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第九十七話 「やればできる子」

 

 スイセンに天職がないことがわかり、僕たちはギルドに向かわず図書館に行くことにした。

 このまま討伐依頼を受けても、今のスイセンではまともに魔獣と戦うこともできないと思うから。

 だから僕は、大昔に天職を持っていない冒涜者(ウィード)の人間が、魔獣の大群を倒して町を救ったという話があることを思い出して、そこに何か強くなるヒントがあるんじゃないかと考えた。

 その調べ物をするために図書館を訪れると、なんとそこには見知った人物がいた。


「あらっ、こんなとこであんたと会うなんて珍しいわね」


「コ、コスモス?」


 見慣れた黒ローブ姿の幼女魔術師を見つけて、僕は目を大きく開く。

 彼女は本棚の近くの椅子に腰掛けて、地面に届いていない足をぷらぷらと揺らしながら大きな本を読んでいた。

 まさかここでコスモスと会うとは思わなかった。


「な、なんで図書館にいるんだ?」


「なんでって、私がここに来ちゃいけないのかしら? 私だって本くらい読むわよ」


「いや、なんかちょっと意外でさ」


 普段から一緒にいて、あまり本を読むイメージがなかったから。

 “図書館とコスモス”という絵もなんだか違和感を覚えさせられる。

 彼女はどちらかと言うと、もっと外で駆け回っているような印象だったから。


「私はこれでもノワール伯爵家に生まれた貴族令嬢なのよ。幼い頃は英才教育を受けてたし、それなりの教養だってあるんだから。習慣として本を嗜むくらいはするに決まってるでしょ」


「へ、へぇ……」


 そういえばそうでしたと改めて思い出す。

 こう見えても、と言っては失礼だが、一応コスモスは伯爵令嬢という立場だ。

 薄情な両親から見限られて、家を追い出される事態になったが、幼い頃は期待を寄せられて英才教育を施されていたらしい。

 となると当然教養もあるはずで、本を嗜む習慣があっても不思議ではないというわけだ。

 そんな会話をしていると、ずっと後ろで僕たちのやり取りを見守っていたスイセンが、ずいと横から顔を覗かせた。


「ロゼ、そこにいる子はどちら様かな?」


「あっ、ごめん。この子はコスモスっていって、育て屋として成長の手助けをさせてもらったことがあるんだよ」


「ほほぉ……」


 スイセンは物珍しげにコスモスのことを見つめる。

 対してコスモスはその視線を受けて、居心地悪そうに身をよじった。

 ……なんだろう、この組み合わせはなんだか不穏な気配を感じる。

 するとスイセンは、怪訝な顔をするコスモスを見て、そっと“右手”を差し出した。


「初めましてだねコスモス嬢。俺はスイセン・プライドというんだ。……絵本のコーナーならあそこにあったから、俺が連れて行ってあげよう」


「あっ? 今あんたなんて言った?」


「スス、スイセン! これでもコスモスは自立してる冒険者で、見た目通りの年齢じゃないから!」


 耳を疑うようなことを言い始めたので、急いで僕はスイセンを後ろに下がらせた。

 びっくりした。なんてことを口走っているのだ。

 真っ先にそのことを伝えなかった僕にも非はあるけれど、まさかいきなりコスモスの気に触れるようなことを言い出すなんて。


「で、そこにいるめちゃくちゃ腹立つ男はいったい誰なのよ? 【流星(メテオ)】を撃ち込む前に素性だけは聞いといてあげるわ」


「ぼ、僕の顔に免じて、それだけは勘弁してあげてくれないかな……。一応スイセンは僕のお客さんだからさ」


「お客さん?」


 コスモスが首を傾げたのを見て、僕は事情を説明してもいいかスイセンに問いかけた。

 すると彼は、『是非とも俺の素晴らしい恋路を聞かせてあげてくれ』と快く了承してくれたので、遠慮なくコスモスに事情を伝える。

 なぜスイセンが僕の育て屋にやってきて、育成の依頼を出してきたのか。


「なるほどね。受付嬢さんへの告白を成功させたいから強くなりたいと」


 手短に事情を説明すると、コスモスは納得したように頷いた。

 次いで彼女はにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。


「ならあんたが支援魔法を掛けてあげて、フランの武器でも持たせてやったら、強くならなくても受付嬢さんには勝てるんじゃないの?」


「仮初めの力すぎるだろ!」


 なんだよその作戦。

 他力本願にも程があるでしょ。

 それだとスイセンの頑張りがどこにも入っていないし、実力を認めてもらえるはずもない。

 たとえアリウムさんには勝てたとしても、その後の恋路が上手くいくとは到底思えなかった。

 ゆえに当然、その提案は却下する。


「まあ、今のはさすがに冗談として、真っ当に強くなりたいなら町の外で修行するのが一番なんじゃないの? それでなんであんたたちは図書館に来てるのよ」


「いや、まあ、単純にそうもいかなくてさ……」


 天職のことも説明するべきかどうか迷っていると、よもやスイセンの方から誇らしげに語った。


「俺は何者にも縛られない孤高の存在だからな。神が定めた天職というのもないんだよ」


「天職がない?」


 コスモスが首を傾げると、スイセンは得意げな様子で"うんうん”と頷く。

 その態度が気に入らないのだろうか、コスモスは不機嫌な表情になりながら僕に視線を向けてきた。

 この二人は相性が悪そうだなぁ、なんてぼんやりと考えながら、僕は改めて事情を話す。


「『冒涜者(ウィード)』って聞いたことないかな?」


「んっ? それって確か、神様に見放されて、天職を与えてもらえなかったっていう人たちのことよね」


「その人たちと同じように、スイセンにも天職が宿ってないんだよ。だからまともに魔獣討伐をしても成長ができないからさ、町の外で修行しても意味ないと思って……」


 次いで僕は、本棚の方に目を向けながら、さらに説明を続けた。


「それで、前にどこかで、冒涜者(ウィード)の人間が魔獣の大群を倒して町を救ったっていう話を聞いたことがあるから、その話を調べたらスイセンでも強くなれる方法とかわかるんじゃないかなぁって思ってさ。こうして図書館に調べ物をしに来たってわけだよ。まあ、どんな話だったのかはほとんど覚えてないから、探すのにすごく苦労しそうだけど」


冒涜者(ウィード)の人間が、魔獣の大群を……」


 話を聞き終えたコスモスが、訝しい顔で眉を寄せる。

 どこかおかしなところがあっただろうかと思っていると、コスモスがはたと何かに気付いたように、黒眼をぱちくりと見開いた。


「それ、『ダンデライオンの英雄譚』じゃない?」


「えっ?」

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