第七話 「育成師の力」
少女の依頼を引き受けると決めた後。
僕はさっそく少女を強くするために、森での修行を始めることにした。
彼女は魔獣との戦闘で疲弊していたので、ひとまず町に戻って後日からの開始でもよかったんだけど……
「私なら全然平気です。むしろロゼさんに手助けしてもらえることになって、すごく元気が出てきましたから」
と言うものだから、その流れで今日から始めることになった。
あまり無茶はさせたくないんだけれど、やる気があるうちに始めるのも修行では大切なことだ。
それに僕の気が変わらないうちに、取り掛かってしまった方がいい。
というわけで少女の育成開始である。
「じゃあとりあえず、今さらになっちゃうんだけど、君の名前を教えてもらってもいいかな」
「あっ、ごめんなさい、言い遅れてしまって」
少女はごほんと咳払いを挟んで、改めて名乗ってくれた。
「私はローズって言います。ローズ・ベルミヨンです」
「僕の名前はロゼ・フルールだよ。改めてよろしくね」
お互いに名乗り忘れていたので、僕たちは遅まきながらの自己紹介を済ませた。
昨日の出会いは突然だったし、今日も突発的に再会したから名前を教え合う暇もなかったからね。
ともあれそこから修行開始である。
「それで、まずは何からしたらいいですかね?」
「うぅーん……」
森を歩く最中、ローズが前のめりになって尋ねてくる。
早く強くなりたいという意欲をビシバシと感じて、それは良い心意気だと思ったけれど。
僕はつい首を傾げてしまった。
「な、何からしようか?」
「えっ?」
「今までは中堅の冒険者を相手にしてきたから、ローズみたいな新人の子には何からしてあげたらいいのかわからないんだよね」
「あっ、そういうことですか」
今まではどこかのパーティーに所属して、そのメンバーたちの成長の手助けをしてきた。
だから戦闘的な技術や知識はある程度備わっている人が多かったけど、ローズはまだバリバリの新人冒険者だ。
いきなり実戦形式の修行をしてもいいのだろうか?
「それに、【見習い戦士】っていう天職にも聞き覚えがないし、どうしたらいいもんかなぁ……」
「えっ……」
ローズが驚愕するように目を丸くした。
「あ、あの、私って天職までお伝えしましたっけ?」
「あっ……」
そういえば何も説明していなかったと思い出す。
「え、えっと、覗き見したみたいで申し訳ないんだけど、僕のスキル……他人の『天啓』が勝手に見えるんだよね」
「勝手に?」
天啓。
一言であらわせば、神様から授かった天職の詳細を記したものである。
式句を唱えることで顕現させることができて、自分の今の強さを事細かに知ることができるのだ。
一説によると神様が式句を聞き届けて、その人に天職の詳細を見せているのではないかと言われている。
ゆえに、天啓。
僕の目には、その天啓が勝手に映るようになっているのだ。
「ちょっと天啓を出してもらってもいいかな?」
「は、はい」
お願いすると、ローズは両手を水を掬うような形にして軽く前に突き出した。
まるで空から降る雨を確かめるように手を構えた彼女は、ゆっくりと目を閉じて唱える。
「【天啓を示せ】」
すると目の前に、羊皮紙のような紙が、巻かれた状態で現れた。
あらかじめ手を構えていた彼女は、突如として出現したそれを慌てずに受け止める。
それをこちらに手渡してもらうと、僕は受け取ったそれを丁寧に開き、中身を確認させてもらった。
【天職】見習い戦士
【レベル】3
【スキル】
【魔法】
【恩恵】筋力:F50 敏捷:F30 頑強:F35 魔力:F10 聖力:F10
これがローズの天啓。
天職は、僕が言った通り『見習い戦士』である。
「本当だったら天啓は、今みたいに式句を唱えると出てくるでしょ? でも僕の『神眼』っていうスキルは、視界に捉えたものから色んな情報を読み取ることができて、他人の天啓とかも見えちゃうんだよね。こんな感じで……」
ローズに貸してもらった天啓を、彼女の額の上あたりにかざす。
僕の目にはこんな感じで、他人の天啓が映るようになっている。
だからローズの天職が事前にわかっていたのだ。
ゆえに覗き見したようで申し訳ない気持ちになってくる。
「へぇ、便利な力ですね。じゃあロゼさんは町の中を歩いている時も、誰がどんな天職を持っていて、どれくらいの強さなのか見ただけでわかってしまうということですか」
「まあ、そういうことになるね。でも天啓を知られたくないって人も中にはいると思うから、僕はなるべく見ないように努力してるけど」
とりあえずその話はいったん置いておくとして。
今はローズの修行方法について考えることにしよう。
差し当たっては、今取り出したばかりの天啓を見直してみることにする。
天職は見習い戦士。レベルは3。
素の身体能力に上乗せされる恩恵の力も、すべて最低評価の“F”だ。
レベルの上昇に伴って覚醒するスキルや魔法も当然なし。
一年間活動してこれなら、確かに人より成長速度がかなり乏しいと言えるだろう。
せめて恩恵値だけでも高ければよかったんだけど、それもとてつもなく低い。
ていうか見習い戦士ってなんだ?
「うーん、ローズはこの一年間何をしてたの?」
「えっ、もしかして今、私ものすごく怒られてますか?」
「あっ、ごめん、そういうわけじゃないよ。単純な疑問として、一年間どういう活動をしてたのかなって」
「そ、そういうことですか。十四の時に冒険者登録をして、それから一年間は低級の討伐依頼と仲間探しを並行して進めていました。それだけだと金銭的に厳しかったので、たまに商業区で日雇いなんかも……」
なるほど。
一般的な駆け出し冒険者と変わりない活動内容である。
まったく魔獣討伐をしていなかった、ということならこのレベルでも別段不思議はない。
しかし話の通りの活動を一年間繰り返してきたというなら、普通レベル10は超えていないとおかしいはずだ。
レベルは限界値に近づくほど上がりづらくなっていく分、最初の方は割とポンポン上がっていくから。
体質的な問題だろうか? それとも何か別の理由が?
「あ、あはは、やっぱり私の成長速度っておかしいですよね。冒険者の才能がないっていう、何よりの証拠です」
ローズが自嘲的な笑みを浮かべてぼやく。
改めて自分の成長速度を他人に伝えたことで、情けない気持ちになってしまったのだろう。
そんな彼女を励ます、というわけではなく、僕はただ事実として一つだけ伝えた。
「普通とは違う体質なのは間違いないみたいだね。だからってそんなに悲観することはないよ」
「えっ?」
「それをどうにかするのが、育成師の僕の役目だからさ」
どこかのパーティーに入れてもらえるまでは面倒を見る。
そう宣言した以上、僕は育成師の力の限りを尽くしてこの子の成長を手助けする。
「キイィ!」
と、そのタイミングで、後方から動物の鳴き声が聞こえてきた。
僕とローズが咄嗟に後ろを振り向くと、ちょうど茂みの中から炎を纏った一頭の鹿が現れた。
「フ、火鹿!」
ローズは狼狽えながらも直剣を構える。
それは無理もなく、この鹿は先ほどローズが苦戦していた魔獣――火鹿だからだ。
本来であれば駆け出し冒険者一人で戦うような相手ではないのに、彼女は早く強くなりたいという思いから無茶をして挑んだ。
そのせいで危うくやられかけていたけれど……
「……まあ、ちょうどいいか」
僕は小さく頷き、ローズに提案した。
「よし、とりあえずそいつを倒してみようか」
「えっ?」
「基本的な戦術とか剣の扱いから教えた方がいいと思ったけど、やっぱりこれが一番手っ取り早くてわかりやすいからさ」
「あ、あのぉ、私さっきあれに負けたばっかりなんですけど……」
という台詞を合図にするように、火鹿が突撃してきた。
狙われているのはローズ。
火鹿は角にまで炎を迸らせて、全力で突進してくる。
ローズは先刻の敗北が脳裏をよぎったのか、わたわたとしながらその場から逃げ出そうとした。
「大丈夫、剣を構えて!」
「――っ!?」
僕は右手をかざして叫んだ。
「【筋力強化】! 【耐性強化】!」
ローズが咄嗟に、剣を盾のようにして構えるのと同時に、彼女の体が赤色と黄色の光に包まれた。
直後、突っ込んできた火鹿が剣にぶつかり、およそ生物と衝突したとは思えない甲高い音が響き渡る。
その衝撃は地面を伝ってこちらにまで流れてきたが……
「う、うそ……!」
ローズは火鹿を剣で受け止めていた。
という事実に、自ら驚いている様子である。
通常であれば力負けして吹き飛ばされていたところだろうけど……
「君に支援魔法を掛けたから、これで安全に魔獣討伐ができるはずだよ」
「あ、ありがとうございます!」
育成師としての強みの一つ。
それがこの支援魔法。
対象者の膂力や速力を強化したり、魔力や聖力を高めることができる。
また、武器や防具を対象にした支援魔法もあり、ただの木の棒でも鋼の剣並みに切れ味を高めることもできる。
魔獣を直接攻撃する魔法が多い中、仲間の支援に特化した力は珍しく、支援魔法の使い手はそうそう見ない。
おそらく仲間の成長を手助けすることが役目の天職なので、安心安全に成長させるために支援魔法が使えるのではないかと僕は考えている。
その支援魔法で筋力と打たれ強さが強化されたローズは、先ほど敗北を喫した火鹿を押し返していた。
「はあっ!」
やがて彼女が剣を振り切ると、火鹿は大きく後ろに押された。
その衝撃でよろけて一瞬だけ隙が生まれる。
ローズはそれを見逃さずに、火鹿に接近して剣の切っ先を突き込んだ。
「【鋭利強化】!」
僕はそれに合わせて、今度は剣に支援魔法を掛ける。
決して鈍ではなかったローズの剣が、さらに鋭さを増したことで、火鹿の肉体をいとも簡単に貫いた。
命の炎が燃え尽きるように、ボッと火を消滅させた鹿は、力なく地面に横たわった。
「勝っ……た?」
ローズは自分の勝利が信じられないと言わんばかりに打ち震えている。
手も足も出なかった魔獣を、ほとんど一撃で倒すことができて、嬉しさと戸惑いが胸中で渦巻いているようだった。
そんな彼女に勝利を伝えるように、僕は一枚の紙を渡す。
「天啓を見てごらん」
「……?」
ずっと僕が持ったままだった、ローズの天啓。
天啓は出現させてから十分経過するか、再び巻き物の状態に戻すことで消えるようになっている。
あるいは出現中に再び天啓を出すか、傷が付いたり燃えたりしても一瞬で消滅するようになっている。
そのためまだ僕の手元に残されたままだったので、持ち主のローズに返すことにした。
「えっ……」
ローズは自らの天啓を見て目を丸くする。
【天職】見習い戦士
【レベル】5
【スキル】
【魔法】
【恩恵】筋力:F80 敏捷:F50 頑強:F65 魔力:F14 聖力:F14
「い、今までたくさん魔獣を倒しても、まったくレベルが上がらなかったのに、もう二つも……!」
「単独で火鹿を倒したからだろうね。普通だったらレベル10を超えた冒険者が相手にする魔獣を、一撃で倒したってなれば神様からたくさん神素をもらえるはずだから」
支援魔法込みと言っても、火鹿を倒した際の神素はローズに多く振り分けられている。
成長の糧となる神素は、魔獣討伐の貢献度によって各自に分けられるので、この場合はローズがほとんど取得しているはずだ。
それに倒し方に応じて神素取得量も変わってくるので、一撃討伐した今回は神様からたくさん神素をもらえたことだろう。
一気にレベルが二つくらい上昇しても不思議ではない。
加えて……
「あとはまあ、僕の『応援』のスキルも効果を発揮したみたいだし」
「応援スキル?」
首を傾げるローズを見て、僕は右手をかざして唱える。
「【スキルを示せ】」
すると彼女の持っている天啓と同じ紙が、巻かれた状態で僕の目の前に出現した。
それをタイミングよく掴み取ると、そのまま放る形でローズに渡す。
彼女はその意味をすぐに察して、紙を開いて中を確認した。
『応援』・レベル10
・付近にいる人間に効果反映
・神素取得量5倍
天啓と同じく、発現しているスキルもこうして紙面で確認することができる。
それによって応援スキルの詳細を確認したローズは、ハッとした様子で僕の顔を見た。
そう、僕が近くにいるだけで、ローズは通常よりも五倍多くの神素を取得できる。
「さっ、この調子でどんどん魔獣を倒していこうか」
久々に育成師として、仲間の成長を素直に嬉しいと感じた。