第九十話 「宣伝」
「ボク、ロゼに成長の手助けをしてもらって思ったけど、やっぱりロゼの育て屋の力はすごいものだよ。支援魔法も便利だったけど、それ以上に他人の“成長速度を早める”なんて普通じゃないと思う」
「そ、そうかな……?」
確かに珍しい力だとは思うけど、そこまで逸脱した能力でもないと感じる。
ていうか探せば、似たような力を持った人が他にもいそうだけどね。
「ボクはこの町での生活が長いし、武器工房での接客ばっかりやってたから、伸び悩んでる駆け出し冒険者たちはたくさん見てきたんだ。みんな思ったように強くなれなくて、強力な武器に頼るように工房に来てたから」
成長が滞っている冒険者は数多くいる。
その壁を自力で乗り越えることができない人たちが、強い武器に頼ろうとするのも納得できる話だった。
あの工房でずっと雑用やら接客ばかりをやっていたフランなら、そういう人たちをごまんと見てきたことだろう。
だからこそ、彼には僕の力がよほど凄まじいものに見えているらしい。
「時には自棄になって、自分の弱さを武器のせいや手掛けた鍛治師のせいにして、工業区で暴れ回る人もいるくらいだし。そんな伸び悩んでる駆け出し冒険者が多いこの町なら、尚更ロゼの力は絶賛されてないとおかしいよね?」
「うーん、それは一重に僕の宣伝意識の低さが原因と言うか……」
あまり注目されすぎるのも、逆に悪影響になるんじゃないかと思って、大々的な告知は避けてきたのだ。
僕はのんびりとしたペースで育て屋をやりたかったし。
だから具体的にやったことと言えば……
「これまでどんな宣伝をしてきたの?」
「冒険者ギルドの掲示板に、育て屋の紹介用紙をペタッと張りつけたくらいかな。ローズとコスモスにも大々的に宣伝してほしいとは頼んでないし、たぶん育て屋の存在そのものを知らない人が多いんじゃないかな」
普通だったら幅広く知ってもらうために、びら配りなどで宣伝をするんだろうけど。
まともにそんなこともやっていないから、育て屋自体を知らない人が大多数だと思われる。
ローズはどうやらパーライトの町とかで育て屋のことをそれとなく広めてくれているみたいだけど、今日までの成果を見るにやはりあまり周知はされていないらしい。
と、思っていたら、コスモスが野菜スティックを摘みながらもごもごと言った。
「育て屋のことを知ってる冒険者は割と多いわよ」
「えっ、そうなの?」
「冒険者ギルドの掲示板にずっと宣伝用紙が張ってあるから、自然と目に付くし。私だって最初は張り紙を見つけて育て屋のこと知ったわけだから。同じように育て屋のことを知ってる冒険者は多いと思うわよ」
「じゃ、じゃあ、なんで僕の育て屋にはほとんどお客さんが来てないんだ?」
伸び悩んでる駆け出し冒険者が多いんじゃなかったっけ?
思えばこれまで育て屋を訪れた冒険者と言えば、ローズとコスモスだけである。
ネモフィラさんは冒険者ではなく、継承戦を目前に控えた王女として育成の依頼を出してきたわけだし、フランに至っては新米の鍛治師で、こちらから協力すると申し出たほどだ。
本来の客層となるはずの冒険者からは、ほとんど依頼を受けていない状況である。
なぜ冒険者たちは育て屋を頼ってくれないのだろう?
「最近の駆け出しさんたちは、特に伸び悩んでいるわけではないのでしょうか? それとも他人の手を借りずに、自分の力だけで強くなりたいと思っているとか?」
「まあ、それはありそうな話だね。駆け出し冒険者の多くが英雄を夢見て精進してるわけだし、誰かの手を借りて強くなるのは許容できないんじゃないかな」
プライドが邪魔をしている、ということなのかもしれない。
ただでさえ冒険者なんて自尊心の塊みたいなものだし、いくら伸び悩んでいると言っても他人の力までは借りたくはないだろう。
ローズとコスモスは冒険者として成功するためというよりかは、別の目的を持って伸び悩んでいたわけだから、僕に頼るのもそんなに抵抗はなかったと思うし。
「あぁ、そういえば……」
「……?」
「ちょっと前に、育て屋に関することで“変な噂”を聞いた気がするわね」
「う、噂……?」
何のことだろうと首を傾げていると、コスモスが話を思い出すように眉根を寄せた。
「『育て屋に強くしてもらおうとしたけど、ほとんど何も手助けしてくれずに金だけ取られた』、だったかしら? そんな噂をヒューマスの町の冒険者ギルドで広めようとしてる“奴”がいたって、どこかで聞いた気がするわ。あんたに言おうと思ってすっかり忘れてたけど」
「な、なんだよ、それ……?」
何も手助けしてくれずに金だけ取られた?
僕はそんなことをした覚えはない。
育て屋と言えば僕のところしかないはずなので、明らかにここのことを指した噂だとはわかる。
いったい誰がそんな悪質な噂を流そうとしたのだろう……?
「まあ、結局は何の証拠もない出任せで、噂自体も広まってるわけじゃないから、特に気にすることもないと思うけどね。ただ、それが悪印象になって客足が遠のいちゃってるってこともあるんじゃないの? あんた、誰かに恨みでも買った?」
「そ、そんなことは、ないと思いたいけど……」
あまり人に恨まれるような言動はしてこなかったと思う。
僕が気付いていないところで、誰かに恨まれていたという可能性も否定できないけど。
“うぅーん”と唸りながら必死に過去を振り返っていると、突如として傍らのローズが震えた声を漏らした。
「ご、ごめんなさい……」
「えっ……? な、なんでローズが謝るの?」
「も、もしかしたらそれ、“フリージア”さんの仕業かもしれません」
「んっ? あぁ……」
一瞬だけ首を傾げるけれど、僕はすぐにハタと思い出す。
ローズが以前に所属していた冒険者パーティーで、確かリーダーを務めていた人物だ。
そういえばまだ奴もヒューマスの町にいるんだった。
『まだこの町にいるなんて、本当にしつこいわねあんた。さっさと冒険者なんか諦めて田舎に帰ればいいのに』
未成熟だったローズに早々に見切りをつけて、パーティーから追い出した薄情な金髪少女の冒険者。
ローズの才能を見抜けずに、貴重な人材を手放してしまった気の毒な駆け出し冒険者でもある。
結局あの時は、ローズの才能を見せつけて、自分たちの愚かさを痛感させただけに終わってしまったわけだけど。
まさかあの時の仕返しのつもりで、僕の育て屋の悪評でも流そうとしたのだろうか。
それも結局は失敗しているわけだけど、確かに少しでも波風が立ったせいで悪印象が付いた感じは否めない。
「フリージアさん、顔が広い方なので、よく他人を貶めるために悪い噂を吹聴したりして。最後にお見かけした時は、ロゼさんのこともあまりよく思っていない様子でしたので。……ご、ごめんなさい。私のせいで、育て屋が悪く思われてしまって」
「いやいや、結局そんな噂は広まってないわけだし、それが直接的な原因ってわけでもないと思うよ。それにそもそもローズが謝ることじゃないし、そんな顔しないでよ」
まったくの無関係と考えるのも無理はあるけれど、フリージアの噂だけのせいでお客さんがまったく来ないわけではないと思う。
もっと別の理由もたくさんあるから、それが集約して客足が伸びない原因になっているのだ。
「僕がこんなこと言うのもあれだけど、そんな噂があろうがなかろうが、元々育て屋が怪しいってことに間違いはないからね。コスモスも最初は、育て屋が怪しく見えて頼ろうとは思わなかったって言ってたもんね」
「えぇ。だって成長の手助けをしてくれる育て屋なんて怪しさ満点じゃない。どんな人間が育て屋をやってるのかとか、具体的にどうやって手助けしてくれるのかも書いてなかったし」
おっしゃる通り、育て屋の宣伝用紙の手抜き感は拭えない。
するとコスモスは戸棚から紙とペンを取り出して、それを僕の方に渡してきた。
「まあだから、もう少し育て屋のことを詳しく知ってもらうためにも、改めてあんたの素性とか能力をきちんと書いておきなさいよね。って、前にも同じこと言ったのに一向に直してないでしょ。どんな人間が手助けしてくれるのかわかってた方が安心に決まってるんだから」
「そ、それは確かにごもっともで……」
“はいすぐにやる”と言わんばかりにペンを握らされたので、僕は戸惑いつつもそれを走らせた。
勇者パーティーの元メンバーということは伏せておくとして、僕はできる限りの素性と能力を書いていく。
育成師アロゼの能力についてはほとんど知れ渡っていないことなので、ここは詳細に書いてもバレることはないだろう。
そんな風に悩みながらペンを動かしていると、コスモスが続けて提案をしてくれた。
「後はまあ、実際に手助けしてもらった私たちが、改めてギルドでいい評判を流して、悪い印象を拭うようにしましょう。そうすれば少しはマシになると思うから。ローズなんて歴代最高成績で昇級試験に合格したちょっとした有名人だし」
「で、でも、ロゼさんは本当にそれでいいんですか? あまり目立つことはしたくないって……」
「うーん、確かに注目されすぎるのもどうかと思うけど、今は前ほど静かな暮らしを望んでるわけじゃないからね」
ネモフィラさんとの会話を思い出す。
僕が本当にやりたいことについて、彼女に尋ねられたことで今一度自覚することができた。
「みんなと接する中で、僕は改めて『人を育てるのが好き』ってわかったからさ。これからも伸び悩んでる人たちを手助けして、成長を見届けられたらいいなって思ってるよ。だから是非、育て屋のことをみんなに広めていってもらえるかな?」
「……は、はい!」
ローズはぐっと両拳を握って頷いてくれた。
これで宣伝不足の問題は解消されることだろう。
悪い印象についても次第に拭えると思う。
育て屋の詳細な情報も宣伝用紙に加えるし、これなら相応の客足が見込めるのではないだろうか。
そろそろ本格的に育て屋としての活動を進めようと思っていたところだし、これはちょうどいい機会と見ることにしよう。
前向きにそう考えていると、傍らでフランが困った様子で呟いていた。
「ボ、ボクも何か、育て屋さんのためにできることはないかな……」
「……」
ローズとコスモスは冒険者として育て屋の宣伝に貢献できるけれど、フランはあくまで鍛治師の立場だ。
二人ほど影響力があるわけではない。
なんて考えているのだろうけど、僕はハッとあることを思い出した。
「あっ、そういえば、フランにお願いしたいことがあったんだった」
「……?」
「フランの手助けをする前にさ、『この件が片付いたら僕からの“お願い”を一つ聞いてくれないかな?』って言ったの覚えてる?」
「う、うん、覚えてるよ」
僕が育て屋をやっていることから、フランは手助けしてもらうにあたり依頼料を払った方がいいかと聞いてきた。
でも、これはあくまで僕が好きでやることだから、代わりに一つだけお願いを聞いてもらえないかと尋ねたのだ。
「結局、ボクにお願いしたいことって何だったの?」
つぶらな瞳でこちらを見つめながら首を傾げるフランに、僕は右手の親指を立てて玄関の方を指し示した。
「うちの看板、作ってくれないかな?」
「か、看板?」
「そっ。フランは手先が器用だし、物作りも得意だって聞いたからさ。僕が自分で作ってもぐずぐずのものしか作れなかったし。ウン千万の武器を打つ刀匠に、こんなことお願いするのはあれかもしれないけど……」
「……」
自分で言っておかしく思い、つい笑みがこぼれてしまう。
改めて言うけれど、フランは今やウン千万級の武器を打つ稀代の名刀匠だ。
そんな人物に対して他にもっとお願いすることがあるのではないかと思ってしまう。
同じことを考えたのだろうか、フランが口許を押さえてクスッと笑った。
「そんなことでよかったら、全然やらせてもらうよ。それとこれからも、育て屋についてボクが手伝えることがあったら、なんでも相談してね。育て屋を色んな人に知ってもらえるように、ボクも協力したいからさ」
「忙しい中で申し訳ないけど、よろしくねフラン」
鍛治師フラックス・ランとしてではなく、友人のフランとして、育て屋の看板を作ってもらえることになった。
きっとこれで、ますます多くのお客さんに、この育て屋を見つけてもらえることだろう。
フランは鍛治師として忙しくなることに複雑そうな様子を見せていたが、おそらく僕もこれから、同じような気持ちを味わうことになるかもしれないな。