第七十一話 「職人の卵」
鍛冶屋に行く前に、まずは武器屋で店売りの品質を見ておくことにした。
武器屋に置かれているのは、基本的に鍛冶屋が製造している量産品だけだ。
稀に腕利きの職人が手掛けた一級品が、高値で陳列されていることがあるけれど、そんなのは滅多に見られるものではない。
特にここは駆け出し冒険者が集う町なので、不相応に高価な業物は置かれないようになっている。
実際に武器屋に到着して売り物を見ると、やはり安価な量産品ばかりが並んでいた。
「ど、どうなんでしょうかロゼさん? 何かいいものとかありそうですか?」
「うーん、駆け出しの冒険者たちが使うなら、充分なものが揃ってるとは思うよ。だけど二人に合ってそうなものはやっぱりないかなぁ」
勇者をも凌駕するほどの才覚の持ち主、戦乙女ローズ。
賢者をも超える規格外の魔力の持ち主、星屑師コスモス。
この二人に見合うような破格の武器が、店頭で買えるような武器屋はこの地上には存在しないだろう。
もしかしたら何か掘り出し物でもあるかと思って来てみたのだが、やはり想定内の品質ばかりのようだ。
「これとかどうかしら? いい神木を使ってる杖って書いてあるわよ」
「まあ、一般的に見たら悪くはないんだけど、使うのがコスモスだからなぁ」
あの幼稚な詠唱によって、コスモスの魔力は軽く“1200”を超えてしまう。
そんな莫大な魔力を日常的に流せるほどの杖は、そうそうに見つかるはずもない。
と思いながらも、多くの杖が立てかけられている場所にざっと目を通してみる。
するとその傍らに、先端が星型の装飾でできている、ピンク色の子供っぽい“おもちゃの杖”を見つけて、僕は思わずそれに目を留めてしまった。
直後、僕はすぐに目を逸らす。
「……あんた今、これ私に似合いそうって思ったでしょ?」
「……思ってないよ」
コスモスから冷ややかな目を向けられた僕は、密かに冷や汗を滲ませる。
この杖を幼稚な詠唱と共に振り回しているコスモスは、容易に想像ができてしまった。
ていうかなんで武器屋におもちゃが置いてあるんだよ。
最近は子供用のおもちゃでも利益を得ようとしているのだろうか。
「試し撃ちとかできないのかしらね? 一回最大出力の魔法を使ってみれば、どれくらいの杖かは私でも少しはわかるんだけど」
「あっ、私も剣の試し斬りとかしてみたいです。お店の人に聞いてみましょうか」
「や、やめてやめて! 二人がそれやったら一瞬で使い物にならなくなるから!」
これ以上ここにいたら、二人がいらぬことをしてトラブルを引き起こしそうだ。
そう思った僕は、早々に二人を連れて武器屋を出ることにした。
結局、いい掘り出し物は見つからなかったな。
だが、肩を落としながら武器屋を出ようとした、その寸前……
「んっ?」
扉の近くに置かれている樽に、値引き品の数々が詰め込まれているのを見つけた。
見る限り、刃こぼれがすごかったり、形が歪な剣や槍が押し込まれている。
不良品や、駆け出し職人が手掛けた練習品のようなものを、格安で販売しているということだろうか。
「……」
僕はそのうちの一本――お世辞にも良質だとは言えない“ボロボロの剣”を手に取って、それをじっと観察した。
その様子を隣で見ていたローズが、やがて首を傾げる。
「……その剣がどうかしたんですか?」
「あっ、ううん。別になんでもないよ」
僕はかぶりを振った後、その剣を元の場所に戻して武器屋を出た。
繰り返すようだが、ここは駆け出し冒険者が集う町――ヒューマスである。
ギルドに登録したばかりの冒険者たちが、日々切磋琢磨して立派な上級冒険者を目指している。
それと同じように、この場所は駆け出しの“職人”たちの修行場にもなっているのだ。
拙いながらも駆け出し冒険者たちに武具を打ち、共にすくすくと成長を遂げている。
そんな職人たちの活動場所となる工業施設も、ギルドが構えられている西区にある。
というわけで僕たちは、滅多に訪れない西区の工業区にやって来て、物珍しそうに辺りを眺めた。
「わぁぁ、鍛冶屋さんがいっぱいですねぇ。どこに頼めばいいんでしょうか?」
「うーん、一つずつ見て回った方がいいかもね」
ざっと見た感じでも、工房が十箇所くらいある。
せっかく特注するんだし、どうせなら一番腕の良さそうな人にお願いはしたいよね。
正直、僕たちの目から見て、鍛治師さんの腕の良し悪しなんてわからないと思うけど。
「あそこら辺とかどうかしら? 見た感じ大きな工房が多いみたいだし」
「うん、ちょっと覗いてみようか」
コスモスに先導される形で、僕たちは次々と工房を覗いてみた。
鋼を槌で叩いている職人さんがいたり、そこの刀匠が打った剣を展示しているところもあったり。
割と参考になるものが多くて、僕たちは度々足を止めてじっくりと観察をしていった。
やがて一人の青年の職人さんと目が合って、爽やかな笑みを向けられる。
「武器作成のご依頼でしょうか?」
「あっ、はい。でもまだどこに依頼しようか迷ってて……」
「この辺りは工房が多いですからね。熟練の鍛治師が営んでいる工房もいくつかあるので、展示品を参考にしてご依頼をするのがいいと思います。うちにもいい鍛治師が揃っていますよ」
青年鍛治師は手拭いで額の汗を拭きながら、自然な流れで工房の宣伝をしてきた。
次いでこちらの要望を聞いてくる。
「ちなみにどういった武器をご所望でしょうか?」
「えっと、そうですね…………この子たちが少し“おかしい”ので、それに見合ったものをお願いしたいなと」
「「おかっ!?」」
その不名誉な響きに、二人が驚いたように目を見張る。
一言でどう説明したらいいかわからず、変な表現の仕方をしてしまった。
そんな僕らのやり取りを見て、青年鍛治師も困ったように笑っていた。
「ぶ、武器の扱いがまだ不慣れということでしたら、駆け出し冒険者用の使いやすい武器を作り慣れている職人に作らせますけど……」
「ご、ごめんなさい。そういう意味ではなくてですね……」
やや言葉足らずだった僕は、すぐに補足の説明をしようとする。
この二人が強すぎて、どんな武器もすぐに壊れてしまうから、彼女らに見合った上等品がほしいと。
だが……
「いい加減にしろクズフラン! 雑用もまともにできねえ能無しは工房にはいらねえんだよ! さっさとここから出て行け!」
「……?」
僕の言葉を遮るように、どこかの工房から怒号が響いてきた。