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第八十話 「工房」

 

「どうフラン? 大丈夫そう?」


「は、はい。これなら充分作業できると思います」


 僕とフランは現在、とある鍛治工房にいる。

 しばらく使われていなかったため、設備のあちこちは埃を被っていた。

 それを一つ一つ、フランが丁寧に確認していく。

 やがて使用が可能だとわかるや、彼は笑みを浮かべてこちらに駆け寄って来た。

 より正確には、僕の隣に立っている、工房に入れてくれた人物の元に。


「あ、あの、この度は工房を貸していただいて、本当にありがとうございます…………ネモフィラ様」


「いいよ、別に……」


 青髪の長身の女性は、感情のなさそうな無機質な声で応えてくれた。

 コンポスト王国の次期国王候補である、王位継承順位第一位の第三王女ネモフィラさん。

 王都チェルノーゼムの王城内にある“城内工房”を、僕たちに貸してくれた人物だ。


「僕からも改めて、本当にありがとうございますネモフィラさん。急なお願いだったのに……」


「いつでも遊びに来ていいって、言ったからね。それにちゃんと、私のこと頼ってくれて、嬉しいから」


 ネモフィラさんは無表情の頬を心なしか緩めてくれた。

 僕が言っていた工房の当てとは、ネモフィラさんが住むこの王城のことである。

 正直忙しい時期だろうから、城内に入れてもらうのは難しいかと思ったんだけど、ネモフィラさんは快く了承してくれた。


「でも、よく知ってたね。うちに鍛治工房があるって」


「以前にお邪魔させていただいた時に、少し王城の中を歩かせてもらって、その時に工房らしきものを見かけたので」


 工房設備を備えている城は多いと聞く。

 古くは城の工房のみで武器の生産が行われており、基本的に一般の市民は武器の製造が禁止されていたらしい。

 国の統率のためだと語られてはいるが、いつの頃からか魔獣が活発的になったことを受けて、市民らによる武器生産を解禁したのだとか。

 その頃から武器職人と呼ばれる存在が現れ始めて、こんにちに至るという。

 そんな名残りで今も城内に工房設備を有して、利用しているところもあると聞くので、コンポスト王国の現国王が住まう王城にあるのは当然とも言える。

 どうやらネモフィラさんのところの王城では、つい数年前までは王国軍の武器生産を行なっていたらしいけど、現在は王都内の大きな鍛治屋に任せているとか。


「でも、本当によかったんですか? 二週間以上も工房を貸していただいて」


「うちに泊めるのは、ちょっと無理だったけど、城内の工房を貸すだけならいくらでもいいって父様が。しばらく使ってないみたいだから、ちゃんと使えるかわからないけど」


 ネモフィラさんが不安げに言うと、目の前のフランが工房を見渡しながら言った。


「とても綺麗な工房だと思います。必要な道具も揃っていますし、これなら充分に武器を作れますよ」


「なら、よかった」


 フランはぺこりとネモフィラさんに頭を下げると、作業のための準備を進め始めた。

 僕も何か手伝おうかと考えるけれど、すぐに冷静になって踏みとどまる。

 下手に手を貸すと、逆に作業場を荒らしてしまいそうだったので、ネモフィラさんと一緒に大人しく見守ることにした。


「ローズとコスモスは、後で来るんだよね?」


「はい。彼女たちには素材集めを頼んでいるので、今頃は北の岩山で飛竜と戦っているかと」


「飛竜?」


 四日前にヒューマスの町で別れた二人は、王都に向かった僕たちと違って、国の北側にある岩山へと向かった。

 そこに潜んでいる飛竜から鍛治に使える鉱物を入手できるらしく、何やら近頃は付近の農村を荒らしまくっているようなので、ローズたちを討伐に向かわせたというわけだ。

 ローズの脚で移動している二人なら、今頃は飛竜と戦っている頃かと思われる。

 僕たちは王都に来るまでに四日も時間が掛かってしまったが、彼女の超人的な俊足とスタミナがあれば明日か明後日には王都にやって来るのではないだろうか。

 なんか、ローズの脚が速すぎて、時間の感覚が麻痺しそうだ。


「あっ、そういえば、あとでクレマチス姉様が、ロゼと話したいってさ」


「僕もご挨拶させていただこうと思っていたので、こちらこそ是非お願いします」


 その時、僕はふと、以前に聞いた話を思い出す。

 現在、ネモフィラさんに王位継承権を譲ったクレマチス様は、継承戦にて不正を働いた第一王子クロッカスの悪事を調べているとのこと。

 魔獣の呪いによって天命を削られた彼女は、すでに長くない命で、それを最後の仕事にするのだと言っているらしい。


「クレマチス様のご容態はいかがですか?」


「いつも通り、元気だよ。本当に、あと少ししか寿命がないなんて、思えないくらい。クロッカス兄様のことも終わらせてくれたし」


「クロッカス王子は結局、どうなる運びになったんでしょうか?」


 恐る恐る聞いてみると、ネモフィラさんは少し声を落として答えてくれた。


「公への発表は、まだ先になると思うけど、とりあえずは“終身投獄”は決定してるって。でも、またこれから何か出てくれば、さらに重い刑になるってさ」


「……まあ、この時点で極刑になっていないだけ、マシって感じだと思いますけど」


 正直もう少し重い刑だと思っていた。

 ただ、これからどうなるかはわからない。

 また何かしらの悪事が表沙汰になって、結局は死罪なんてことになる可能性もある。

 ともあれクロッカスの件もまだまだ進展があるやもしれないということだ。

 その話に一旦の区切りがつくと、ネモフィラさんがふと視線を前にやりながら言った。


「……ロゼは、いつも誰かを助けてるね」


「えっ?」


「私のことも、王様にしてくれた。キクのことも、助けてくれた。それで今度は、あの子なんでしょ?」


「……」


 ネモフィラさんは工房の整理をするフランを見ながら、僕に問いかけてくる。

 静かに頷きを返すと、ネモフィラさんは再び首を傾げた。


「ロゼは、“人助け”が趣味なの?」


「そ、そんな奇抜な趣味を持ってるつもりはないんですけど……。ネモフィラさんとキクさんを助けたのも、趣味っていうか仕事って感じですし。あくまで育て屋として依頼を受けて、それを完了したまでですから」


 育て屋という職業柄、日頃から人助けをしているように見えるのは必然的なことだ。

 だから別に趣味というわけではないと思う。


「それに今回はまあ、僕たちのためでもありますからね。強くなりすぎたローズとコスモスのために、強力な武器が必要なので、鍛治師のフランに作ってもらおうと思ってるんです。それで結果的には彼を助けることになったってだけで、別に人助けというわけでは……」


「でもそれ、やっぱりロゼのためじゃないよね」


「んっ?」


「それ、ローズとコスモスのため、でしょ?」


「……まあ、そう言われるとそうなんですけど」


 フランを助けることで得られる見返りは、確かに僕には少ないかもしれない。

 だからこれはただの人助けと思われても仕方ないかもしれないけど……


「一応、僕からもお願いしたいことがありますから、あの二人のことがなかったとしても結局はフランを助けていたと思いますよ。それにローズとコスモスには、これから色々と助けてもらうつもりですから、今のうちから恩でも売っておこうかなぁと……」


「……なんかちょっと、言い訳くさい」


「うぐっ……!」


 少し口早に言ってしまったからだろうか、そのせいでどこか言い訳のようになってしまった。

 でも別に、嘘を言っているわけではない。

 僕はただの善意でフランを助けているわけではなく、ちゃんとこちらも得られるものがあると思って手を貸しているだけだ。

 なんか、無駄にいい人だと思われるのは嫌なんだよなぁ。


「ちょっと、意地悪な質問しちゃったかな」


「えっ?」


「ロゼが本当にやりたいことって、何なのかよくわからなかったから。私は今、姉様の意思を継いで、立派な王様になりたいって思ってる。ロゼは今、色んな人を助けてるけど、本当は何が“やりたい”の?」


「……」


 僕がやりたいこと。

 改めてそう問われると、返答に窮する。

 いや、明確な答えを持っていないというわけではない。

 逆にむしろ、僕の“やりたいこと”ははっきりしていると思う。

 でも改ってそれを口にするのは、なんだか恥ずかしいと思ってしまい、即座に返答することができなかった。

 しかしネモフィラさんの疑問も当然だと思える。

 人助けが趣味ではないと言いながら、たくさんの人を助けている僕は、確かに何がやりたいのか不明瞭に見えるから。

 僕はやや辿々しくなりながらも、ネモフィラさんに答えた。


「……僕が今、一番やりたいことは、『人の成長を見守ること』ですかね」


「人の成長?」


「最初は、楽して稼げればいいやと思って、育て屋を始めてみたんです。でも次第に自分の力で誰かが育っていく姿を見るのが、楽しくなってきたと言いますか、それで感謝されるっていうのもすごく嬉しくて……」


 僕は勇者パーティーにいた時のことを思い出して、胸中を曇らせる。


「僕は元々、凄腕の冒険者パーティーに所属していたんですけど、育て屋としての役目が終わったら、即解雇されてしまいました」


「……」


「で、そのパーティーで仲間が成長しても、楽しさや嬉しさみたいなものはなくて、それでよくよく思い返してみたら……あいつらに『ありがとう』って言われたことないなって思って」


 それがあのパーティーでの僕の役目だったので、当然と言えば当然なのだが。

 しかも育成師の場合は、活躍が目に映りづらい。

 回復役とかなら目に見えて仲間を手助けしているとわかるので、『ありがとう』という言葉も自然には出てくるけど、僕の場合はそれがわかりづらいから感謝の言葉はもらえなかった。


「だから、ローズの成長の手助けをした時に、『ありがとう』って言ってもらえたことがすごく嬉しくて。それからコスモスやネモフィラさんの手助けもして、またお礼を言ってもらえて、育て屋の楽しさを知ることができました」


 僕は掛けてもらったお礼の言葉を、頭の中で反芻させながら、ネモフィラさんの顔を見上げた。


「もちろん、みんなが強くなっていく姿を、一番近くで見られるっていうのも楽しさの一つではあります。だから、僕が今一番やりたいことは、育て屋として人の成長を見守って、感謝されることですかね」


「……」


 僕は偽りのない本音を、ネモフィラさんに語った。

 自分で口に出してみた感じ、結構しっくり来たんだけど……

 ネモフィラさんは何も言わずに佇んでいた。


「ちょ、ちょっと、曖昧すぎましたかね?」


「ううん、ロゼっぽくていいと思うよ」


「僕っぽい?」


 どういう意味だろうか?

 褒められたような、そうではないような気分になっていると、ネモフィラさんがそれっぽくまとめてくれた。


「ロゼは、人を育てるのが好きってことだね」


「そ、それはちょっと違うような気が……」


 いや、それでも別に間違ってはいないのか。

 僕は人を育てるのが好きなのかもしれない。

 改めてそう思っていると、不意にネモフィラさんが目の前に視線を振った。


「じゃあ、あの子の成長も、すごく楽しみだね」


「まあ、そうですね。本人は自分に自信がないようですけど、僕はすごく可能性を感じていますから」


 と、その時、工房で作業の準備をしているフランが、「あわわ」と道具を取り落としそうになった。

 それをわたわたと手元で遊ばせて、いつの間にか足元がお留守になり、もつれさせて転けてしまう。

 その姿を見ていた僕たちは、額に冷や汗を滲ませた。


「…………大丈夫、かな? 本当にあの子に、強い武器作れる?」


「た、たぶん、大丈夫だと思いますよ。フランならきっといい武器を作ってくれるはずです」


 という僕の言葉に、ネモフィラさんは半信半疑の様子で眉を寄せる。

 フランにそこまでの迫力がないので仕方ないけれど、実際に完成したものを見たらわかってもらえるはずだ。


「まあとりあえずは、ローズとコスモス待ちってことになりますけどね。数日中には二人が素材を取って来てくれると思いますので、それから作業を始めたいと思います」


「わかった、父様にもそう言っておく」


 “改めてお世話になります”と言うと、ネモフィラさんは小さく頷いてくれた。

 これで工房探しの問題は解決である。

 あとの問題は素材採取と武器強化についてなんだけど……

 と、その時――


「お嬢様、ロゼ様」


「あっ、キクさん!」


 不意に後ろから声が聞こえて振り返ると、城内工房の入り口に小さな使用人さんがいた。

 ネモフィラさんの直属の従者であり、城内の使用人を束ねている使用人頭のキクさんだ。


「お久しぶりですキクさん。お元気そうで何よりです」


「ロゼ様もお変わりないようで安心いたしました。その節は大変お世話になりました」


「キク、どうしたの? 何かあった?」


 突然キクさんがやって来たため、ネモフィラさんが真面目な声音で問う。

 するとキクさんは、柔らかい笑みを浮かべて答えた。


「ローズ様とコスモス様がお見えになりました」


「はっ?」


 耳を疑うその台詞に、僕は反射的に工房の窓に駆け寄って外を見る。

 ちょうど城門が窺えたので目を凝らすと、そこには満面の笑みを浮かべるローズと、彼女に背負われながらクラクラとしているコスモスが見えた。

 こちらに気付いたローズが手を振ってくる。


「ロゼさん、フランさん! 飛竜倒して素材取って来ましたよ!」


「速すぎだろ!」


 さっき、人の成長を見守るのが楽しいとは言ったけれど……

 いくらなんでもローズは成長しすぎだと思った。

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