第七十五話 「華」
工業区から場所を移して、西区の大通り。
僕はローズとコスモス、それからフランさんを加えた四人で歩いていた。
現在はこの四人で、東区の僕の自宅を目指している。
というのも、あの騒動の後、工房を追い出されたフランさんは行き場をなくして困っていた。
まだ正式に工房から追放されたわけではないけど、工房長代理のブルエに『競売会が終わるまではうちを使わせない』と言われてしまって途方に暮れていた。
どうやら普段は工房の地下室で下宿をしているらしいので、寝泊まりするところもなくなってしまったらしい。
だから僕はフランさんに、『行く当てがないならうちに来ないか』と誘ってみた。
最初は遠慮を見せていたけれど、自分の置かれた現状を鑑みてか最後には申し訳なさそうに頷いた。
「あ、あの、本当にいいんですか? お家に泊めていただいて……」
僕の家に向かう道すがら、フランさんは改めて僕に問いかけてくる。
隣を歩いているエプロン姿の小柄な鍛治師を見ながら、僕は頷きを返した。
「うん、全然気にしないで。いつもは工房の地下室で下宿してるって話だし、正式に工房に戻れるまではうちを使ってもらっていいから」
「……」
そう言ってみるが、フランさんは申し訳なさそうに瞼を伏せている。
家を使わせてもらうのが申し訳ない、という思いもあるのだろうが、それに加えてもう一つのことを気がかりに思っているらしい。
「でも、競売会に出品するためのお手伝いまでしていただくなんて、あまりにもご迷惑のような……」
寝床の提供だけでなく、競売会に向けての手伝いも僕たちは申し出ている。
僕たちにできることならどんな手伝いもすると。
そのことを何よりも申し訳ないと思っているらしい。
しかしこちら側も手伝うべき理由があった。
「フランさんにはこの二人の武器を作ってもらいたいからね。その後のメンテナンスとかも定期的にお願いしたいから、あの工房に戻ってもらえたら一番いいなって思ったんだ。だから僕たちもフランさんの競売会出品を手伝わせてもらうよ」
ぶっちゃけ、あんな男がいる工房になんか戻らずに、別の町とかで働き口を探した方が賢明だとは思う。
今はまだ入れてくれる工房が見つからないかもだけど、いずれは確実に“才能”を認めてもらえるだろうから。
ただ、僕たちとしてもフランさんには、できればこの町の工房にいてもらいたい。
今後も武器のメンテナンスとか、新しい武器の製造などもフランさんにしてもらいたいから、なるべくはあそこに戻ってもらった方が都合がいいんだよね。
だから競売会では、何としてもブルエに勝ってほしいのだ。
あとまあ単純に、あの横暴な青年鍛治師を見返してほしいと思ったから。
「競売会が終わるまでは、工房を使わせてもらえないみたいだから、出品のための武器製作ができる場所も探さないとだよね。二、三週間近くも設備を貸してくれる工房は、そうそう見つかりそうもないけど。あと素材はローズとコスモスも手伝ってくれるから、なるべくいいものを取りに行きたいね」
「……」
軽く今後の方針を話すと、フランさんは淡褐色の瞳で静かに見上げてきた。
「どうして、そこまで親切にしてくれるんですか?」
「えっ?」
「見ず知らずの赤の他人なのに、ボクのことを助けてくれて……。それにさっきはボクを助けるために、わざわざああ言ってくれたんですよね? 『ボクに依頼をお願いする』って。どうしてそこまで、親切にしてくれるんですか?」
先ほどブルエの前で、フランさんに鍛治依頼を出すと宣言したことを不思議に思っているらしい。
フランさんはそれをただの親切からだと思ったようだ。
確かにあの時、僕がフランさんに依頼を出すと言ったから、ブルエは一方的に解雇するような発言を引っ込めた。
僕という依頼主が現れたことで、鍛治師として最低限の価値を示すことができたから、競売会に持ち込むことができたのだ。
形としては僕が助けたようになるけれど、別にそのために“嘘”を吐いたわけではない。
「助けたい気持ちがあったのもそうだけど、僕は本当にフランさんの剣に可能性を見たんだよ。君に鍛治の依頼をお願いしたいっていうのは僕の本心だ」
「ボクの剣に、可能性……?」
「それは君自身も気付いてないことだと思う。だから詳しいことは家に着いてから話すよ。ただ今一つだけ言っておくと、君は“神の力”とも言える鍛治師の才能を持ってるよ」
「……」
それこそたぶん、現状でローズとコスモスに“見合った武器”を作れるのなんて、フランさんくらいしかいない。
だから二人に最高の武器を作ってもらうためにも、フランさんを最大限手助けしたいと思ったのだ。
フランさんは褒められたことがあまりないのだろうか。
直球の賛辞を送られて、透明感のある白い頬を仄かに染めていた。
「……あ、ありがとう、ございます」
やはりまだ、自分に少し自信がないようだ。
しかしそれもすぐに克服できるはず。
純粋にフランさんの成長を楽しみに思っていると、ふと傍らから裾を引っ張られた。
振り向くと、それはローズの仕業だった。
「あのぉ、ロゼさん……?」
「んっ、どした?」
「フランさんを助けたいっていうのは、確かにわかるんですけど、やっぱりお家に泊めるのはさすがにマズいんじゃないでしょうか?」
「……?」
マズい?
その言葉の意味がいまいち理解できず、僕は首を傾げた。
するとローズは、なぜか髪色と同じように顔を赤らめて、動揺したように目を泳がせる。
「い、一応、ロゼさんも健康的な男性なわけですし、女性のフランさんと一つ屋根の下で過ごすのは、色々と問題が……。あっ、その、私かコスモスさんが一緒に泊まったら、大丈夫だとは思いますけど」
「あぁ……」
僕はすべてを察して、人知れず頷いた。
そういえばまだ詳しくは話していなかったっけ?
見ると僕の隣では、フランさんが何かを言いたげに口をパクパクとさせている。
しかし一向に言葉が出てこなかったので、仕方なく僕が代わりに告げることにした。
「えっと、そのことなんだけどさ……」
と、その時――
ちょうど冒険者ギルドの前を通りかかると、前から二人の男性が歩いて来て、突然声を掛けてきた。
「おっ、そこの子可愛いねぇ!」
「あっ、ホントだ!」
「……?」
冒険者のような格好をしている二人は、フランさんを見て高揚した様子を見せる。
よくよく見るとその二人は、仄かに顔が赤らんでいた。
酒気が漂っていることからも、かなり飲んでいるらしい。
だというのに、彼らはフランさんに驚きの提案をした。
「ねね、今からちょっと飲みに行かない? そこの赤い髪の子もさ」
「えっ?」
「俺らさぁ、さっき別の子たちと飲んでたんだけどぉ、なんか怒らせちゃったみたいで急に帰っちゃったんだよねぇ」
「そうそう、ちょっと体触っただけだっつーのに!」
男性冒険者の二人はケラケラ笑って声を響かせる。
それに対してフランさんとローズが、明らかに警戒した表情をすると、彼らはすぐにかぶりを振った。
「あっ、二人にはそんなことしないから安心してよ。飯食いながらお喋りするだけだからさ。エプロンちゃんすげぇ好みだから、色々話とか聞きたいなぁって」
「い、いえ、ボクは……」
「二人が来てくれたらちょうどよくなるんだよ! ほら、男二人と女二人で! めっちゃ美味い飯屋も知ってるし」
「で、ですから、ボクは……」
「こいつと二人で飲んでも虚しいだけなんだよ。飲みの席にはやっぱり華がないとさぁ……」
どこからどう見てもしつこいナンパ。
それに嫌気が差したのか、はたまた彼らの失礼な勘違いに憤りを覚えたのか……
フランさんが顔を真っ赤にして、大通りに声を響かせた。
「ボ、ボク…………男ですから!」
「…………はっ?」
その場にいる僕以外の全員が、口をあんぐりと開いた。