第七十七話 「神のみわざ」
「とりあえず腹ごしらえしよっか」
時刻は夕暮れ。
無事に家に着いた僕たちは、時間も時間だったので、話し合いの前に夕ご飯を食べることにした。
そしてせっかくなのでみんなで食べることにする。
結局ローズとコスモスはうちに泊まることになったので、彼女たちが宿部屋に荷物を取りに行っている間に夕食の準備を進めた。
「ボ、ボクも手伝うよ」
フランがそう言って手伝ってくれたおかげで、二人が戻ってくる前に手早く食事を揃えられた。
フランは僕と違って色々と器用なようで、裁縫や物作りが趣味らしい。
そのため料理もそれなりにできるようで、いまだに男子らしさというものが窺えなかった。
僕も料理は得意だけど、さすがに手先は不器用だから。
鍛治師というだけのことはある。
程なくしてローズとコスモスが戻って来ると、僕たちは揃って夕食を取った。
「さてそれじゃあ、今後についての話をしようか」
後片付けを終えた後、僕たちは改めて話し合いをすることにした。
話し合う内容は、今後どうするかについて。
競売会でブルエに勝つために、具体的に何をするか決めることにする。
するとフランが、おずおずと手を上げた。
「えっと、話し合いをするのは、いいと思うけど、まず先に教えてほしいことがあるんだ」
「教えてほしいこと?」
「その……ボクに“鍛治師の才能”があるって、言ってたでしょ?」
フランは不安げな様子で尋ねてくる。
僕は先ほどの自分の言葉を思い出して、話す順序を間違えていることに気が付いた。
「そういえば、後で詳しく話すって言ってたね。じゃあまずはその話からしようか」
というかそのことから先に話す方が手短に済むな。
ならフランの才能のことから教えるとしよう。
僕は傍らに置いてあった、フランの荷物のうちの一つ……彼が打った“ボロボロの剣”を手に取る。
それを皆に見せるように掲げると、フランは少し恥ずかしそうに瞼を伏せた。
今一度自分の剣を見て不甲斐なく思い、それを皆に見られて恥ずかしがっているようだ。
「改めて聞くけど、これは本当にフランが打った剣なんだよね?」
「う、うん。そうだよ」
「一から全部、誰の手も借りずに……?」
一応確認のために聞くと、フランは確かな頷きを見せた。
「ボクが、一から作った剣だよ。誰の手も借りてないし、素材も自分で取って来たんだ。お父さんに色々、教えてもらったはずなのに、こんな剣しか打てなくて……」
フランは次第に声を先細りにする。
言う度に自信が削がれているのか、彼は最後には口を閉ざしてしまった。
気持ちを落とすつもりはなかったんだけど、僕は慰めるように言う。
「確かにこの剣は、お世辞にも出来がいいとは言えない。誰がどう見ても、鍛治師見習いが大失敗して出来上がった一品だ」
「……」
ますます肩を落とすフランに、僕はかぶりを交えて告げる。
「でも、僕の“目”には、確かな可能性が映ってる。フランが誰よりも鍛治師の才能に溢れてるっていう可能性が」
「そ、そんなの、ボクにはまったく見えないよ。ロゼが慰めてくれてるとしか思えない。ロゼにはいったい、何が見えてるって言うの……?」
淡褐色のつぶらな瞳を潤ませながら、悲しげな顔をするフランに、僕は一言で伝えた。
「この剣…………“天啓”が宿ってるんだよ」
「…………えっ?」
言葉の意味を理解できなかったのか、フランは口を小さく開いて固まってしまった。
同じくローズとコスモスも言葉を失っている。
今の一言で完璧に理解できるはずもない。
たとえ詳しい説明を聞いたところで、納得できるようなものでは決してないからだ。
それくらいフランの打った剣は、常識外れの資質を持っている“未知の物資”だと言える。
だから僕はなるべくわかりやすく、皆の疑問に答えるように続けた。
「人間が生まれながらにして神様から“天職”を授かってるように、フランの打った剣にはレベルやスキルといったものが付与されてる。傍目にはわからないと思うけど、僕の目にはこんなものが映ってるんだ」
僕は卓上に置いてあった紙とペンを持ち、さらさらと手早くペンを走らせる。
書き終えたものをテーブルの真ん中までズラすと、三人は覗き込むようにして身を乗り出した。
【名前】儚げな一振り
【レベル】1
【攻撃力】10
【スキル】
【耐久値】50/50
皆はそれを見て不思議そうな表情を浮かべる。
それぞれ顔を見合わせた後、最初にローズが疑問の声を上げた。
「わ、私たちが持っている天啓と、かなりそっくりですね。フランさんの打ったこちらの剣に、この天啓が宿っているんですか?」
「そうだよ。僕の神眼のスキルでこの剣を見ると、この情報が剣の近くに浮かび上がるんだ。普段は武器を見ただけじゃ、使われた素材とかしかわからないのにね」
“おぉ”と感心したようにローズが口を開く。
一方でコスモスは童顔を訝しげにしかめて、紙をトントンと指で小突いた。
「本当にこの剣に人間みたいな天啓が宿ってるって言うの? あんたの作り話じゃないでしょうね?」
「なわけないだろ。もしフランを慰めるために僕が話を作ったのなら、いくらなんでも設定を捻り過ぎだ」
「……まあ、そうよね」
コスモスは納得したように頷く。
その後、天啓を書いた紙を持ち上げて、それをひらひらと揺らした。
「でも、仮にこれが本当だとして、武器に天啓が宿ってたら何だって言うのよ? 普通の武器とどう違うわけ?」
「僕もそれは疑問に思ったよ。だからこれは僕の憶測なんだけど、この剣も僕たちと同じように魔獣を討伐したら、レベルが上昇して“強くなる”んじゃないかな?」
「……?」
僕の考えを伝えると、皆は揃って不思議そうな顔をした。
だから僕は、コスモスから紙を返してもらい、そこに書いたものを指で示しながら説明をする。
「天啓に記されてる『攻撃力』っていうのは、どうやら武器の鋭さとか硬さ、重さとかを総合したものらしいんだ。それでレベルに伴って上昇していくんだって。どうやったらレベルが上がるのかまでは、神眼のスキルじゃわからなかったけど、たぶんそこは人間の天啓と同じなんじゃないかな」
魔獣討伐による神素取得によって、武器のレベルも上がっていくと思われる。
僕がフランの剣に『可能性を見た』と言ったのはこれが理由だ。
フランの剣は、これで完成なのではない。
あくまでなまくらのこの状態は、天職で言う未成熟の状態と同じなので、魔獣を倒して神素を取得すればどんどん成長していく。
武器としての性能が向上するだけでなく、おそらく魔獣討伐に有効なスキルも目覚めるのではないだろうか。
これは他のどの武器にもない、フランの武器だけに許された超常的な力。
彼が手掛けた武器防具は、世界で唯一、魔獣討伐によって鍛え上げることができるのだ。
「ボ、ボクの剣に、そんな力が……」
その事実に、フランが掠れた声を漏らしながら体を震わせた。
「だから言ったでしょ。フランには“神の力”とも言える鍛治師の才能があるって。フランが手掛けた武器がどれくらい強くなるかは、まだ具体的にはわからないけど、今よりは確実にいい武器になると思うから……どうか諦めないでほしい」
「……」
伝えたかったことを告げると、フランは卓上に置かれた剣に手を添えて刀身を撫でた。
その後、嬉しさを滲ませるように、静かに微笑む。
フランの手掛けた武器は、レベル1から少しずつ鍛え上げなければならない。
だから今まで作った武器は、すべてなまくらにしか見えなかったということだ。
武器の天啓を確かめる術も持ち合わせていないようなので、自分の力に気付けなかったのも無理はない。
武器屋に売ったという剣にも、同じように天啓が刻み込まれていたが、安値で引き渡してしまったと言っていたし。
剣を鍛え上げれば、もしかしたらとんでもない一品に化けていたかもしれないというのに。
「で、でも、どうしてボクが作った剣に、天啓なんてものが宿ってるのかな? 別に何かした覚えは……」
「僕もそれがわからなかったから、申し訳なかったけど神眼のスキルでフランを確認させてもらったんだよ。そうしたら概ね予想通り、君の“天職”が関係してることがわかったんだ」
「天職?」
言うと、フランは突然ハッと息を飲んだ。
心当たりがあるのか、彼はすかさず小さな手を開いて唱える。
「【天啓を示せ】」
フランの手元に一枚の用紙があらわれると、彼はそれを僕たちに見せるようにして、テーブルの上に広げた。
【天職】神器匠
【レベル】1
【スキル】神槌
【魔法】
【恩恵】筋力:F100 敏捷:F75 頑強:F75 魔力:F0 聖力:E170