第七十八話 「神器の打ち手」
「神器匠…………って、何?」
「き、聞いたことありませんね」
フランの天職を確認したローズとコスモスが、眉を寄せて顔を見合わせる。
聞いたことがない天職だったようで、二人はフランの天啓を不思議そうに見つめた。
自分の内的情報を凝視されているからだろうか、フランは亜麻色の前髪を摘みながら赤面を俯ける。
「ボ、ボクも、自分の天職のことは、よくわかってないんだ。同じような天職の人も、見たことがないし、スキルの効果も全然知らないから」
フランは僕が書いた武器の天啓を手に取ると、それをじっと見ながら続ける。
「でも、これにボクの天職が関係してるってことは、たぶん“スキル”の効果でこうなってるんだよね?」
「そう。『神器匠』のフランが持ってる『神槌』のスキルの効果で、武器に天啓が宿ったんだよ」
今一度そう伝えると、フランは目を見張って剣を見つめた。
すると傍らのコスモスが、首を傾げてフランに聞く。
「どうして今まであんた自身は気が付かなかったのよ? 自分の天職のことなんだから、普通はわかるものなんじゃないの?」
「ご、ごめん。でもボクの力、本当に誰に聞いてもわからなくて、自分で確かめてみてもよく理解できなくて……」
「ふーん、スキルにはどんなことが書いてあるのよ?」
続けて問われたフランは、再び手を開いて唱える。
「【スキルを示せ】」
二枚目の紙を呼び出すと、それをコスモスに手渡した。
僕はすでに神眼のスキルで確認済みなのだが、一応ローズと一緒にそれを覗き込む。
『神槌』・レベル3
・手掛けた武具を神器化
・素材に応じて発現能力変化
その詳細を見て、コスモスは呆れ笑いを浮かべた。
「確かにこれじゃあ何もわからないわね。ロゼみたいに武器の天啓を調べる能力があれば話は別だけど、これだけで自分の力を理解するのは絶対に無理だわ」
僕もそう思う。
フランが神眼のようなスキルを持っていたとしたら、すぐに自分の力には気が付けただろうけど、これだけですべてを察するのはいくらなんでも難しい。
「言葉の意味から察すると、この『神器化』っていうのが『武器に天啓を宿す』ってことになるのかしら?」
「たぶんね。まるで“神様”が手掛けたような、天啓が施された“武器”だから『神器』ってことじゃないかな? それを生み出せる天職を、一流の鍛治師を目指してるフランに授けるなんて、神様も優しいよね」
「そうかしら? 武器に天啓を宿す天職なら、その天啓を確かめられるような力も一緒に寄越しなさいって思わない? 不親切というか抜けてるというか……」
「ば、罰当たりなこと言うなよ……」
天罰が下っても知らないぞ。
それに神様だって万能ではない。
天職を授けてくださる神様は、天界から下界を見守っている偉大な方だと聞いているけれど、ちょっとくらいドジなところとかあるのかもしれないだろ。
ていうか実際……
「それに最初は僕だって、『神眼』の能力を持ってなかったんだぞ」
「えっ、そうなの? 『育て屋』の天職を持ってるのに?」
「駆け出しの頃、僕に宿ってたスキルは『応援』の一つだけだったんだ。『神眼』はレベルを上げていく中で発現したスキルだから、もしかしたらフランも自分自身のレベルを上げることで適した能力が発現するんじゃないのかな?」
人間の天職も最初から完成されているわけではない。
ローズが見習い戦士から戦乙女になったように……
コスモスが石を飛ばすだけの星屑師から巨大隕石を放つ規格外の魔法使いになったように……
フランも天職のレベルを上げることで、確実に何かしらの変化を得られるはずだ。
ということをフランもわかっていたようで、彼はどこか申し訳なさそうに言った。
「ボクも、天職を成長させてみようかなって考えたことはあるよ。鍛治に関係する天職みたいだったから、レベルを上げたら何か変わるかもしれないって思って。でもボク、魔獣が怖くて……」
「怖い?」
「お父さんは鍛治の素材を集めるために、森に入っているところを魔獣に襲われたから。それに天職を成長させても、何かが変わる確証はなかったから、無理に魔獣討伐をしなくてもいいかなって思ったんだ」
まあ、冒険者を目指しているならまだしも、フランが志しているのは鍛治師だ。
神器匠の天職が鍛治師にとって有効的な力かもしれないとわかっていても、わざわざ危険を冒して天職を成長させようとは思うまい。
ましてや魔獣が苦手となれば、フランが魔獣討伐を試さなかったのも頷ける。
それこそ一本でも多くの剣を打った方が堅実的だと考えるだろう。
「や、やっぱり、魔獣討伐で天職を成長させた方が、よかったかな?」
「うーん、正直その辺は曖昧かなぁ。天職を成長させても、望んだ力が確実に手に入るわけじゃないし。それよりかは手を動かして鍛治の腕を磨いた方が正解だと僕は思うよ」
「……そ、そっか」
フランは安心したように胸に手を当てる。
僕はパンッと手を叩いて、そこで話を区切った。
「ともあれこれで、フランの才能についてはわかってもらえたよね。で、これからどうするかについてなんだけど……」
僕は改めてそう切り出すと、競売会に向けての話し合いを始めた。
「まず最初に武器作りのための工房を見つけた方がいいよね。手元にあるこの剣を鍛えて競売会に出してみるのもありだけど、どうせならよりいいものを作って出品したいから」
あくまでこの剣は、設備を貸してくれる工房が見つからなかった時の最終手段だ。
たぶんこれを鍛え上げてもかなりの一品になると、僕の五感が言っているけれど、相手にするブルエもそれなりの業物を持って来るに違いない。
少しでも勝てる可能性を高めるために、やはり出品させる武器はこだわった方がいいだろう。
どこかで工房を借りて、新しい素材で新しい武器を作ったほうがいい。
「で、どこか都合がよさそうな工房に心当たりってあるかな? フランの知り合いとかさ」
「う、ううん、ごめん。鍛治師の知り合いってほとんどいないから、頼めそうな心当たりはないかな」
「ま、そんな場所があったら、とっくにブルエのいる工房なんかやめて、そこで雇われてるはずだもんね」
僕は脳裏に一人の人物を思い浮かべて続ける。
「じゃあ工房に関しては、“頼めそうな人”を僕が知ってるから、とりあえずその人のところにお願いしに行ってみようか。正直設備を貸してくれるかはわからないけど、他に頼める場所もなさそうだし」
「う、うん」
続いて、次の問題について切り出した。
「それで次に素材の採取なんだけど、これもなるべくいいものを集めたいよね。神槌のスキルの効果に、『素材に応じて発現能力変化』ってあるから、たぶん品質の高い素材ほど有効的な能力が覚醒すると思うんだ。で、そこはローズとコスモスに手伝ってもらおうかなって考えてるんだけど」
「確か、凶悪な魔獣からいい鉱物が採取できるって話でしたよね? 私たちはその魔獣の討伐をお手伝いすればいいんでしょうか?」
「そっ。正直僕だけだと不安だからさ、そこは是非二人の力を貸してもらいたいなって」
「……ま、最終的には私たちの武器も作ってもらうわけだからね。それくらいは協力させてもらうわよ」
魔獣からも武器製造に使える鉱物が採取できる。
通常の鉱石を鍛治に用いるよりも強力なものが作れるらしいので、今回はそれで武器を作ることにしよう。
神槌のスキルの効果で、いったいどのような能力が神器に覚醒するのかは未知数だが、だからこそそこは妥協しない方がいい。
「で、最後に一番重要なこと。作った武器をどうやって鍛え上げるかについてなんだけど、これはローズにやってもらおうかなって思ってるんだ」
「えっ、私ですか?」
不意に指名を受けたローズが、素っ頓狂な声を上げた。