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第六十八話 「私の英雄」

 

 ネモフィラさんの突然のご訪問に、僕は思わず呆気にとられる。

 都合のいい幻覚を見ているのではないかと思い、僕はそれを確かめるように問いかけた。


「ネモ……フィラさん? どうして、突然うちに……」


「お礼、言いに来たの。あの時のお礼」


「……?」


 お礼?

 相変わらずの端的な返答に、僕の首は自然と傾いた。


「お、お嬢様。それでは少々説明が不足しているかと思われます」


「んっ?」


 直後、ネモフィラさんの後ろから馴染みのある声が聞こえてきた。

 次いで彼女の後ろから、小さな人影が顔を覗かせる。


「お久しぶりです、ロゼ様。お元気そうで何よりでございます」


「キクさん……」


 白髪を後ろで束ねているエプロン姿のキクさん。

 見慣れた二人の姿に、僕は自然と安心感を覚える。

 同時に、ものすごく既視感がある光景だと思った。

 そういえば初めてここに来た時も、二人はこんなやり取りをしていたような……


「王位継承戦の際は色々と助けていただいて、深く感謝しております。それについてのお礼を、まだ具体的にさせていただいておりませんので、本日は伺わせていただいた次第でございます。……と、お嬢様は申しております」


「な、なるほど……」


 その時のお礼を改めてしに来てくれたというわけか。

 事情を理解した僕は、すぐに二人を家の中にあげた。

 片付けたばかりのテーブルにお茶とお菓子を用意する。

 お礼をしに来たのはこちらの方だからと二人には止められそうになったけれど、僕はこのスタイルが一番落ち着くのでもてなしの準備を整えた。

 するとネモフィラさんから、お礼の品として高級そうな手提げ袋を二つもらう。

 中にはかなり高価であろうお菓子や茶葉、食器の数々がこれでもかというくらい詰め込まれていた。

 もう何度もこの育て屋に来ているだけあって、僕の好みを完璧に把握しているらしい。

 ちなみに中にはローズ宛ての物も含まれていた。


「本当は、もっと高い物とか、お金とか渡したかったんだけど、キクに止められた。それだとロゼ、受け取ってくれないかもって」


「まあ、確かに直接金銭を受け取るのはちょっと……。報酬なら育て屋として、もうもらってますし」


 キクさん、よくわかってらっしゃる。


「そもそも僕は、こうして会いに来てくれただけでもとても嬉しいですよ。ネモフィラさんはすでにお忙しい身ですし。譲位の準備とか大変じゃありませんか?」


 それこそこうして僕と話している時間も惜しいくらいなのではないだろうか。

 そう思って尋ねてみると、ネモフィラさんは無表情の上に僅かに疲れた様子を滲ませた。


「うん、ちょっと大変。色々難しいこと、覚えなきゃいけないし。譲位の後は、キクの故郷のこと、一番先にやりたいから」


 ネモフィラさんが王様を目指していた一番の理由。

 それはキクさんの故郷である貧民窟を助けるため。

 そのための具体的な政策もこれから考えなければならないだろうし、やはりやることは山積みのようだ。


「クレマチス姉様にも、たくさん助けてもらってるから、いい王様にならないと。クロッカス兄様のこととか、今は全部任せちゃってるし」


「確か今はクレマチス様が主導で、第一王子クロッカスの不義を調べてるんですよね」


「うん。それを“最後の仕事”にするって、姉様は言ってる……」


「そう、ですか……」


 クレマチス様の天命は、もう残り少ない。

 だから最後の責務を全うするなら、この件が最適だと判断したのだろう。

 それで完全に綺麗な状態で、ネモフィラさんに継承権を継がせるということだ。

 クレマチス様らしい。


「だから、キクの故郷を助けたら、次は霊王軍をどうにかしたいって思ってる」


「霊王軍?」


「クレマチス姉様に呪いを掛けた魔獣を捕まえたり、これ以上同じ被害を出さないために」


 ……なるほど。

 貧民窟を助けるよりも、さらに難しそうな問題だが、ネモフィラさんはまた新たに目標を定めたようだ。

 クレマチス様の意思を引き継いで、同じ被害を出さないために霊王軍をどうにかする。

 今はネモフィラさん一人でも莫大な戦力になるので、霊王軍と本格的に争うことになっても問題はないだろう。

 彼女がいれば、負けることは決してない。

 と思っていると、ネモフィラさんが若干冗談混じりに言った。


「その時はまた、ロゼに助けてもらおうかな。キクを助けてくれた時みたいに。姉様もロゼに、できれば王国軍に入ってほしいって言ってたし」


「ま、魔王軍との戦争にもなると、さすがに僕では何もできないと思いますよ。キクさんを助けたのも、結局は僕じゃなくてローズでしたし」


 たとえ軍に入れてもらえたとしても、僕では大したことはできないと思う。

 それこそローズの方が適任ではないだろうか。

 あれほどの人材が加わったとなれば、軍の戦力も磐石なものになるだろう。

 僕なんか、ただの犯罪者集団にすら負けてしまうほど弱いのだから。

 ……その時のことを思い出してしまい、僕は我知らず顔を曇らせていた。


「……ロゼ?」


「あっ、その、ごめんなさい。キクさんを助けた時のことを、思い出してしまって」


 あれだけ威勢良く『僕がキクさんを助けに行く』と宣言したのに、結局最後はローズ頼みになってしまった。

 情けないことこの上ない。

 本当だったら僕一人でなんとかしたいと思っていたけれど、ローズみたいに鮮やかには行かなかった。

 ローズが強すぎるっていうのもあるんだろうけど。

 思えば、勇者パーティーにいた時にも、似たような気持ちを何度も味わったっけな。

 すごいのは自分ではなく、あくまでみんなの方なのだと。


「今回の件で、改めてよくわかりました。僕は冒険譚の主人公みたいな、かっこいい英雄にはなれないみたいです。まあ、別になりたいってわけではないんですけど」


 ただ、近くですごい人ばかりを見ていると、自ずと考えさせられてしまう。

 自分にも、果たしてこんな才能がないだろうかと。

 大勢の悪人たちを一瞬で蹴散らせるくらいの才能が。

 明らかに劣勢の状況でも、この人さえいればすべてひっくり返せると思わせられるくらいの才能が。

 当然、僕にはそのような才能は微塵もない。


「誰かを助けるためには力がいる。そして僕の力はあくまで、他の人を成長させるためのものですから、僕自身が活躍することはできないんです。一生、脇役を義務づけられた力」


 情けなさというよりかは、極度の恥ずかしさを覚えながら僕は続けた。


「あれだけかっこつけて、キクさんを助けに行くって宣言したのに、結局最後はローズに助けてもらっちゃいましたからね。自分の弱さを改めて思い知りました」


「ロゼ様……」


 あまりの情けなさから思わず苦笑を浮かべてしまう。

 そしてつい自嘲的な笑みを滲ませていると、不意にネモフィラさんが席を立ち、先刻のコスモスと同じように後ろに回って来た。

 直後、僕の頭に手を置いて、優しい声を掛けてくれる。


「それでも、ロゼは私の英雄だよ」


「……」


 若干乱れている僕の髪を梳かすように手を動かしながら、ネモフィラさんは続けた。


「私を強くしてくれた。私を王様にしてくれた。大切な人を助けてくれた。大勢の英雄にはなれないかもしれないけど、ロゼはとっくに、私の英雄になってるよ」


「……」


 心優しいその言葉を掛けてもらって、この行為の意味をようやく理解する。

 どうやら、元気付けてくれているらしい。

 たとえ大勢を救えるような英雄にはなれなくても、もうとっくに一人を救うことはできていると。

 ネモフィラさんの英雄になれているのだと。


「だからまた絶対、ロゼのこと頼らせてもらう。代わりに私にも頼っていいから、困ったことがあったらなんでも言って。絶対に助けるから」


「……はい、ありがとうございます」


 なんとも頼もしい言葉を掛けてもらい、僕はなんだか救われた気持ちになった。

 たった一人の英雄、か。

 それも、悪くはないのかもしれない。

 困ったことがあったらなんでも言ってと言われて、僕は反射的にこんな言葉を返してしまった。


「で、でしたらその、さっそくで申し訳ないんですけど……」


「……なに?」


「もしまた時間があったらでいいので、是非この育て屋に遊びに来てください。次期国王様にそんな暇はないと思うんですけど……」


 ダメ元でそうお願いしてみると、ネモフィラさんは意外にも前のめりな答えを返してくれた。


「うん、また絶対に遊びに来る。だからロゼも、またうちに遊びに来てね。友達の家みたいに、気軽に来ていいから」


「……はい、ご迷惑でなければ」


 目の前のキクさんが、僕の後ろにいるネモフィラさんを見て笑顔になっている。

 気になって振り返ってみると、いつもは変化のない彼女の顔に、今は温かな笑みが浮かんでいた。




第二章 おわり

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