第八十九話 「嬉しい悲鳴」
競売会が終わった翌日。
僕たちは、また四人で育て屋に集まって、食卓を囲んでいた。
しかも今回は以前とは比べて、かなり豪勢な献立になっている。
「それでは、競売会でのフランの勝利をお祝いして……乾杯!」
そう言って僕たちは、各々が持ったグラスを『カンッ!』と打ちつけ合った。
まあ、僕たち誰もお酒を飲めないから、全員葡萄ジュースだけどね。
今回のこの食事会は、フランが競売会で見事な結果を残して、ブルエに勝利できたことへの祝勝会だ。
前々から、競売会でいい結果を残せたらみんなでお祝いしようと約束していたので、結果的に今に至る。
僕は自分で用意した料理に舌鼓を打ちながら、改めてフランに言った。
「競売会、上手くいってよかったね。ていうか会場の後ろから見ててもすごい盛り上がりだったよ」
「それもこれも、全部みんなのおかげだけどね」
フランは少し恥ずかしがるように頬を染めて笑みを浮かべる。
どこまでも謙虚な姿勢を崩さないフランに感心していると、ストローで飲み物を啜っているコスモスがフランに尋ねた。
「にしてもまさか、1500万フローラなんて大金が付くとはね。宝くじ当たったみたいなもんじゃない。結局それどうするか決めたの?」
「それはもちろん、協力してくれたみんなにそれぞれ分けたいって思ってるけど……でもみんな、いらないんでしょ?」
そう聞かれた僕たちは、顔を見合わせて揃って首を縦に振る。
競売会が終わってすぐに、1500万フローラの使い道について話し合いをしたが、開口一番に僕たちはそれを受け取らないと宣言をした。
当然、お金はあるに越したことはないし、もらえるものならもらっておきたい気持ちはあるけれど……
「あの武器を作って鍛え上げたのはフランだからね。最初の方こそ僕たちが援助してたけど、あの武器とフランの天職がある程度成長してからは、ほとんどフランが頑張ってたじゃん」
「そうですよ! フランさん、魔獣が怖いのに一生懸命戦って、あの武器をあそこまで成長させていたじゃないですか!」
それこそ僕たちは最後の方、フランの戦いぶりを後ろで見守っているだけだった。
ていうかフランの武器が強すぎて、僕たちが手出しできる隙間がまったくなかったのだ。
それで競売会の稼ぎを受け取るのは何とも心苦しい。
「でも、みんなに助けてもらってなかったら、あの『竜骨の紅剣』は完成してなかったんだよ。それにロゼが一緒にいてくれたから、ボクはあんなに早く強くなることができたんだよね?」
「うーん、まあ、それはそうなんだけど……」
僕の『応援』のスキルの効果で、フランの『神器匠』の天職は急速に成長した。
そのおかげで神器の成長に役立つスキルも取得できて、竜骨の紅剣の完成に大きく近づいたのは確かではある。
しかし実際に僕がしたことと言えば、支援魔法による援助をして、後はただ近くでフランの戦いを見ていただけだ。
果たしてこれにどれだけの価値があるだろうか。
フランは1500万フローラのうちの半分近くを僕たちに渡そうとしてくれているみたいだが、さすがにそこまでの仕事をしたとは思えない。
ローズとコスモスが飛竜を倒して、迅速に素材を持って来てくれたのは、数百万フローラ分くらいの働きはあると思うけど。
「誰かの成長を手助けできる『育て屋』さんなんて、本当にすごい力だよ。ロゼの方こそ、ボクなんかよりももっと多くの人たちに評価されるべきだって思ったよ」
「それを言うなら、フランの神器匠の力も凄まじかったじゃないか。まさかフランの剣があそこまで強くなるなんて思わなかったし」
何かただならぬ気配を帯びていたのはわかっていたけど、あそこまで強力な武器に化けるとは思わなかった。
【名前】竜骨の紅剣
【レベル】30
【攻撃力】300
【スキル】竜魂 飛翔 逆鱗
【耐久値】500/500
これが最後に僕が見た竜骨の紅剣の天啓である。
どうやら神器のレベルは“30”が限界値のようで、それ以上は魔獣を討伐しても上昇が見られなかった。
そこに到達するまでは、レベルの上昇に伴って性能が向上していき、最終的には最高品質の性能と造形にまで至った。
加えて装備者に対して、筋力増強と飛翔能力と身体強化のスキルを付与する。
あれはもはや“宝剣”って言っても差し支えないほどのものだ。
1500万フローラの値が付いたのも納得である。
「間違いなく今回の結果はフランの努力と才能が引き寄せたものなんだから、競売会の稼ぎは全部フランが受け取りなよ。その代わりと言ったらなんだけど、この二人の武器のこと、よろしくお願いね」
「う、うん! それは任せておいてよ!」
ということで1500万フローラの行方については、一旦の落ち着きを見たのだった。
まあ正直、1500万フローラの一部を分けてもらうより、フランに二本の武器を作ってもらう方が価値が高い気がするけどね。
今回の競売会の基準で考えたら、純粋に3000万フローラだから。
いや、これからますます鍛治師として名前が広がっていって、フラックス・ランの武器はその価値を高めていくに違いない。
それを、協力したお礼に二つも作ってもらうというのは、あまりに贅沢な気がしてきた。
人知れず罪悪感を抱いていると、フランがつぶらな瞳で天井を見上げて、“うぅーん”と唸り声を漏らした。
「1500万……1500万かぁ……。正直、使い道に困っちゃう大金だよ」
「フランは何か欲しいものとかないの?」
「うん、これといって思いつかないかな。とりあえずはお世話になってる工房の設備を一新させて、残りはキキョウさんの治療費に充てがおうかなって考えてるけど」
「キキョウさん、そんなに体調悪いの?」
僕も一度、競売会が終わった後に挨拶をさせてもらったけど、とても体が弱い人のようには見えなかった。
むしろ理想的な体格をしていて、絶対に病気とかに罹らなそうな健康体に思えたけど。
「経過は良好みたいだけど、またいつ大きく崩すかわからないんだってさ。その度に莫大な治療費が掛かるみたいだから、今回の稼ぎでそれを負担してあげられたらなって。キキョウさん、もうあんまり武器も打てないみたいだから」
現代の天才鍛治師、キキョウ・アンヴィルが手掛けた品ならば、フランの武器と同等の稼ぎが見込めるだろう。
しかし体が弱っている今、満足に武器を打つことも難しくなっているようだ。
となればフランが治療費を負担したがるのも納得である。
「……まあ、それだけしても全然余りそうよね。これからも鍛治師として依頼が殺到するだろうし、相当いい豪邸とか建てられそうで羨ましいわねぇ」
いつか自分の屋敷を持ちたいと思っているコスモスは、フランの大金に憧れるようにぼんやりとした瞳で宙を見ていた。
「うーん、依頼が来るかどうかはまだわからないけど、もし来たとしてもそれ全部に応えるのはまだ難しいと思うよ。ボクの神器は一本を鍛え上げるのに相当な時間が掛かるから」
「まあ、それもそうよね」
競売会で唯一無二の才能を示したフラックス・ラン。
現代の天才鍛治師キキョウ・アンヴィルの後釜としても指名されて、その才能は多くの有識者たちに知れ渡ることとなった。
これから数多くの鍛治依頼が彼の元に舞い込んでくるのは想像に容易い。
しかしフランの神器は他の武器とは違って、鍛え上げるのにかなりの時間を必要とする。
すべての依頼に応えるのはまずもって難しいだろう。
とりあえずまともに使えるくらいにまで成長させて、それを売り出すという方法もあるが、未完成の品をお客さんに渡すのは鍛治師として納得できないところがあるはずだ。
「ともあれ、フランがこれから忙しくなるのは間違いなさそうだから、こうしてみんなで集まってご飯するのは難しくなっちゃいそうだね」
「こういうのって、“嬉しい悲鳴”って言うのかな? せっかくみんなと仲良くなれたし、歳の近い友達っていなかったから、どこかに遊びに行ったりもしたかったけど」
鍛治師として芽吹けたことに嬉しさはありつつも、多忙な日々が待ち受けているとわかって複雑そうな顔をしている。
僕としても、これからフランと接する機会が減ると思うと寂しさを覚えてしまうが……
「ま、僕の育て屋は常に“暇してる”から、また好きな時にでも遊びに来てよ。僕も同性の友達って少なかったからすごく嬉しいし」
「……」
そう言うと、フランは怪訝な顔をして家の中を見渡す。
そして改まった様子で、こちらに問いかけてきた。
「ねえ、どうしてロゼの育て屋さんは、あんまりみんなに知れ渡ってないのかな?」
「えっ?」