表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/152

第八十七話 「神器匠の育て方」


 ブルエは宙を見上げて唖然とする。

 場内の全員が同じような反応を示しながら、空中に浮かぶ青年を凝視していた。


(何が、起きてやがんだ……?)


 飛んでいる。

 まるで鳥のように、人類が空を飛んでいる。

 やがて青年が放心しながら壇上に下りてくると、フランは“失礼します”と言って剣を返してもらう。

 次いでそれを客たちに見せるように掲げた。


「これが竜骨(りゅうこつ)紅剣(こうけん)に宿っているもう一つのスキル、『飛翔(ひしょう)』です」


「ひ、しょう……?」


「装備者に“飛翔能力”を付与することができるスキルで、最大で三十分の飛行を可能にします。空中移動をしなければ常に滞空が可能ですので、落下する危険もございません」


 飛翔能力の付与。

 そのあまりにも超常的な能力を目の当たりにして、会場は静寂に支配される。

 力の増強だけなら、まだ誤魔化しようはいくらでもある。

 世に魔法道具なるものが少なからず存在しており、使用者の肉体を一時的に微増させるものも中にはあるからだ。

 だが、さすがに人類に飛翔能力を付与する魔法道具は、今まで一度も見たことがない。

 目の前で実際に空を飛ぶ人間を見せられてしまったら、これはもうスキルの存在を認めざるを得なかった。


(本当に、あいつの剣には、天啓とスキルが……!)


 二度目の悪寒に襲われるブルエに、さらなる追い討ちが掛けられた。


「それともう一つ、感情の高振りによって身体能力を向上させる『逆鱗(げきりん)』というスキルも宿っています。こちらは実演でのご紹介が難しいので、その効果は実際にお使いになってご確認ください」


「……」


 フランはぺこりと頭を下げて、竜骨の紅剣の紹介を終わらせた。

 壇上で“はぁぁ”と安堵の息をこぼすフランを見つめながら、場内の客たちは呆然とする。

 対してブルエは悔しさと怒りを滲ませるようにして、強く歯を食いしばっていた。

 筋力増強の『竜魂』。飛行能力の『飛翔』。身体強化の『逆鱗』。

 フランの打ったあの直剣に、それらのスキルがすべて兼ね備えられている。

 とても受け入れがたい事実だった。


「な、何が天啓だ……何がスキルだ……! そんなデタラメばっかり並べやがって……! 誰も能無しのフランが言ったことなんざ信じるはずがねえ……! ここは手品道具を売るところじゃねえんだよ……!」


 見下しているフランが、スキル付きのとんでもない武器を打てるはずがないと思い、ブルエはいまだに直剣を疑っていた。

 どうせ口からの出任せだ。何か姑息な種があるに違いない。客たちだってそんなことはわかっているはずだ。

 ブルエが疑惑の視線を向ける中、司会役の女性が会場の沈黙を打ち破る。


「で、では、フラックス氏からのご紹介も終わったところで、そろそろ『竜骨の紅剣』の競売を始めさせていただこうと思います。例に漏れず10万フローラからの開始となりますが……み、皆様、いかがでしょうか?」


「……」


 皆、何を思っているのか、終始黙り込んだまま直剣を見つめている。

 そのただならない雰囲気に、司会者も戸惑った様子で会場に問いかけた。

 すると、どうだろう……


 司会者の問いかけに対して、誰も手を上げようとはしなかった。


(ハッ、ほらな。誰もフランの品なんざ評価するはずがねえ。突拍子もねえデタラメばっかり並べやがって、それで熟練の有識者たちの気を引けるはずがねえだろうが。500万フローラの値が付いた、俺の剣の勝ちだ)


 ブルエは勝利を確信して不敵な笑みを浮かべる。

 天啓やスキルなど色々と宣伝材料を盛り込んできたが、やはりここにいる客たちは純粋な傑作を望んでいるのだ。

 需要に合っていない品は、ただただ客たちを困惑させるだけに過ぎない。

 圧倒的な技術力と、加工困難の希少素材を組み合わせた、ブルエ・アンヴィルの魂の一作に敵うはずがなかったのだ。

 小さな笑い声を漏らすブルエの傍らで……ぽつりと、誰かが言った。




「……600万フローラ」




「…………はっ?」


 耳を疑うその声に、ブルエは目を丸くしながら会場を見渡す。

 直後、信じがたい光景が、彼の視界に飛び込んできた。


「650万!」


「700万!」


「820万!」


「な、何してんだよてめえら……! なんで俺よりもこいつの品の方に値段を付けんだよ!」


 かつてないほど大勢の客たちが手を上げる景色を見て、ブルエは背筋を凍えさせた。

 同時に、その誰もがブルエの蒼玉の長剣を超える高値を付けていき、彼の心中は絶望感で満たされていく。

 なぜあんなデタラメな珍品に、そのような値が付いていくのだろうか。


「天啓とスキルが宿った武器なんて聞いたことがねえ!」


「いったいいくら積めばいいのかまったくわからねえよ!」


「次にいつフラックス氏が出品するかもわからねえ! ここで絶対に落としてみせる!」


「……」


 自分の時には見られなかったような、観客たちの血眼。

 それを目の前で見せつけられただけで、圧倒的な実力差を感じさせられた。


「1500万フローラ!」


「なっ――!?」


 そしていよいよ、とんでもない金額が提示されて、会場が激しくざわついた。


「み、皆様……お聞きになりましたでしょうか……! 1500万! 1500万フローラが宣言されました! これはまさに一生を暮らせるほどの莫大な金額です! それが何かの間違いか、無名の鍛治師のデビュー作に付けられてしまいました!」


 自分が手掛けた蒼玉の長剣の、およそ三倍の値段。

 ブルエは血の気を引いて、おもむろに膝から崩れ落ちた。


「あり、得ねえ……! この俺が、あの愚図のフランに、競売会で負けただと……!?」


 “なぜ”という言葉が脳内を駆け回る。

 なぜあいつの武器には天啓とスキルが宿っているのか。

 なぜあいつはあんな武器を打てたのか。

 なぜこの短い期間で才能を開花させることができたのか。


「認めねえ……! 俺は認めねえぞ……! てめえに鍛治師の才能なんかありはしねえんだ!」


 ブルエは憤りを抑え切れずに、ついには壇上まで上がって行った。

 当然観客たちはその姿を見て、怪訝な表情で静まり返る。

 ブルエに睨み付けられたフランは、その怒りの視線を浴びながら、疑問に答えるように返した。


「ボクも、ずっと自分の力を信じられませんでした。ボクはどれだけ頑張っても、なまくらなものしか打てない無能鍛治師だって。でも、ある人のおかげで、ボクはようやく自分の力に気が付くことができたんです」


 不意にフランが会場の一端に視線を向ける。

 ブルエも釣られてそちらに目を移すと、客席の一つに“銀髪の青年”が腰掛けているのが見えた。


(あ、あいつは、フランに依頼を出した……!)


 フランを工房から追い出そうとした時、それを庇うようにして鍛治依頼を出してきた青年。

 あの時あの青年は、こちらが打った剣ではなく、フランの剣の方に強く惹かれたと言っていた。

 まさかあいつには、フランの隠れた才能が見えていたというのだろうか?

 日頃から一緒にいる鍛治師たちが、これまでまったく気が付かなかった素質に、奴は一瞬で気が付いたというのか?

 あいつはいったい、何者なのだ……


「その人はボクの力に気付いてくれた。ダメなボクに才能があるって言ってくれた。諦めないでほしいって慰めてくれた。その人に強くしてもらえたおかげで、ボクは自分の手でこの武器を作り上げることができたんです」


「な、何が才能だ……! てめえにそんなもんは、絶対にねえんだよ……!」


 フランの才能と競売会の結果を、いまだに受け入れられないブルエは、苦し紛れの抵抗を試みる。


「そ、そうだよ! それがてめえの打った剣だっつー証拠はどこにもねえ! どうせどっかの職人に頼んで作らせた代作なんだろ! だからこの勝負は無効だ! もう一回作り直して俺と――!」


 刹那――


「もうよしなブルエッ!」


「――っ!?」


 壇上で見苦しく足掻くブルエを止めるように、女性のハスキーな叫び声が会場に響き渡った。

 全員が客席の最後列の方を振り向くと、そこには……


「バ、ババア……!」


 煤けたバンダナとエプロンを着用している、青髪の凛々しい女性が立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 普通の武器には、スキルや天啓なんてものはつかない。 それが代作だったとしてもだ。 彼が作った作品には、それが付く。いや、彼が作った作品にしか付かない。 そんな品物にケチつけるのは、全く…
[良い点] ( ´∀`)bいいね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ