第八十二話 「仲直り」
お父さんへの罪滅ぼし。
なんだか穏やかならないその台詞に、僕は反射的に聞き返してしまった。
「罪滅ぼしって、フランとお父さんの間に何かあったの?」
と、言い終えた後で、僕は遅まきながら“あっ”と口に手を当てる。
思わず聞いてしまったけれど、これはあまりにも不躾だ。
だからすぐに謝ろうとすると、僕のその焦りを見たフランが逆に焦ったように言った。
「ご、ごめん。罪滅ぼしって言ったけど、別にそんなに大袈裟なことじゃないんだ。ただボクは、お父さんと“仲直り”がしたいだけで……」
「仲直り?」
「ちょっと、お父さんと“別れる時”に、心残りのある別れ方をしちゃったからさ」
フランがまつ毛の長い瞼を僅かに伏せて、悲しさを滲ませる。
僕は今度こそ失礼がないように、慎重に問いかけることにした。
「……ぶ、不躾にならないなら、お父さんと何があったのか、聞いてもいいかな?」
「うん、全然大丈夫だよ。簡単に言うとね、お父さんと“喧嘩別れ”みたいになっちゃったんだ」
フランは昔を振り返るように、遠い目をして語り始める。
「お父さんは昔から宝剣を打つことを夢に見ていて、気が付けばボクも同じ夢を持つようになってたんだ。それでいつか一緒に、『宝剣って呼ばれるくらいの武器を作ろうね』って約束してて」
フランは自らの右手に視線を落として、弱々しく握り込む。
「でもボク、小さい頃からまったく鍛治の腕が上達しなくてさ。ある時、自分の不甲斐なさに引け目を感じて挫折しかけちゃったんだ」
「鍛治師をやめようとしたってこと?」
「うん。その時にお父さんは、ボクが夢を諦めないように精一杯慰めてくれたんだ。自分もまだまだ売れない鍛治師だけど、努力を続けていればいつか夢は叶えられるって。だから一緒に頑張ろうって。それなのにボク、いじけてたせいでお父さんに冷たく当たっちゃって……」
「……」
フランの悲しげな声を聞いて、僕たちもやるせない気持ちになった。
どれだけ武器を打ってもボロボロのなまくらしか打てないフラン。
そんな自分に嫌気が差して、鍛治師をやめようとしてしまうのも無理はない。
穏やかなフランが、せっかく慰めてくれたお父さんに冷たくしてしまうほど、自分の不甲斐なさに心をやられていたのだ。
「そんなボクのために、お父さんは慰めの“品”を作ろうとしてくれたんだ。たとえ誰にも認めてもらえていなくても、努力を続けていればいつかこんな武器を打てるようになるぞって。その武器を作るために、お父さんは無茶をして、森の深くにある素材を取りに行こうとして……」
お父さんが亡くなったのは、その時だったとフランは語ってくれた。
たとえ周りから認められていなくても、努力を続けていれば夢は叶えられると証明しようとした父親。
売れない鍛治師の自分でも、至極の一品を作れるのだと示して、夢を諦めかけている息子にもう一度立ち上がってもらおうとした。
でもそのせいで魔獣被害に遭ってしまい、結果的に喧嘩別れのようになってしまったようだ。
「だからボクは、お父さんと仲直りするために宝剣を作りたいって思ってるんだ。お父さんの言ったことは間違ってなかったって証明して、あの時冷たく当たっちゃったことを謝るために……」
「……そっか」
フランが一流の鍛治師を目指している理由を知り、僕は深く納得した。
同時に、ヒューマスの工業区にてブルエが言っていたことを思い出す。
『死んだ父親のために鍛治師になりてえのか知らねえが、てめえが打つだけ資材の無駄になるんだよ。所詮てめえも志し半ばで死んだ無能の父親と同じだってことだ』
となると、奴もフランの事情を知っていたってことか。
そこにかこつけて、ブルエはフランの不手際を責め立てて追い出そうとしたってわけだ。
改めてフランの事情を知った僕は、一層競売会へのやる気をたぎらせて彼に言った。
「それなら尚更、フランは強くなった方がいいってことだね」
「えっ?」
「フランが自分の手で宝剣を作るためには、神器を鍛え上げられるだけの強さが必要になる。神器の天啓も人間のそれと同じ仕組みなら、きっと次第に成長しづらくなっていくはずだから、ますます強い魔獣と戦わなきゃいけなくなると思うし」
「だから、もっと強くなった方がいいってこと?」
「そっ」
フランの神器には絶大なる可能性が秘められている。
もしそれを完璧に鍛え上げることができれば、おそらく宝剣と呼ばれるほどの武器にまで昇華することだろう。
しかしそれを自らの手で作り出すためには、やはり強さが必要になる。
強い魔獣と渡り合えるだけの強さが。
「それなら、ロゼにはいっぱいお世話になっちゃうかもね」
「こっちこそ、ローズとコスモスのためにいい武器を作ってもらいたいからね。いくらでも力になってあげ……」
と、締めくくりの宣言をしようとした時――
傍らの茂みから、不穏な気配を感じ取った。
「――っ!」
僕は咄嗟にフランの体を抱える。
信じられないほど華奢な彼の肉体に驚きつつも、僕は地面を蹴って後方に飛び退いた。
瞬間、“黒い影”が僕たちの目の前に飛び出して来た。
角の長い黒毛の大羊――悪羊。
支援魔法の一つである感知魔法を使っていたおかげで、間一髪で接近に気が付くことができた。
敵が姿を現すと、ローズとコスモスも顔を引き締めて身構える。
僕は、体を震わせるフランを下ろすと、彼を元気付けるようにして、その小さな背中に手を当てた。
「怯えなくても大丈夫だよ。僕が全力で、君を助けるから」
フランが競売会で勝てるように。
宝剣を作れるほどの鍛治師になれるように。
喧嘩別れしてしまったお父さんと、仲直りができるように。
僕が育て屋の力の限りを尽くして、神器匠フランを一人前に育て上げてみせる。