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第六十九話 「ようこそ育て屋へ」

 

 トンッ……トンッ……トンッ……


 部屋の中に規則的な音が鳴り響く。

 金槌で木材に釘を打ち込む音。

 しばらくそれが部屋に響くと、僕は手を止めて首を傾げる。


「うーん、こんな感じかな?」


 右手に持った金槌を手元で遊ばせながら、僕は一人で唸り声を漏らす。

 直後、また一つ釘を持ってトンットンットンッ。

 あーでもないこーでもないと繰り返しながら、何度も首を傾げていると、不意に玄関の扉が叩かれた。

 コンコンコンッ。


「……どうぞぉ」


 扉の方も見ずに間延びした声を上げると、来訪者は控えめに扉を開けた。

 赤髪を揺らしながら顔を覗かせたのは、戦乙女ローズだった。


「お、お邪魔します……って、何してるんですかロゼさん?」


「んー? 見ての通り、“立て看板”作りだよ」


 僕は製作中の立て看板をローズに見せながら、金槌をくるりと手元で回した。




 僕が育て屋になってから四ヶ月が経過した。

 ネモフィラさんからのご依頼も半月ほど前のことになる。

 あれから特に問題もなく、毎日平穏に過ごさせてもらって、今日も僕は自宅でのんびりとしていた。

 その時間を利用して、僕は現在看板作りに精を出している。

 ローズはそのことを知らずに入って来たので、すごく不思議そうな顔をしていた。


「どうしてまた急に看板作りなんて始めたんですか? 今まではそんなことしていなかったのに……」


「僕が育て屋を開業してから、今日でちょうど四ヶ月目になるんだよ。でもいつまでも目立った宣伝とか看板すらも掛けてなかったから、そろそろそれくらいはやろうかなって思ってさ」


「な、なるほど……」


 ローズは納得したように頷いている。

 僕が珍しく精力的になっているのは、四ヶ月目にしてほとんどお店らしいことをしていないと気付いたからである。

 目立った宣伝もしていない。看板も付けていない。店構えもただの一般住宅だ。

 唯一扉に『育て屋』という張り紙をしてはいるけれど、これではさすがにみすぼらしい。

 それだけではなく……


「何より、いくらなんでもお客さんが少なすぎるんじゃないかなって思ってさ。これまでちゃんとしたお客さんってコスモスとネモフィラさんくらいだし、より多くの集客を目指すならもう少し目立った方がいいかなって」


「た、確かにそうですね……」


 宣伝不足も客足が伸びない理由だとは思うが、それと同じくらいお店の外観が悪いのも原因の一端であると思う。

 今日までお客さんらしいお客さんはコスモスとネモフィラさんだけなので、もう少し集客を狙うのならお店の雰囲気をガラッと変えなければならないだろう。


「あれっ? でもロゼさんはお客さんが増えてしまうのを嫌がっていませんでしたっけ?」


「前まではそうだったね。僕はなるべく静かに暮らしたいから、大繁盛されても困ると思ってたんだけど……」


 僕はこれまで手助けをしてきた人たちの“笑顔”を思い出して、人知れず微笑んだ。


「育て屋として誰かの役に立てるのが嬉しい、って言うか、その達成感みたいなものが少しずつわかってきたからさ。育成師の力で困ってる人を助けて、それで感謝される。まさにこれが僕の“天職”なんだって気付いたんだ」


「だから、もっとたくさんの人たちを助けたいってことですか……。なんだかロゼさんらしいですね」


 ローズは微笑ましそうに僕に笑いかけた。

 まあ現実的な話をすると、安定した生計を立てるためというのもあるけどね。

 今は貯蓄とローズからの返金でなんとか生活ができているけれど、急な出費があったら痛い目を見ることになるから。

 でも一番はやっぱり、育て屋として誰かに頼ってもらうというのが、素直に嬉しいと思えるようになったのだ。

 だから珍しく精を出して、立て看板なんかを手作りし始めてみたのだが……


「……ところで、目の前にある“釘だらけの木板”はなんですか? 呪いの道具か何かですか?」


「うぐっ……! わ、わかってるよ。これが立て看板に見えないことくらい」


 まったく上手に作ることができなかった。

 ローズの言った通り、釘だらけの木板にしか見えない。

 立て看板にするために、無理矢理立たせようとしてしまって、あちこちがツギハギだらけになっている。

 よく調べもせずに木材を買って来て、想像だけで製作を始めてしまったから無理もないけど。


「ロゼさんって、意外と不器用だったんですね。お料理とかも得意なので、てっきりなんでもできる方なのかと……」


「僕はそんな万能人間じゃないよ。料理は好きで昔からやってたから、まだできる方だけど、こういう物作りは勝手が全然違うから」


 まるでそれを合図にするかのように、立たせていた看板(仮)が虚しく倒れた。

 僕は唇を噛み締めながらそれを立たせる。

 改めて見ても、やっぱりこれは看板には見えない。ガタガタでフラフラしている。


「どうして手作りしようと思ったんですか? 専門の木工屋さんとかに頼んだ方が……」


「立て看板くらいなら手作りできるらしいから、安上がりにもなると思って材木屋で材料だけ買ったんだ。椅子を置いてその上に簡易的な看板を掛けるだけでもそれっぽく見えるらしいけど、どうせなら手作りで立派なものを作りたいなって」


 せっかく育て屋として開業したんだし、お店の顔となる看板くらいは立派なものを用意したいのだ。

 この町の木工屋さんは、たまにしか営業をしないご老人一人しかいないし。

 別の町まで頼みに行っても、断られてしまうことが多いようなので、こうして手製にしてみたということである。


「いつかは吊り看板とか壁面看板とかも用意したいんだけどなぁ。やってるうちに上達するものなのかな?」


「さ、さあ……?」


 ローズは再び釘だらけの木板を見てぎこちない笑みを浮かべる。

 正直に言って向いていないと思っているのだろうが、僕はそれでも製作をやめなかった。


「んー、どうやれば上手く立つんだろう? 材料から切り直した方がいいのかな?」


 そう言いながら僕は、修正をするために木板から釘を外すことにする。

 釘抜きを使ってなんとか外そうとすると……


「あ、あれっ? 固いなこれ……! 全然取れない……!」


 深く打ち込みすぎてしまったせいだろうか、まったく釘が外れなかった。

 中で曲がってしまったのだろうか。

 そう苦戦している僕を見て、不意にローズが顔を覗き込んでくる。


「私、やりましょうか?」


「あっ、お願いできる?」


 力自慢の戦乙女ローズに任せれば、まあ間違いはないだろう。

 そう思って、僕はこの時、何気なくローズに頼んでしまったのだが……

 それを後々になって、深く後悔するのだった。


「そぉぉ……れっ!」


 瞬間――




 バッッゴオオオオンッ!!!




 時間を掛けて作っていた看板が、まるで弾けるようにして崩れ落ちた。


「あ……あ……ああああぁぁぁぁぁ!!!」


 僕は粉々になった残骸を拾い上げながら、瞳の奥を熱くさせる。

 釘を抜くどころか、木材まで砕け散っていた。


「ぼ、僕の六時間が……!」


「ごごご、ごめんなさい!!! まさかちょっと力を入れただけで崩れるなんて思わなくて……!」


 僕の作りが甘いというのもあったのだろうが、それ以上にローズの力が強すぎて一瞬で看板が壊れてしまった。

 壊れるというよりか、もはや爆散した感じになってたけど。

 また一から作り直し……

 いや、むしろこうして仕切り直せる機会をもらえたということで、今はローズに感謝をしておこう。

 二人とも怪我をしなかったのも僥倖だ。

 そう割り切ってみるが、僕は虚しい気持ちになって床に四肢を投げ出した。


「あーあ……こういうの上手い人、知り合いにいないかなぁ」


 僕は天井を仰ぎながらそう呟き、深いため息をこぼす。

 すると不意に「ごめんなさいごめんなさい」と連呼するローズが視界に入り、僕はふと疑問に思った。


「ところで、今日はどうしたのローズ? いつもより来るの早い気がするんだけど」


「ごめんなさ…………あっ、そのことなんですけど、今日は少しロゼさんにご相談したいことがありまして」


 そう言ったローズは、なぜか突然腰に携えている直剣に手を掛ける。

 それをおもむろに引き抜くと、鞘からは半ばから刀身が折れた直剣が姿を現した。

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