第九十二話 「一癖あるお客さん」
他のお客さんが来てしまう可能性はあったが、とりあえず今日は外出中の札だけ掛けておいた。
僕が他の依頼主の手助けをしている時、他のお客さんが育て屋に来る可能性は充分に考えられる。
真っ先に対処すべきことだが、用件箱などを作って置いておくくらいしか思いつかない。
しかしそれだと具体的な日取りとかを決められないので、できれば僕の代わりに用件を聞いてくれる人が育て屋にいたらと思う。
誰か雇った方がいいかな? なんてことを頭に思い浮かべていると、不意に目の前から声がした。
「やったよカンナ! 私も天職のレベル上がったよ!」
「おめでとうエリカ!」
本日依頼をしてくれたカンナとエリカが、魔獣討伐で成長できたことを喜び合っていた。
二人は一年ほど前に冒険者になったばかりの駆け出しらしく、ヒューマスの町で出会ってパーティーを組んだらしい。
どちらも実力不足でどこのパーティーにも入れてもらえず、それでも一級冒険者になることを夢に見て、意気投合して仲間になったのだとか。
てっきり僕は兄妹か恋人同士だと思っていたので、男女二人でパーティーを組むのは珍しいと驚かされたものだ。
傍で見ていると、どちらもお互いに恋心っぽいものがありそうなので、微笑ましい限りだけど。
冒険の中で打ち解けてきたため、僕は砕けた口調で二人に言う。
「それじゃあ、今日はこの辺りで終わりにしようか。空もそろそろ暗くなりそうだし」
「「はいっ!」」
森の木々の隙間から見える橙色の空を見上げて、僕たちは切り上げることにした。
二人の天職のレベルはまだ“5”で、駆け出しも駆け出しである。
どうやら二ヶ月後の昇級試験で四級冒険者になりたいらしく、実力不足を感じて育て屋を訪ねて来たのだとか。
帰り道、カンナとエリカが信じられないと言いたげな表情で、自分たちの天啓を眺めていた。
「俺たち、ここ数ヶ月はまるで成長できなかったのに……」
「ロゼさんについて来てもらったら、すぐにレベルが上がっちゃってびっくりしました」
「役に立てたのならよかったよ」
二人は成長が実感できたようで嬉しそうに笑っている。
ずっと同じ魔獣とばかり戦っていたらしく、初討伐神素のことなどまるで知らなかったらしい。
だから少し修行方法を変えただけで二人は劇的に変化した。
支援魔法による援助も二人を自信づけるきっかけになったみたいで、臆することなく未知の魔獣にも立ち向かってくれたし。
「あっ、そういえば依頼の料金って……」
「今日の冒険で二人とも一つずつレベルが上がったから、600フローラかな」
「や、安いですね。ここまで面倒を見てもらったのに」
どうやらパーティーの資金管理はエリカがやっているらしく、彼女から600フローラを手渡しされる。
それを受け取ったことで、僕もなんだか育て屋らしいことができたなと実感した。
「育て屋さんってすごいんですね」
「えっ?」
「一時は変な噂が立っていて、近寄りがたい雰囲気があったんですけど、まさかこんなありがたい存在だったなんて知りませんでした」
カンナがそう言うと、同意するようにエリカも頷く。
「近頃は魔王軍も活発的になっていますし、前線で戦っている冒険者たちも手をこまねいているみたいなので、駆け出し冒険者たちが成長できたら一気に優勢になります。そこでロゼさんのお力がものすごく活躍すると思いますよ!」
「そ、そうかなぁ……」
ここまでベタ褒めされる機会もなかったので、僕は恥ずかしく思って頬を掻いた。
確かに活発化してきている魔王軍に対抗するために、駆け出し冒険者たちの成長は必要不可欠だ。
僕がこうしてヒューマスの町で、伸び悩んでいる冒険者たちを着実に成長させるだけでも効果的だと思う。
そういう意味では確かに、育成師の力は活躍していると言えなくもないのか。
ただこちらも、駆け出し冒険者の手助けをさせてもらっている立場から、二人には驚かされてしまった。
「それを言うなら、二人もすごい才能を持ってるよ」
「「えっ?」」
「その日の天候によって使える魔法が変化するエリカの『天候魔術師』。食べた物に応じて一時的に各種能力を強化することができるカンナの『満腹家』。一級冒険者の中に同じ天職を持ってる人を見たことがあるから、きっと二人もいずれは著名な冒険者になれると思うよ。もしかしたら魔王軍討伐で大活躍できるかもしれないね」
そう言うと、カンナとエリカは目を丸くして固まった。
自分たちにそこまでの素質があるとは思っていなかったらしい。
改めてそのことを伝えたことで、さらなる自信に繋げてあげられたようだ。
「ありがとうございます。これで俺たちは、自信を持って昇級試験に挑めます」
「また近々、ロゼさんの育て屋さんに依頼をお願いしてもいいですか?」
「またのご来店をお待ちしております」
そんな会話をしながら、僕たちは町へと戻ったのだった。
育て屋らしい仕事を終えて町に帰ってきた僕は、充足感に満たされながら家路を歩いた。
「……宣伝の効果ってすごいなぁ」
まさかさっそく駆け出し冒険者から依頼を出されるとは思ってもみなかった。
それと同時に、やっぱり伸び悩んでいる人たちが多いとわかって、必然とやる気が込み上げてくる。
これから育て屋として、そういった冒険者たちを助けてあげたい。
ローズやコスモス、カンナやエリカみたいな埋もれている才能を掘り起こしてあげて、きちんと活躍できるようにしてあげたいな。
才能の種子が芽吹く瞬間を、一番近くで見ることができるというのもやりがいの一つなので、自ずと期待感も湧いてくる。
そんなことを思いながら、街灯が付き始めた道を歩いていると、自宅が待っている住宅区へと辿り着いた。
そして慣れた足取りで小道を進み、育て屋の近くまで戻ってくる。
遠くからでもしっかりと看板が見えることを、何だか嬉しく思いながら、歩いて近づいていくと……
「んっ?」
なんと、育て屋の前に“誰か”がいた。
パッと見た感じでは見覚えのない“青年”である。
輝くような金色の髪と、宝石のように妖艶な碧眼。
黒いロングコートが大人びた様子を醸し出している。
肉づきも悪くなく、何より上背がかなりある。
それでいて全体的にすらっとしているように見えるので、同じ男性から見て羨ましい限りの風体だった。
そんなイケメンと呼んでも差し支えない高身長青年は、何やらじっと育て屋の窓を見つめていた。
家の中でも覗こうとしているのだろうか? ていうかこの人は誰だろう?
「あ、あのぉ……」
無視して家の中に入るわけにもいかず、恐る恐る声を掛けてみると、青年はキリッとした碧眼をこちらに向けた。
「んっ、どうしたのかな? 何か俺に用かい?」
「いや、その、用っていうか何ていうか、うちの前で何してるのかなって思いまして……」
僕がそう言うと、青年は少し驚いたように瞳を見張る。
「うち? ということは君が、ここの“育て屋”の主人で間違いないかな?」
「は、はい。そうですけど」
ある程度予想はしていたけれど、やはり育て屋に用事がある人だったようだ。
なんだか冒険者のようには見えなかったので、危うく無視してしまいそうだったけれど。
「育て屋というのは随分と忙しいみたいだね。“お昼頃”からこうして待っていたが、まさか夕刻を過ぎてから帰って来るだなんて思わなかったよ」
「ひ、昼から!?」
一瞬、聞き間違いかと思ってしまう。
現時刻はすでに夜間。
昼の時間からずっとここで待っていたということは、六、七時間ほど何もないこの場所でぼぉーっとしていたということだろうか?
住宅区の通りなんて本当に何もなく、育て屋の周りは味気ない景色しか広がっていないので、彼の言葉に心底驚かされてしまった。
「ず、ずっと玄関前で待ってたんですか?」
「あぁ、その通りだよ」
「“外出中”の札も掛けてあったんですから、普通に出直した方がよかったんじゃ……」
「いいや、俺は一刻も早く育て屋という人物に強くしてもらいたかったからね。いつ戻って来るとも書いていなかったし、確実に依頼を出すためにもこうして待っていたというわけだよ」
「そ、それは……申し訳ないです」
確かに帰宅予想時刻も表記していなかったな。
そうなると急を要するお客さんは、育て屋の前で待つことしかできず、僕が帰って来るまで辛抱強く耐えるしかなくなるのだ。
ふつふつと罪悪感が湧いてくる。
「ご、ごめんなさい。そこまで気が回らなくて。次から本当に気を付けます。ここでずっと待ってたなんて、退屈じゃなかったですか?」
暇な時間を過ごさせてしまったかと思って、僕は申し訳ない気持ちで尋ねる。
すると青年は、爽やかな笑みを浮かべてかぶりを振ってくれた。
「いいや、まったくもってそんなことはなかったよ。むしろ有意義な時間を過ごさせてもらったさ。退屈なんて感じる暇もないくらいにね。だってここには…………窓があるじゃないか」
「まど?」
青年は育て屋の小窓を指し示す。
確かに窓はあるけれど、これがいったい何の役に立つというのだろう?
これだけで退屈を紛らわせた、ってことだろうか?
それはいくらなんでも無理なのでは?
と、思ったのだが……
「…………ふふっ、相変わらず美しい」
「えっ?」
「シミ一つない白肌、キリッとしながらくっきりとした碧眼、長いまつ毛と形の整った鼻も素晴らしい。我ながら完璧な“美男子”だ」
「……」
……これまた、僕の聞き間違いかと思ってしまった。
今、この青年は、窓に映った“自分の顔”を見て、美男子と言っていなかったか?
それはどうやら僕の聞き間違いではなかったらしく、青年はうっとりとした表情で……
窓に映った自分の顔に、見惚れていた。
「あぁ、本当に美しい顔だ。何日でも、いや、永遠にだって見つめていられる。薄汚れた小窓も、水垢の多い鏡も、道端の水溜りでさえも、この俺が映り込めば…………それはもはや立派な“絵画”だ」
「……」
この人、もしかしてあれか?
とんでもない自己愛の持ち主か?
昼からおよそ七時間。
ずっとこの場所で待っていることができたその理由を、僕はこの瞬間に悟った。
青年はこのようにして、窓に映った自分の顔だけで、七時間もの退屈を紛らわせていたのだ。
「おっと、自己紹介が遅れてしまったね。名前が知りたくて仕方がなさそうだから、こちらから名乗らせてもらうよ」
「……いや、そんな顔してないですけど」
「俺の名前はスイセン。スイセン・プライド。外見だけではなく名前まで美しい、この世で最も罪深い男だよ」
育て屋として、色んな人を助けたいとは言ったけれど……
ここまで癖の強いお客さんは望んでいなかった。