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第九十九話 「覚醒の条件」


「天職を目覚めさせただって? 俺と同じように天職を持たないダンデライオンが?」


「うん、そうだよ」


 思い出した話を、改めてスイセンに伝えると、彼は驚いたように目を丸くした。

 よもや生まれながらに天職を与えてもらえなかった同族が、その天職を覚醒させたなんて想定していなかったのだろう。

 僕も当時、この物語を読んだ時に、衝撃的な展開で創作を疑ったくらいだから。


「この英雄譚は、史実に則った物語なんだろう?」


「……って、この本には書かれてるよ。筆者の匙加減で多少は改変されてる部分もあると思うけど、概ね事実に沿って書かれてるはず。だからダンデライオンっていう人物は確かにいたし、冒涜者(ウィード)でありながら天職を覚醒させたのもたぶん本当のことだ」


 完全に創作だという可能性も捨て切れないけれど、書かれていることを信じるならこれは史実通りの物語だ。

 ダンデライオンは白紙だったその天啓に、新たに天職を刻み込んだ。

 もし同じようにスイセンにも天職が覚醒すれば、育成師の力を使って今度こそ彼を強くしてあげられる。

 どのような天職が宿るかはまだ未知数だが、天啓が白紙の今よりかは断然強くなれるはずだ。


「天職を得られない人間なんていないってことね。ならあんたもダンデライオンに倣って天職を覚醒させなさいよ」


「しかし、いったいどのようにして天職を目覚めさせればいいのかな? ダンデライオンのように想い人に告白すればいいということかい?」


「うーん、単純にそんな話でもないと思うよ。好きな人に告白するだけなら、他の冒涜者(ウィード)の人もやってそうなのに、天職を覚醒させたっていう話をまったく聞かないからさ」

 

 もし片恋相手に想いを告げるだけなら、もっとたくさんの事例が挙がっていないとおかしい。

 告白するということが、天職の覚醒条件ではないと思う。


「それでは、告白は関係ないと?」


「あくまで僕の推測だけど、“告白”っていう行為自体にそこまで深い意味はないんだと思う。重要なのは、その告白をしたのが“とてもとても内気な少年”のダンデライオンだったってことなんじゃないのかな?」


「内気?」


 英雄譚の中にも、その告白はダンデライオンにとって大きな転機だったと書かれている。

 何より彼は、自分の内気な性格をとても気にしていたようだ。


「気が弱かったダンデライオンは、幼馴染の女の子に想いを告げるだけでも相当な勇気を必要としたはずだ。でも死地に直面したのをきっかけに、彼は秘めていた想いを打ち明けることができて、弱気な心を捨てられたんだと思う」


「弱気な心を、捨てた……」


「そうやって自分の弱さに向き合って、心を大きく変えたことで、天職を覚醒させることができたんじゃないのかな?」


 つまりは“心の変化”が、天職覚醒の鍵になっているのではないかと僕は思った。

 ていうか、この英雄譚からはこれ以上の読み取りようがないってだけだけど。

 すると僕のその考えを裏付けてくれるかのように、コスモスが声を挟んできた。


「ねえ、二人ともこれ見てよ」


「「……?」」


 僕たちが英雄譚について考察している間に、コスモスはどうやら参考になりそうな別の本を見つけてくれたらしい。

 彼女が持って来た本を見ると、著者名はコルシックで、題名は『人間性と神託の関係性』となっていた。

 どうやら天職と人間性の結びつきについて調べた本らしい。

 “神託”というのは昔の言葉らしく、神様が天職を授けてくれることを意味したもののようだ。

 コスモスはその本の中から目ぼしいページを見つけてくれたらしく、そこを開いて渡してくれる。


「“天職を持たない人間”と神託との関係性……。ってこれ、冒涜者(ウィード)に関することだよね。よく見つけられたな」


「天職に関する本だから、それらしいのが載ってても不思議じゃないと思ってね。まあほんの数ページしか書かれてないけど」


 確かに情報自体は少ないようだけれど、とても価値のあることがそこには書かれていた。

 神から天職を与えられていない人間たちに、ある共通点を見つけた。

 それは、心に何かしら、大きな“悩み”を抱えているということだ。

 神はその者の人間性に合わせて天職を見繕うとされている。

 ゆえに生まれながらにして心に大きな悩みを抱えている人間は、人間性が不確かなため神が天職を定めることができない。

 そのため悩みを解消して真意を獲得することができれば、神が改めて天職を授けてくれる。

 冒涜者(ウィード)冒涜者(ウィード)にあらず、神を冒涜したことで天職を与えられなかったわけではないのである。

 簡単にまとめると、以上のようなことが書かれていた。

 僕はふむと顎に手を添える。


「天職を与えられてない人は、心に何かしら大きな“悩み”を抱えてる、か」


「実際に、心の悩みを無くして天職を覚醒させた人間が、遥か昔にいたって書いてあるわね。記録できる媒体が限られてた時代の話みたいだから、具体的な証拠とかは残ってないっぽいけど」


「でもこれが事実なら、ダンデライオンの英雄譚の話とも一致するよ」


 信憑性は割と高いと思う。

 神から天職を与えられていない人間たちは、心に大きな“悩み”を抱えているという共通点がある。

 その悩みを取り払って、人間性を確かなものにした時、神が改めて天職を覚醒させてくれるということだ。

 他に頼りになる情報も特にないので、これを信じてみてもいいかもしれない。

 スイセンにも意見を聞いてみようと思って、彼の方を一瞥してみると……


「……」


 スイセンは、本に目を落としながら、心なしか思い詰めるような顔をしているように見えた。

 まるで何か、思い当たる節でもあるかのように。


「スイセン、お前もしかして…………何か“悩み”とかあるんじゃないのか?」


「……っ!」


 問いかけてみると、スイセンはハッとした様子で顔を上げて、すぐにいつも通りの表情になって前髪を掻き上げた。


「悩み? それはつまりその人間の“弱さ”ということだろう? 俺にそんなものがあるように見えるかい? 弱さなんてものは、残念ながら一つも持っていないよ。ま、強いてそれを挙げるとすれば、悩みがないことが唯一の悩みになるかな」


「……あんた、またとんでもない奴を連れて来たわね」


 スイセンが『パチンッ』と指を鳴らす姿を見て、コスモスはわかりやすく呆れ果てる。


「しかしなるほど。俺に天職がないのは、神がまだ俺の運命を決めあぐねているということか。そう言われると確かに説得力があるかもしれないな。俺ほどの人間に適した天職なんて、そう簡単に決められるはずがないだろうからね」


 スイセンはそう言うと、僕の手元から本を取って、それを棚に仕舞いながら頬に笑みを浮かべた。


「ともあれ、天職を持たない人間でも天職を目覚めさせることができるとわかったんだ。引き続きそのことを調べて、“別の方法”がないか探してみようじゃないか」


「…………」


 天職を覚醒させる。

 実例がある以上、確かにその可能性に賭けてみるのは悪くない。

 ただ、まあ……

 僕はぐっと背を伸ばして、欠伸を噛み殺した。


「いや、今日はもう解散」


「えっ? なぜだいロゼ?」


「色々と考え事して疲れちゃったからさ。調べ物とかはまた明日にしよう。僕はもう家に帰って休みたいよ」


「……相変わらず怠けてるわねあんた」


 後ろからコスモスの呆れた視線を頂戴する。

 ただ、スイセンは僕のことを気遣ってくれてか、引き止めることはせずに頷いてくれた。


「わかったよロゼ。こっちは強くなるのを手伝ってもらっている身だからね。変に我儘を言うつもりはないよ」


「せっかく強くなれるヒントを見つけられたのに悪いな」


「いいさ別に。それに一人でも少しくらいなら調べ物は進められるからね。君は家に帰ってゆっくり休むといいさ」


 その言葉に甘えさせてもらい、僕はここでお暇することにした。

 また明日、同じ時間にギルドの前で集まることを約束して、図書館を後にする。

 すると後ろからコスモスがついて来て、隣から怪訝な顔で見上げられた。


「ちょっと、帰っちゃってよかったの? せっかくいいところまで調べられたのに」


「大丈夫。一応、僕に考えがあるからさ」


「考え?」


 スイセンに対して“悩み”があるか聞いた時、何か気まずそうな空気を感じた。

 その後、スイセンはいつも通りに振る舞っていたつもりだったのだろうが、僕はずっと彼の様子に違和感を覚えていた。


「スイセンは『悩みがない』って言ってたけど、あの顔はきっと“何か”あると思う」


「何かって、具体的に何よ?」


「何かは何かだよ」


 上手くは言えないけれど、あれは何かを隠しているような顔だった。

 まるで抱えている悩みを、僕たちに知られたくないというような表情。

 その悩みが何かわかれば、ダンデライオンのようにスイセンにも天職を覚醒させてあげることができるかもしれない。


「だから、これからちょっとだけ、それについて調べてみるよ」


「調べる? って、何するつもりよ?」


 訝しい目でこちらを見るコスモスを、小道の方まで手招きする。

 そして僕は、周りに人目がないことを確かめてから、自分の体に手をかざして一言唱えた。


「【気配遮断(ハイド)】」

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