第九十四話 「恋心」
「腫れ物扱い?」
穏やかならないその台詞に、自然と眉が寄ってしまう。
ギルドで腫れ物扱いって、いったい何があったのだろうか?
その疑念を悟ったのか、スイセンは真面目な様子で説明してきた。
「ほら、見ての通り、俺は“美男子”だろう?」
「……」
ここはぐっと堪えて何も言わないでおいた。
変に水を差さずにスイセンの言葉に耳を傾ける。
「そう、俺は誰もが羨む美形の男子だ。それゆえに相応の弊害もあってね。特に男女間トラブルだけは後を絶たないんだ」
「トラブル?」
「まあ簡単に言ってしまうと、俺が入ったパーティーは必ず“崩壊する”ということだよ」
パーティー崩壊。
またも穏やかならない台詞だと思った。
正直聞くのが怖かったけれど、僕は意を決して恐る恐る尋ねてみる。
「だ、男女間トラブルで崩壊って、具体的にどんな風に壊れるんだ?」
「例えば仲の良い男女が混じったパーティーがあるとするだろ。そうなれば当然、誰かしらが恋仲の関係になっていても不思議ではない。少なくとも恋愛感情くらいは発生していると想像できるはず。そこにもし超絶美男子の俺が入ったらどうなると思う?」
「えーと……」
超絶美男子という言葉にツッコミを入れるべきかどうか悩んでいると、何も答えていないのにスイセンがこくりと頷いた。
「そう、女性冒険者が全員俺に惚れて、男性冒険者たちの嫉妬を買ってしまうんだよ」
「えっ……」
「そのせいでパーティーの対人関係はめちゃくちゃになり、最終的に崩壊する。といった流れかな」
さらりとすごいことを言ってのけたスイセン。
耳を疑うような言葉だったけれど、彼の悲しげな様子を見るにそれは事実なのだろう。
パーティーに入れば女性冒険者が全員惚れる、か。世の男性冒険者のほとんどが羨ましがりそうな能力である。
「まったく俺は罪深い男だよ。こちらにその気はないというのに、この美貌で数多の女性冒険者を虜にしてしまい、パーティー勧誘の声は後を絶たなかった。しかしいざパーティーに入ってみれば、男性冒険者たちからは手厳しい制裁を加えられて、追い出されるなんてこともしばしばだ」
「は、はぁ……」
「美しすぎるというのも考えものということだね。時には拒んでしまった女性冒険者からも恨みを買うことがあり、俺は今ギルド内で様々な呼び名で腫れ物扱いをされている」
心を痛めるように胸をぎゅっと掴みながら、スイセンは続ける。
「『女性冒険者を食い物にしている女たらし』や『見境のないナンパ男』。『パーティー壊し』なんて名前で呼ばれたこともあるね。……果てには、『股狙いのスイセン』なんて汚名を付ける者までいるほどだよ」
「……ひどい名前だな」
股狙いのスイセンて……
さすがにそれは同情する。
相当スイセンに深い恨みを持っているんだろうな。
ていうか、前にローズが言っていた『女性冒険者を食い物にしている女たらし』ってスイセンのことだったのか。
どうやら彼にその気はないみたいだが、図らずもパーティーにいる女性冒険者たちの視線を集めてしまい、度々対人関係に亀裂を入れてしまうみたいだ。
「至るパーティーで問題を引き起こしてしまったことで、俺は誰からも相手にされなくなってしまった。パーティーに入れてもらうことはおろか、話しかけても毛嫌いされるだけで、最後には冒険者だけではなく受付嬢さんたちにまで敬遠されてしまって……」
「腫れ物扱いっていうのはそういうことだったのか」
ふしだらな評判がギルド全体に広まってしまい、スイセンは厄介者として見られるようになってしまったらしい。
ただ外見が他の人よりも優れているというだけで、そこまでの扱いを受けるのはさすがに可哀想な気がする。
……たぶん、スイセンのこの性格と口調も災いしているんだろうけど。
「でも、アリウム氏だけは違ったんだ」
スイセンは遠い彼方を見つめるように瞳を細めて、心なしかしおらしい声をこぼす。
「彼女は、一人でいる俺に手を差し伸べてくれた。優しく声を掛けてくれた。俺と接していると心証が悪くなると心配しても、『周りの目など気にするな』と言って一人でもできる依頼を回してくれたりした」
スイセンは、自愛的な性格を忘れさせるような、真っ直ぐとした瞳でこちらを見つめて続けた。
「俺は別に、アリウム氏の外見だけに見初めさせられたわけではない。確かに麗しい見た目であることに間違いはないが、彼女の本当の美しさはその内面にこそ秘められているんだ」
「……」
「だから俺は、アリウム氏に心を奪われた。生まれて初めて人を好きになった。今まで救ってもらった分だけ、生涯を通してアリウム氏を支えていきたいと思うようになった」
思いの丈を吐露したスイセンは、直後に長々とした息を吐き出す。
彼なりに緊張していたのだろうか、少し間を空けて気持ちを整えてから、改めて僕に言った。
「これが、俺のすべてだよ。もしこれで納得してもらえないというのなら、俺は潔く君の協力を諦める。自分の力だけでアリウム氏を超えて、この想いを告げようと思う」
僕は育て屋として、依頼を引き受ける人は慎重に見極めなければならないと思っている。
仮に邪な気持ちを抱いている人に手を貸してしまった場合、悪人が力を付けてしまうことになるからだ。
その基準で言えば、今回協力を仰いできたスイセン・プライドという人物は……
「……引き受けるよ」
「えっ?」
「本当だったらここは、スイセンの力だけでアリウムさんを超えた方がいいんだろうけど、あの人よりも強くなるのは相当難しいだろうからさ。育て屋としてスイセンの依頼を引き受ける」
「……ロゼ」
話を聞いた限り、スイセンは信用に足る人物だと判断した。
まだ完璧に信頼できるとは言い切れないし、彼が嘘を吐いている可能性も捨て切れないけれど。
スイセンがアリウムさんについて語る時の表情を見て、偽りのない本心だと直感した。
改めて依頼の承諾をすると、スイセンは安堵したように微笑んだ。
「ただし、僕はあくまで成長の手助けができるだけで、潜在能力の限界を超えさせてあげることはできないから。その人に何か特別な力を与えたり、新しい才能を目覚めさせたりはできない。スイセンの才能そのものが足りてなかったら、そもそもアリウムさんより強くなることはできないって心得ててくれ」
「なーに、その辺りは大丈夫さ。この俺を誰だと思っているんだい? 美しさだけではなく冒険者としての才能も恐れられているスイセン・プライドだぞ。そもそもこれだけの超絶美男子が才能無しだなんて、そんなことは間違ってもあるわけないだろ」
スイセンは元気を取り戻したようで、相変わらずの自信過剰な台詞と共に高笑いを響かせた。