第七十九話 「鍛治師の誇り」
怪訝な顔で首を傾げるローズに、僕は事情を説明した。
「さっきも言ったけど、フランの手掛けた武器には天啓が宿ってる。そして完璧に完成させるためには“レベルを上げて”鍛え上げる必要があるんだ。そのためにやらなきゃいけないことは……」
「魔獣、討伐……?」
「そっ」
僕は確かな頷きを返す。
まだ確信はないけれど、僕たち人間と同じ天啓の仕組みなら、フランが作った神器は魔獣討伐によってレベルが上がるはずだ。
「だからローズには、フランが打った武器を使って魔獣討伐をしてもらいたい。ローズなら誰よりも安全に、手早く魔獣を倒せるはずだから」
「な、なるほど……」
安全性と効率性を求めた采配に、ローズは納得したように首を振る。
しかし傍らのコスモスが、何やら不服そうに口を開いた。
「……確かにローズなら安心して任せられるけど、なんか複雑な気分ね」
「前にも似たようなこと言ったけど、これも別にローズとコスモスを比べたわけじゃないからな。コスモスの天職は魔法使い系で、使える武器は杖や本とかの“触媒系”だろ。それって全部“神木”っていう素材で作られるから」
「あっ……」
「魔獣素材の中には触媒作成に使えるものもあるみたいだけど、基本的には鉱物系だけみたいだから、必然的に作るものも剣とか槍になるんだよ。そういう武器はローズにしか扱えないでしょ」
「……そ、そうね」
コスモスは複雑そうな顔をそのままに、納得したように頷いた。
もちろん作る武器が杖とか本ならコスモスにやってもらってもよかったことだ。
コスモスでも充分安全に、かつ迅速に魔獣討伐をしてくれるだろうから。
今回は取りに行く素材が鉱物系だから、そこは納得してもらいたい。
「ただローズも、作った武器を壊さないように注意してね。一応僕の支援魔法で武器を強化するけど、ローズは自分の武器を壊しまくってる前例があるから」
「はい、了解しました!」
右手をビシッと伸ばして額に当てたローズは、元気な声で了承してくれた。
これでとりあえずの問題は解決。
工房にも当てがあるし、良質な素材も魔獣から取れる。
神器を鍛え上げるのもローズに任せれば、競売会までにはかなり成長させられるはずだ。
と、僕はひとまず安堵しかけたが、その時あることに気が付いてハッと息を飲んだ。
そして静かに、フランの方を窺う。
「……」
彼は、何かを言いたげに唇を噛み締めて、テーブルの上で小さな拳を握り締めていた。
僕はフランの気持ちを察して、瞬時に頭の中で日数を計算する。
……まあ、ギリギリ何とかなるかな。
少し考えなしに話を進めてしまったことを反省しながら、僕はフランのために言った。
「ご、ごめんローズ。やっぱり今の無しにしてもらえないかな?」
「えっ?」
「フランは自分で、魔獣を討伐して武器を鍛えたいみたいだから」
「……っ!」
フランが驚いた様子で顔を上げて、こちらを振り向く。
直後、とても申し訳なさそうに肩を落として、弱々しい声をこぼした。
「そ、そこだけはなんか、ボクがやらなきゃいけない気がするんだ。工房探しとか素材採取を手伝ってもらうっていうのに、今さらこんなこと言うのはおかしいかもしれないんだけど……」
フランは卓上の剣に手を添えて、力強い言葉で続けた。
「武器まで他の人に鍛えてもらったら、それはもうボクの武器じゃない気がするから。フラックス・ランが手掛けた武器として競売会に出品するなら、そこだけは他の人に頼っちゃ……ダメだと思う」
鍛治師としてはまだ未熟な彼だが、内に秘めている誇りは確かなものだ。
敬愛する父親から鍛治師の基礎を叩き込んでもらい、その気持ちに答えるべく一流の鍛治師を志している。
だからきっとフランは、自分の武器は自分で鍛え上げなきゃ気が済まないタイプなのだ。
ゆえに、ローズに任せるのではなく、自分でやらなきゃいけないと彼は言った。
「で、でも、やっぱりそれって難しいよね」
「んっ、どうしてそう思うんだ?」
「ボク、魔獣討伐の経験がまったくないし、競売会まではあと三週間しかない。素材採取と武器作成の時間を合わせるとだいたい二週間は使うと思うから、神器を鍛え上げることができる期間は……」
「……たった一週間しかないね」
フランは自信なさげに続ける。
「それなのに、魔獣討伐の経験がないボクが、一から神器を鍛えるのは、やっぱり難しいよね」
「……」
フランが手掛けた武器は、魔獣討伐によって鍛え上げることができる。
加えてスキルも発現するというのが何よりの強みだ。
しかしそのためには、魔獣を倒すだけの“時間”が必要になる。
ましてや経験不足のフランでは、そもそも安定して魔獣を倒せるかもわからない。
猶予があまりない今の状況では、確かにそこは圧倒的に不利だ。
無難にローズに任せた方が確実だとは思うけど……
「……そこは僕が何とかするよ」
「えっ?」
「フランは魔獣討伐の経験がないみたいだから、そもそもまともに戦えるかどうかもわからない。そこを心配してるなら、僕が全力で支援して君を戦わせるよ」
「ロゼが……? でも、どうやって……」
きょとんと目を丸くするフランを見て、傍らのローズとコスモスがくすりと笑う。
そして僕は今さらながらのことを彼に話した。
「言い忘れてたんだけど……僕、この町で駆け出し冒険者の成長の手助けをしてる、“育て屋”のロゼっていうんだ。たとえ魔獣討伐の経験が浅い人でも、僕の力と支援魔法があれば充分に戦わせてあげることができる」
「……」
ローズに任せるよりかは時間は掛かってしまうだろうが、この方法でも充分に神器を成長させられるはずだ。
何よりフランが魔獣と戦えば、彼自身も強くなることができる。
これから鍛治師として武器を打つだけではなく、武器を鍛えるために魔獣討伐も仕事のうちに入れることになると思うので、今のうちから強くなっておいて損はないということだ。
何か新しい能力が目覚めるかもしれないし、むしろ今後のために一番いい選択とも言える。
…………ていうか、ほとんどの作業をローズやコスモスに任せてしまったら、それこそ競売会でブルエに難癖とかをつけられるかもしれない。
それはお前の作った武器じゃねえだろ! とか。
だから奴は、正真正銘フランが汗水を垂らして完成させた武器で、打ち負かしてやらなければならないのだ。
「もちろん、魔獣が怖くて戦えなかったら無理はしなくていい。その時はローズに任せて、競売会にだけは間に合わせるようにしよう」
「う、うん、わかった」
フランは今から魔獣と戦うことを考えているのか、華奢な肩を震わせている。
しかしテーブルに置かれた自作の剣を見て、意を決したように表情を引き締めた。
「あっ、でも、ロゼはお仕事で“育て屋”っていうのをやってるんでしょ? 戦いの手助けをしてもらうなら、ボクも依頼料とか払った方が……」
「こっちが好きでやってることだから気にしないでいいよ。フランにはあの工房に残ってもらった方がいいと思って、僕たちが勝手に協力してるだけだし。ただ代わりと言ったらなんだけど、この件が片付いたら僕からの“お願い”を一つ聞いてくれないかな?」
「う、うん。それくらいなら全然……」
ということで話がまとまって、僕たちはさっそく明日から行動することにした。
まずは工房を押さえに…………あっ、いや、先に軽く“神器”を調べておいた方がいいか。
ここまで憶測だけで話を決めてしまったので、本当に神器が魔獣討伐によって鍛えられるのか、どのように成長するのか見ておいた方がいいだろう。
もしここにあるボロボロの剣でも、充分な武器に育ちそうならこれを出品してもいいからね。
何はともあれ、競売会までにいい武器が作れたらいいな。