第八十三話 「成長する武器」
「だ、大丈夫かフラン?」
「う、うん。なんとか……」
森での悪羊狩りを続けること三時間。
フランに疲れの色が見え始めたので、僕たちは近くの木陰で休むことにした。
ローズとコスモスが携帯食料の乾パンをかじる中、フランは食の手が進まずに俯いている。
さすがに魔獣討伐の経験がないフランを、長時間戦わせるのは無茶だったかもしれない。
それに単純な疲労だけではなく、フランは別のことでも苦しさを味わっているようだ。
手元を震わせるフランを見て、僕は慎重に問いかけた。
「まだ、ちょっと怖いかな?」
「……うん、それもあるけど、生き物を斬る感覚っていうのが初めてだから、そっちの方が衝撃的で」
たとえ魔獣とは言え、生き物を狩ることに抵抗がある人間は割と多い。
古来は魔獣などという存在も地上にはおらず、一部の狩人以外はまったく狩りに参加していなかったと聞く。
その名残りか、今でも殺傷行為に抵抗感を持つ人はいて、フランもその一人だったようだ。
どちらかと言えば女性に多い印象だったのだが、ローズとコスモスは出会った時からすんなりと狩りを行なっていたように記憶している。
「それに、剣を振るっていうのも初めての経験だから、まだ勝手がよくわからなくて。こんなに難しいだなんて思わなかったよ。ローズはいつもどうやって剣を振ってるの?」
フランが首を傾げながら、真剣な面持ちでローズに尋ねると、彼女は“にぱぁ”と笑って答えた。
「私もよくわからないのでテキトーに振ってますよ。力の限りぶんぶん振っちゃえばいいと思います。それで簡単に倒せますから」
「……ぶんぶん?」
「ご、ごめんフラン。ローズの言ったことはあんまり当てにしないで」
なんとも大味なアドバイスをするローズを見て、僕はすぐさまフランに注意を促した。
ローズはそれだけで敵を圧倒できる力があるから、テキトーに振っても形になっているのだ。
他の人が同じ戦い方をして、満足に能力を発揮できるはずもない。
これはローズがおかしいだけなので、フランには基礎的な能力を身に付けてほしいと思う。
「あんまり無茶な戦い方をすると、せっかくの神器も壊れちゃうだろうし、今後のためにもフランはちゃんとした戦い方を身に付けてね」
「……あの、それだと私がおかしな戦い方をしているみたいになりませんか?」
実際少しおかしいので否定はしないでおいた。
鋭い一撃も度々見せてはくれるが、やはり力任せの攻撃が多い印象があるから。
まあ、それで勝てるからいいと思うけどね。
ふと、フランの額に疲れの汗が滲んでいるのが見えて、僕は労いの言葉を掛けた。
「辛いなら、今日はもうこの辺でやめておくか?」
「う、ううん。まだ大丈夫だよ。女の子たちがこんなに頑張ってるのに、男のボクが先に音を上げるなんて格好がつかないからね。それに神器の方も、ちゃんと強くなってきてるし」
フランは僅かに青ざめた顔を上げて、傍らに置いてある銅色の剣に目を移す。
それは数時間前まではボロボロの錆びた剣の姿だったのだが、今は僅かに研ぎ澄まされたかのように刀身が光っていた。
「これ、ちゃんと強くなってるってことだよね?」
「心配しなくても大丈夫だよ。フランがこの剣を持って戦ったおかげで、剣も神素を得て着実に成長してるから」
剣の天啓を見た僕は、フランを安心させるようにそう伝える。
現状で天啓を確認できるのは僕だけなので、こうして随時口頭で剣の様子を彼に伝えているのだ。
「それに、フラン自身が成長したことで、“新しい能力”も目覚めたからね。それも神器の成長にすごく役立ってるよ」
「……『愛器』っていうスキルだよね? これ、本当にちゃんと効果があるんだ」
フランは少し訝しむように自分の手を見下ろす。
彼は魔獣との戦いの中で天職を成長させて、新しい能力を目覚めさせた。
しかもその力は、なんと神器の成長に大きく貢献してくれる、神器匠の彼にぴったりのものだった。
【天職】神器匠
【レベル】5
【スキル】神槌 愛器
【魔法】
【恩恵】筋力:E135 敏捷:F95 頑強:F95 魔力:F0 聖力:D220
『愛器』・レベル1
・装備中の神器に効果反映
・神素取得量2倍
このスキルのおかげで、彼が持つ神器はすでにレベル10に到達した。
ローズに任せている『儚げな一振り』も、きちんと成長を続けてはいるが、まだレベル5の段階である。
神器は人間よりも早い成長が見込めるようで、それに加えて愛器のスキルのおかげで『眠りし竜骨』は目覚ましい成長を遂げた。
これなら競売会までに、神器をかなり成長させられるに違いない。
改めて色々なことが判明して、フランは胸を撫で下ろすように安堵の息を吐いた。
「やっぱりロゼの言った通り、ボクが打った武器は戦いの中で成長していくものだったんだね。こうしてちゃんと強くなることがわかって、本当によかったよ」
「どれだけ武器を打ってもボロボロのものしか作れないなんて、鍛治師にとっては致命的だもんね。これを機に自分の才能に気が付けてよかったね」
フランは安心したように笑みを浮かべて、大きな頷きを返してくる。
そんな彼の傍らに見える剣に目を移して、僕はふむと顎に手を添えた。
神器はちゃんと成長している。
フランの新しいスキルも神器の成長に大きく役立っている。
これなら意外に早いうちに、完成形を拝めるとは思うけど……
【名前】寝覚めの竜骨
【レベル】10
【攻撃力】100
【スキル】
【耐久値】150/150
なんで神器の名前まで変わっているのだろうか?
それに正直、見た目まで少しずつ変わっていくなんて思ってもみなかった。
見た目の変化に伴って名前も変わっているので、最終的にどんな見た目と名前になるのか想像もつかない。
いまだにスキルも目覚めていないので、この神器の完成形はまったくの未知数である。
まだまだ神器についてはわからないことが多いし。
「…………神器のレベルも“50”が最大なのかな? 神器の種類によって成長率が変わるとか? フランの神槌のスキルレベルが上がったら、もっといい神器を打てるようになるのかな?」
「……あのぉ、ロゼさん?」
一人でブツブツと独り言を呟いていたせいで、ローズが心配するような目を向けて来た。
このような天職の持ち主に出会ったことがなかったため、謎めいている部分が多くて考え事が止まらないのである。
そのことを反省していると、不意にフランの笑みが視界に映った。
彼は傍らに置いてあった『寝覚めの竜骨』を手に取って、輝きを持ち始めた刀身を嬉しそうに眺めている。
僕は少し前の話を思い出して、フランに言った。
「お父さんも、きっと喜んでるんじゃないかな」
「えっ?」
「フランがより一層、武器作りの楽しさに気が付いてくれて」
「……」
驚いたように目を丸くするフランに、僕は気付かせるように伝えた。
「宝剣を作ることも確かに大切なことだけど、それ以上にお父さんは、フランに楽しく鍛治師をしてもらうことを望んでたと思う。今の笑顔を見れば、きっとお父さんもフランに鍛治師の基礎を教えてよかったって、思ってくれるに違いないよ」
「……そっか。ボク今、楽しいって思ってるんだ」
フランは自分の顔に触れながら、再び静かに頬を緩める。
今までボロボロの武器しか打てずに、自分の才能のなさを悲観していたフラン。
そんな彼が改めて、神器匠として武器作りの楽しさに気が付けた。
今のこの笑顔を見れば、鍛治師の基礎を教えたお父さんもきっと喜ぶに違いない。
フランは元気を取り戻したように立ち上がり、ぐっと両拳を握り締めた。
「よし。早く神器を完成させるために、もっともっと頑張ろう」
「もう休まなくて平気?」
「うん、大丈夫。今は休むよりも、早く神器を完成させたいからね」
フランはつぶらな瞳に闘志を宿して、力強く神器を手に取った。