第九十一話 「これが育て屋の仕事」
フランが看板を持って来てくれたのは、お願いしてから三日後のことだった。
焦茶色の木板に、白い切り文字で『育て屋』と書かれている立て看板。
おまけに扉の上部に付ける形の、吊り看板まで作って来てくれた。
「す、すげぇ……」
それらを設置した育て屋を改めて眺めて、僕は感嘆の息を漏らす。
何とも幼稚な感想が口から出てしまったが、それ以外に形容の仕方が思いつかなかった。
随分と立派な店構えになったのではないだろうか。
ていうか、これ全部手作りって本当?
僕が作っていた釘だらけの呪いの道具とは大違いである。
「あと今は、仕事の合間に、壁面看板とかも作ってるよ。完成したら持って来るね」
「あ、ありがとう……」
フランはまるで疲労の色を見せずに、静かに微笑んだ。
本当に物作りが好きなんだな。
鍛治師としての性というやつだろうか、自分の手で何かを生み出すことが楽しいのだと思う。
それにしてもフランは、こういう看板とか道具は普通に作れるんだな。
武器を手掛けた際は天啓が付与されて、最初はボロボロの見た目になっているのに。
看板とかは武器の扱いにならないから、ってことなのかな?
でも、使い方によっては充分凶器になるよね。
もしかして、フランが武器だと意識して作らないと、天啓が宿らないとか?
「それで、こんな感じでよかったかな?」
「あっ、うん、完璧だと思うよ」
不安げな様子で尋ねてくるフランに、僕は親指を立てて頷き返した。
すると彼はほっと安堵の息をこぼす。
そんなに緊張していたのだろうか。
まあ、フランは心配性なところがあるので、それがたとえ武器だろうが看板だろうが手掛けることに責任感を覚えてしまうのだろう。
だから僕は安心させてあげるために、これでもかというほど絶賛しておいた。
「それにしても、今までずっとこの張り紙だけだったんだ。他に案内板みたいなものも、用意してなかったんだね」
「な、なんかごめん……」
これまでずっと玄関扉に張っていた『育て屋』と書かれた紙を見て、フランは苦笑を浮かべる。
宣伝意識の低さは自分でも反省しているところだ。
始めは目立ちすぎるのが嫌だったからこうなっていたけど、今はお客さんを望んでいるので前々から宣伝に力を入れておけばよかったと後悔している。
「住宅区のこの辺りって、結構迷いやすいから、育て屋さんの場所もわかりづらいと思うんだよね。お店を見つけられなくて、帰っちゃった人とかもいるんじゃないのかな」
「た、確かに……」
今までほとんどお客さんが来ていなかったのは、育て屋の場所もわかりづらいというのもあったのかもしれない。
ローズとコスモスはテラさんのおかげでこの場所を知ったわけだし。
今まで育て屋の場所がわかりづらいせいで帰っちゃったお客さんがいないか、今になって不安になってきた。
「でもまあ、これでちゃんと見つけてもらえると思うよ。フランの看板、すごく見やすいからさ。改めてありがとね」
「う、ううん。ボクのこと、強くしてくれたお礼だから」
つぶらな淡褐色の瞳でこちらを見上げたフランが、再び柔らかい笑みを頬に浮かべた。
次いで彼は、今一度育て屋の外観を眺めて言う。
「これからお互いに、忙しくなっちゃいそうだね」
「僕の育て屋はどうかはわからないけど、フランが忙しくなるのは絶対だろうね」
だからどの道、こうしてのんびりとした時間を共に過ごせる機会はなくなってくると思う。
お互いにこのヒューマスの町にいるわけだし、僕は工房にもそれなりに足を運ぶと思うので、まったく会わなくなるわけじゃないだろうけど。
なんだろう、ネモフィラさんの時と同じような寂しさが込み上げてくる。
その心中を察したわけではないだろうが、フランが安心する言葉を掛けてくれた。
「ボクたちって、意外と“似た者”同士なのかもね」
「えっ?」
「伸び悩んでる駆け出し冒険者のことを、手助けして成長させてあげる育て屋さん。強力な武器を作って強くしてあげる鍛治屋さん。方法は違うけど、冒険者の手助けをしてるところが、すごく似てるよね」
「うん、確かに」
そういえばそうだなぁ、なんて考えていると、フランは咲くような笑顔で僕を見上げた。
「だからたぶん、これからも頻繁に会ったりするんじゃないかな。同じ冒険者を助ける立場としてさ」
「かもしれないね」
その言葉のおかげで、僅かながら不安を払うことができた。
育て屋と鍛治屋。
お互いに冒険者の手助けをすることを生業としている存在。
確かに似た者同士かもしれないし、仕事の関係でむしろ会う機会は多くなるかもしれないな。
「それにさ、ローズとコスモスの武器も、さっそく明日から取り掛かろうと思うから、出来上がったらまたここに持って来るね。だからもうちょっとだけ待ってて」
「うん、よろしくフラン」
今後も何かと、彼には世話になりそうだと思った。
フランから看板を受け取った翌日。
ローズとコスモスの宣伝のおかげもあるのだろうか。
その効果は、さっそくその日からあらわれた。
コンコンコンッ。
「はーい」
店構えを新しくした育て屋の扉が叩かれて、僕はすぐさま玄関に駆け寄る。
開けて外を見ると、そこには二人の男女が立っていた。
「あ、あのぉ、育て屋さんってここで合ってますか?」
「は、はい。ここが育て屋です」
チュニックと胸当てを着用とした十五前後の少年と、白ローブと杖を身に付いた同い歳ほどの少女。
見るからに“駆け出し冒険者”と言わんばかりの二人は、こちらに頭を下げて言った。
「えっと、育て屋さんにお願いしたいことがあって参りました」
「俺たち二人を、強くしてください」
「……」
宣伝の効果がさっそくあらわれたことに、僕は素直に感激してしまった。
紹介用紙と店構えを少し変えて、ローズとコスモスに名前を広めてもらっただけでこんなにも変化があるのか。
感動のあまり一瞬硬直してしまったが、僕はすぐに二人に返した。
「お、お二人ですね、かしこまりました」
「二人同時でも、大丈夫なんですか?」
「はい。僕の育て屋の能力に人数などの制限はありませんから、お二人が僕の近くで戦ってくださればそれだけで神素取得量が上がりますよ」
「お、おぉ……」
少年と少女は驚いたように目を丸くする。
しかしまだ若干の不安が見えたので、僕は補足するように説明した。
「それと支援魔法での援助もさせていただきますので、安全に魔獣討伐を行なっていただけます」
「きょ、今日からさっそく付き添ってもらえるんでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ」
快諾すると、少年と少女は歳相応な様子で嬉しそうに笑った。
「そ、それじゃあ、今日は俺たち、東の森で討伐依頼ついでに修行しようと思っていたので、その冒険について来てもらえたらと思います。二人とも最近まったく成長できずに、魔獣討伐も上手くいかなくて……」
「もし今回成長が上手くできなかったとしても、レベルが上がっていなければ料金を支払っていただくこともございませんので、そこもご安心ください」
自分でそう言った後で、『なんか仕事してるっぽいな』と人知れず実感してしまう。
そしてとりあえず今日の冒険にだけついて行くことになり、成果に応じて継続して利用するかどうかを決めてくれることになった。
本当だったらローズやコスモス、ネモフィラさんやフランみたいに長期的に面倒を見てあげたかったけれど、他にもお客さんが来る可能性があったので日ごとに依頼を請け負うことにする。
ていうかもしかしたら、これが本来の育て屋の形だったのかもしれない。
今日はこの人、明日はあの人、という風に日ごとに誰の手助けをするかを決める。
そうやってかわるがわる冒険者の面倒を見ていくことで、皆を手広く育ててあげることができるではないか。
いずれは何時間単位でのスケジュール管理を強いられるほど忙しくなるかもしれないな。
そんなことを考えている傍らで、僕は一つの不安を胸に抱いていた。
「…………出かけてる時、また誰か来ちゃったらどうしよう」