてくれるんじゃなかろうか。
こちらのフルーツゼリーなんかは薬効成分を溶かしやすい。貴婦人たちが気楽に飲みたい魔法薬はオシャレなほうが喜ばれるから、素材としてぴったりだ。
そうだ、主食としての魔法薬なんかも面白いかも。
毎日の食卓に並ぶものに薬効を付与するなんて最高だ。朝食食べて元気モリモリ効果、お昼は疲労回復効果、夜はぐっすり熟睡効果なんて付けたらきっとみんな大喜びに違いない。
そんなことを考えながらボクは出された食事をひとつひとつ摘んでいた。
だから──ボクは全然気づいていなかったんだ。
いつのまにか会場が妙にざわついて、不穏な空気が流れていることに。
◆
「あーら、なんとも古風で奥ゆかしいドレスですこと。パニウラディア公爵家の寄子たるご令嬢がそのようなものを着なさるなんて、なんとも素敵ですわね!」
なにやら聞き慣れない大きな声が耳に飛び込んできたのは、ボクが新しく運ばれてきた料理に手を伸ばそうとしたときだった。
人々の視線の先に目を向けると、騒ぎの中心にいるのは──特徴ある蒼髪とオレンジ色の髪。
さっきボクと話してたスレイアとネネトだ。
その二人と対峙しているのは、赤い髪に赤いドレスのご令嬢。お供に数人の令嬢を引き連れて、扇子を手になにやら話をしている。
あの髪色、あの容姿。
間違いない、彼女がもう一人のグラウの縁談候補者であるザンブロッサ侯爵令嬢アフロディアーネだ。
彼女については釣書の写真に比較的近い印象だ。
特にスタイルは良くてグラウの好みっぽいんだけど……写真と比べるとちょっと目つきがキツくて気が強そうに見えるかな。あとお化粧がちょっと濃すぎると思う。せっかくだからもう少し軽めのお化粧にした方が似合いそうなんだけど……あ、でもグラウは大人っぽい方が好きかな。
分析している間にも、アフロディアーネを中心としたグループとスレイアを中心としたグループ(といってもネネトくらいしかいないけど)がなにやら言葉を交わしている。
高位貴族の令嬢同士の挨拶でもしてるのかな。
ボクは引き続き食事をモグモグ食べながら、遠目から彼女たちの様子を伺うことにする。
「これは……我が家に代々伝わるドレスなんです! だから大切なもので……」
「あら、あなたはどこの地方から出てこられたのかしら。確か男爵家でしたわよね。そんなところに代々伝わるような伝統なんておありですのね。大変失礼しました、わたくしまったく存じ上げませんでしたわ」
「ほほぅ。博識で知られるザンブロッサ侯爵令嬢ともあろうものが、超古代文明時代のドレスも知らないのかえ? それとも博識とはわらわの聞き間違いであったかのぅ」
「あいにくとわたくし、新しいものばかり目が行ってしまいますの。パニウラディア公爵家は寄子も含めて歴史あるものがお好きなのかしらね」
へぇー、貴族令嬢ってのは変わった褒め方をするんだなぁ。
【 淑女モード 】だと仕草やマナーはともかく話術まではサポートしてくれないので、彼女たちの会話は実に参考になる。
ま、女体化してパーティ参加なんて金輪際ごめん被りたいんだけどね。
ガチャーン。
今度はグラスの割れる音がボクの耳に飛び込んできた。
「あーら失礼あそばせ。せっかくのワインを溢してしまいましたわ」
「あ……お母さんがせっかく仕立て直してくれたドレスが……」
「お詫びにそちらのドレスは我が屋敷のほうでクリーニングいたしますわ。もちろんクラシックなドレスの代わりも用意致しましてよ。エルメレージュ社の最高級ドレスを差し上げますわ」
へー、ワイン溢したお詫びにドレスをプレゼントするなんて、さすがはザンブロッサ侯爵令嬢、気前がいいなぁ。
たしかエルメレージュ社のドレスは1着で城勤めの人の給料一月分はするやつだよね。それを差し上げるとか、どれだけお金持ちなんだろうか。ネネトも新しいドレスがいいって言ってたし、喜ぶんじゃないかな?
周りもしんと鎮まり返ってアフロディアーネの対応に感心してるみたいだし、この様子なら黙って見てても大丈夫かな?
──────────ゾクリ。
「っ!?」
不意に──鮮烈な〝匂い″が、ボクの嗅覚に飛び込んでくる。
パーティ会社には様々な匂いが満ちている。
食べ物や飲み物、花や香水の香り。
その中で──ボクの記憶にある匂いがハッキリと嗅ぎ取れたことに驚く。
だけど今は驚いている場合じゃない。
なぜならボクの嗅覚が捉えたのは──。
「これは────〝毒″じゃないか」
毒となると、流石に放置しておくわけにはいかない。
ここはまさにボクの出番だ。
仕方ない。ボクはナプキンで手と口元を拭うと、毒の匂いの元──スレイアたちがいる場所へと向かったんだ。




