第七十話 「鬼の金棒」
「おぉぉ、これはまた綺麗にポキッと折れたもんだねぇ」
「は、はい……」
ローズから渡された直剣は、見事に半ばから刀身が無くなっていた。
それをマジマジと眺めていると、ローズは恥ずかしそうにもじもじし始める。
剣を折ってしまったことを恥ずかしく思っているのだろうか。
でも、剣はあくまで消耗品だし、こうなるのも仕方があるまい。
手触りからしてそこまでの業物でもなさそうだし、戦いの最中に折れてしまっても不思議はない。
「それで、これがどうかしたの? 手持ちがあまりなくて新しい剣を買えないって言うなら、僕の方から出してあげても全然いいけど」
懐から財布を取り出すような仕草を見せると、ローズは両手と首を激しく横に振った。
「そ、そんな図々しいお願いをしに来たわけではありませんよ! 手持ちも充分にあるので新しい剣だって買えますから!」
「じゃあ、僕に相談したいことって何?」
再度問いかけると、ローズはまたも恥ずかしそうに身をよじる。
やがてのそのそと僕が持っている剣に指を差して、僅かに赤面しながら答えた。
「あの、実はその剣……“十本目”なんです」
「えっ……」
「ロゼさんに強くしていただいてから今日まで、手持ちの剣から新調したものまで、なぜか次々と折れてしまって……もうすでに十本もダメにしてしまったんです」
「……」
この短い期間に十本も……?
剣ってそんなに壊れやすいものかな?
消耗品とは言ったけど、手入れとかをきちんとしていれば十年ぐらいは使えるって聞いたことがあるんだけど。
その時僕は、先ほど手作り看板を壊されてしまったことを思い出して、密かに冷や汗を流した。
「…………触れるものすべてを壊す、壊し屋ローズ」
「ちょ! 変な異名を付けないでくださいよ!」
ローズは赤髪と同じくらい頬を染めながら顔をしかめた。
まあ、冗談はこのくらいにしておいて。
「でもどうしてそんなに壊れやすいんだろうね? 見る限りは店売りの標準品って感じで、粗悪品ってわけでも無さそうだし、手入れだってきちんとしてたんでしょ」
「おそらく、なんですけど……私つい最近“三級冒険者”になったじゃないですか」
「あぁ、先週くらいにそう言ってたね」
どうやらローズは、この前パーライトの町で行われた昇級試験に合格したらしい。
そして晴れて三級冒険者に昇級できたみたいだ。
「パーライトの町でも噂になってるって聞いてるよ。無名の少女剣士が歴代最高成績で三級の昇級試験に合格したって」
「そ、それはまあいいんですけど……。三級冒険者になったことで、また受けられる依頼もとても多くなって、より強い魔獣と戦う機会も増えてきたんです」
冒険者階級が上がるほど、より難しい依頼に挑戦できるようになる。
特に五級から四級に上がるのと、四級から三級に上がるのでは大きな違いがあり、三級冒険者は桁違いに多くの依頼を受けられるようになるのだ。
三級から立派な一人前と言われているほどだからね。
「それで最近は、強い魔獣と戦っている最中に剣が折れてしまうことが多くて、おそらくそれが原因ではないかと。まあ、私が未熟なせいもあるとは思うんですけど」
「……」
自嘲的な表情をするローズを見て、僕は何とも言えない気持ちになる。
強い魔獣と頻繁に戦うようになったから。ローズがまだ未熟だから。
それらが武器破損に起因していないとは言い切れないが、何より一番の原因はローズが“強くなりすぎた”せいだと僕は思う。
おそらく剣そのものが、ローズの力に耐えることができていないのだ。
彼女の怪力で日常的に振り回されていたら、そこらの店売りの剣なんてすぐ壊れてしまうだろう。
だからそこまで自分を嘲る必要はないと思うんだけど……
「ですので次の新しい剣は、是非ロゼさんに選んでいただきたいと思ったんです」
「僕に?」
「ロゼさんは知識が豊富ですし、何より『神眼』のスキルがありますので、剣の目利きを頼むならロゼさんかと」
「な、なるほど、そういうことか。またテキトーなものを選んでもすぐに折れちゃうだろうし、僕が目利きをして上等なものを選べばいいと」
それで今日は早くに僕のところを訪ねて来たというわけか。
こうした頼られ方は初めてだな。
「それなら別に構わないけど、この辺りの町の店売りじゃ、そこまで大した業物はないと思うよ。それこそ勇者に匹敵する才覚を持った、戦乙女ローズに相応しい剣はなかなか見つからないんじゃないかな」
「そ、そうなんでしょうか……?」
ローズは不安そうに眉を下げている。
まあ正直な話、ローズに相応しい剣なんて世界中を探しても見つからないと思うけどね。
今となっては勇者をも超える実力を有しているだろうし、何百年に一度の名剣を持って来てようやく妥協できるくらいなのではないだろうか。
むしろもう剣を使わずに、生身の拳を振るうというスタイルに変更してしまった方がいい気がする。
……いや、それもダメか。
それだと『装備恩恵』が得られないので、なるべくは適正武器を用意した方がいいだろう。
天職に見合った武器を装備することで、僅かながらだが体に宿っている恩恵が微増するようになっている。
それを捨ててしまうのはあまりにも惜しい。
じゃあいったいどうしたものだろうかと、頭を抱えて悩んでいると……
コンコンコンッ。
不意に玄関の扉が叩かれた。
「……ど、どなたでしょうか?」
「うーん、今の叩き方からすると、たぶん……」
僕は腰を上げて玄関に歩み寄る。
おもむろにドアノブに手を掛けて、ゆっくりと扉を開いてみると……
そこには小さな黒い人影があった。
「……早く開けなさいよね」
「やっぱコスモスだったか」
黒ローブと黒帽子を身に付けた、小さな小さな魔法使いコスモス。
ローズに比べて扉を叩く音が下の方から聞こえたので、おそらくそうではないかと思ったのだ。
というわけで今日は珍しく、二人のお客さんが重なることになった。
「こんにちは、コスモスさん」
「……ローズ、先に来てたのね」
先に席に腰掛けてお茶を飲んでいるローズを見ると、コスモスは不意にこちらを見上げてくる。
その目が何かを訝しむように細められていたので、僕は喉を鳴らして問いかけた。
「な、なに……?」
「別にぃ。何かやましいことでもしてたんじゃないかって思っただけよ」
「してないよ!」
なんだよその言いがかりは。
普通に相談事を聞いていただけなのに。
「で、今日はどうしたんだよコスモス? コスモスもこんな時間に来るなんて珍しいよね」
「あっ、そのことなんだけど……」
コスモスはふと右手に下げていた長い物を掲げる。
それに掛けられていた布を取り払い、短い腕を全力で上に伸ばして僕に見せてきた。
「これ見てよ! 魔獣と戦ってる最中に突然折れちゃったのよ!」
「……?」
それは、半ばからポッキリと折れたコスモスの“杖”だった。
なんか先ほどにも見た覚えがある、既視感の強い光景である。
まさか、コスモスも……?
「しかもこれ五本目なのよ! なんで私の杖だけこんなにポキッと折れちゃうのよ! 絶対に店に粗悪品を押しつけられたんだわ!」
「……もしかして、その愚痴を聞かせにここに来たのか?」
「じゃなくて、一緒に杖を見に行ってもらえないかなって思ったのよ。あんたに見てもらったら絶対に確実だし…………ま、まあ、他にも色々と、買い物とかもしたかったし……」
「……なんだ、コスモスも一緒か」
そう言った僕を見て、コスモスは不思議そうに首を傾げる。
僕は言葉の意味を説明するために、手に持っていたローズの剣を見せた。
「ローズも剣が折れて困ってるところだったんだよ。それで今日は僕のところに相談に来てたんだ」
「へぇ、そうだったのね。二人の武器が同時に折れるなんて、なんかちょっと不吉ね」
そんな物騒なことを言うコスモスは、杖が折れてしまった原因をわかっていなさそうだった。
魔法使いにとっての杖も、剣や盾といった他の装備品と同じで消耗品である。
杖は基本的に神聖な木材――神木を材料にして作られる。
それによって製造された杖は、魔力との親和性を獲得して魔力増幅具になるらしい。
ゆえに杖を介して魔法を放つと、僅かに威力を高めることができるのだ。
しかしそれを何度も繰り返して、杖に魔力を流し込み続けると、神木はそれに耐え切れずいずれ折れてしまうのだとか。
だからコスモスの杖が折れた原因は、不吉だからとか粗悪品だからというわけではなく、こちらもコスモスが強くなりすぎてしまったのが理由だろう。
彼女の規格外の魔力なら、数回流し込まれただけで杖もボロボロになるのではないだろうか。
やっぱりこの二人には下手なものを持たせない方がいい。
「よし、せっかくだから特注しちゃおっか」
「「特注?」」
「中途半端なものを買って、またすぐに壊しちゃうよりも、耐久性の高いものを鍛冶屋さんに頼みに行ってみようよ。少し値は張るかもだけど、そこら辺の店売りは断然にいいものが手に入ると思うから」
なんだったら自分たちで高品質の素材を見つけて、それを持ち込んだっていい。
この二人の実力に見合ったものなんて、既存の中から探し出せるはずがないのだから。
というわけで今日は、怪物たちに相応しい得物を作ってもらうために、鍛冶屋へ行くことになった。