第九話 「お人好しなギルドの受付嬢」
翌日。
今日もローズの成長の手助けをする約束をしたので、朝から魔獣討伐に出掛けることにする。
待ち合わせ場所はギルド前。
修行場所が昨日と同じ西の森なので、ギルドで待ち合わせをするのが都合がよかった。
少し早く目が覚めてしまったため、集合時間より三十分早くギルドに到着する。
のんびり掲示板でも眺めてローズを待とうかな、なんて考えていると……
「んっ?」
ギルド内に見知った顔を見つけた。
あっ、と思った僕は、ほぼ反射的にその人物の元に歩いていく。
すると僕が声を掛けるより先に、受付窓口にいる彼女はこちらに気が付いた。
「おぉ、アロゼ君じゃん! おはよう……って、何その顔?」
「僕が何を言いたいか、本当にわかってないんですか?」
目にぐっと力を込めて、鋭い視線を受付嬢のテラさんに送る。
昨日、この人に言いたいことがあってギルドまでやってきたのに、まさかの非番で会うことができなかったから。
すると彼女は僅かに考えるような素振りを見せて、僕の言いたいことを遅れて理解した。
「あ、あははぁ、もしかしてローズちゃんのことだったりする?」
「……もしかしなくてもそうですよ。なんで僕のこと教えたりしたんですか?」
「いやぁ、それにはちょっとした理由がね……」
ローズに僕のことを教えたのはテラさんだ。
と、ローズ本人の口からそう聞いている。
テラさんには、なるべく静かに暮らして行きたいと伝えていたはずなのに。
それで冒険者ギルドにも、別名で再登録したというのに、その手続きをしてくれたテラさんが育成師のことを明かしてしまうなんて思ってもみなかった。
だから何かしらの理由があるのだろうと思って問いかけてみると、テラさんは申し訳なさそうな顔をしながらチラッと僕の後方を一瞥する。
まだ朝が早いので、ギルドはそんなに混み合っていないが、そろそろ多くの冒険者が依頼を受けにやって来るだろう。
こうして受付で話している暇はあまりない。
だから僕は、なるべく早く話を終わらせるために、こう提案した。
「手短でいいので、どういう経緯で僕を紹介することになったのかだけでも、説明してもらっていいですか?」
「う、うん、なんかごめんね」
テラさんは少し声を落として話し始める。
「まあ、簡単に言うとだけど、ギルドで困ってるあの子を見つけて、つい放っておけなくなっちゃったんだよね。あの子、所属してるパーティーを追い出さちゃってね……って、それはもう知ってるか」
「はい、本人がそう言ってました」
「でね、その後は必死になって他のパーティーに入ろうとしたんだけど、どこからも門前払いをされちゃっててさ。拒絶される度に泣きじゃくってて……」
「……」
その光景は容易に想像がつく。
僕も冒険者になったばかりの頃は、実力不足が原因でよくパーティーを追い出されていたから。
あの時の、誰からも必要とされていない劣等感は、かなり苦しいものである。
「君も知っての通り、駆け出し冒険者って余裕のない子が多いから、みんな焦っちゃってるんだよね。それでピリピリしてる人たちも多くて、手厳しい言葉で追い払われちゃうこともあったんだよ」
「……それで見るに堪えなくなって、テラさんが助けてあげたってことですか」
テラさんは無言という形で頷きを返してくる。
まあ、大方予想の通りであった。
テラさんが悪戯目的で僕のことをローズに教えるはずもない。
何かしら優しい理由があって話すことになったのだろうと、簡単に想像ができたから。
どこのパーティーからも門前払いをされている姿を見て、か。
「昔から変わらないですね、テラさんって」
「えっ、今いい女って言った?」
「……言ってないですよ」
いや、意味的には合っているので、なんとも否定しがたい。
そう、この人は単純にいい人なのだ。
「僕も昔、どこのパーティーにも入れてもらえなくて、足蹴にされてるところに、テラさんがよく声を掛けてくれましたから」
「あの時のアロゼ君も放っておけない感じだったからねぇ。なんか懐かしいなぁ」
どこのパーティーからも門前払いをされて、冒険者活動が滞っていた時代。
年齢と実力も低かったので、任せてもらえる依頼も数が少なかった。
そんな中でテラさんは、僕のことを見兼ねて色々と計らってくれて、条件のいい依頼とかを優先してこちらに回したりしてくれた。
その時の状況と今のローズが、とても似ていると感じる。
「まあそんなわけで、ローズちゃんをどうにかして助けてあげたいって思ったのが、君のことを教えたきっかけだよ。君ならあの子のことを強くしてあげられるんじゃないかなって思ったからさ」
「……こっちはいい迷惑ですよ」
「で、でも、君のことを“勇者パーティーのアロゼ”だとは言ってないよ? ただ冒険者の育成に詳しい育成師ってことしか……」
「育成師って言った時点でバラしてるも同然ですよ!」
幸いローズは気付いていない、というかアロゼのことを知らないっぽいから、別にいいんだけどさ。
でももう少しだけ気を付けてもらいたいものだ。
「ご、ごめんごめん。君には一言くらい声を掛けるべきだったよね。お詫びとして特別に、今度無料でデートしてあげるから」
「……普段はお金取ってるんですか?」
これはテラさんの冗談だったみたいで、彼女はチロッと舌先を見せてきた。
「ま、デートうんぬんは冗談にして、『今度一緒にご飯行こう』って約束、あれってまだ生きてるよね?」
「えっ? は、はい、まあ」
「じゃあその時のご飯代、全部私持ちにさせてもらうよ。おまけにとびきり可愛い格好で行ってあげるから、それでチャラにしてください!」
そう言いながらテラさんは、パンッと両手を合わせて謝意を示してきた。
別にお詫びとかしてもらわなくてもいいんだけど。
こうしてローズを助けようと思った経緯を聞けて、僕はそれに納得したのだから。
まあそれとは別に、いまだにテラさんとは食事に行けていないので、改めてその約束を取り付けるという形で手打ちにすることにした。
「……ちなみに聞くんだけど、君は結局ローズちゃんのお願いを引き受けてくれたのかな?」
「……」
無言という形で頷きを返してしまい、テラさんは吹き出すように笑い声を漏らした。
「うん、やっぱり君はいい男だよ」
なんか色々とこの人に掌握されているみたいで、僕はなんとも言えない気持ちになった。