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第六話 「私を強くしてください!」


「霊王軍って、ご存知ですか?」


「霊王軍? っていうと、霊王ヴァンプが率いてる魔王軍の一つだよね?」


「はい。一年前、その霊王軍の幹部の一人にお母さんが襲われて、“衰弱”の呪いを掛けられてしまったんです。起き上がるのも大変なくらい辛いみたいで、今は村の知り合いとか村長さんに看病してもらっています」


 呪い。

 魔法の効果の一種で、対象者に様々な悪影響を及ぼす。

 石化、昏睡、魅了、洗脳、衰弱……

 似た性質のものとして“毒”があるけれど、呪いは毒と違って薬や魔法での治療が不可能で、解くためには限られた条件を満たす必要がある。

 それは、呪いを掛けてきた呪術師を倒すこと。

 もしくは特例として、世界で唯一『解呪魔法』が使える『解呪師』に呪いを解いてもらうことだけど……


「お母さんの呪いを解くためには、その霊王軍の幹部を倒すか、解呪師さんにお願いするしかありません。ですけど……」


「……どっちも難しいだろうね。霊王軍の幹部ってなると、かなり強い魔獣だし、お母さんが衰弱し切る前に見つけ出して倒すのはほぼ不可能だ」


 そして……


「解呪師ロータス。世界で唯一『解呪魔法』が使える特殊な天職を持っていて、解呪依頼を引き受けてるって聞いたことがある。でもその依頼料があまりにも法外で、一般市民じゃ絶対に支払えないって……」


 少女はこくりと弱々しい頷きを返してきた。

 霊王軍の幹部を倒すか、解呪師ロータスに解呪依頼を引き受けてもらう。

 どちらも実現はほとんど不可能だ。

 希望があるとすれば解呪師の方だろうけど、少女の様子を見るにお金の当てはないらしい。

 基本的にロータスは、裕福な家柄の人間か、名前を上げた冒険者相手に商売しているという話だから、真っ当なやり方で必要資金を集めるのは困難だろう。


「……もしかして、そのために君は強くなろうとしてるの?」


「はい。強くなって、冒険者として大成すれば、解呪の依頼料を稼ぐことも難しくないと思いましたので。それに有力パーティーに加入することができれば、霊王軍討伐の道もできるかと思いまして……」


 確かにそれしかないという選択肢だ。

 霊王軍の幹部討伐を狙うにしても、解呪師にお願いするにしても、冒険者として大成すればどちらも可能性が見えてくる。

 だから少女は冒険者として、早く強くなりたいと思っているということだ。

 それなのに……


「なんで私、こんなに成長が遅いんでしょうか……。お母さんを助けるには、私が強くなるしかないのに……!」


 何の因果か、この子は人よりも成長が遅い体質らしい。

 そのせいで所属していたパーティーまで追い出されて、大成までの道のりがまた遠くなってしまった。

 焦ってしまうのも無理はない。

 だからこの子は僕のところに……


「どうすれば、いいんでしょうか。才能のない私は、いったいどうすれば、お母さんの呪いを解いてあげることができるんでしょうか……」


 少女の瞳から、一筋の涙が伝った。

 自らに冒険者の才能がないと思い、その悔しさから滲み出たものだとわかる。

 その姿を見た僕は、面倒なことになるとわかっていながらも、ほぼ無意識のうちに口を開いていた。


「君のお願い、引き受けるよ」


「えっ?」


「昨日は突然のことだったから、つい惚けちゃったんだけど、君は間違えてなんてなかったよ。僕が育成師のロゼだ。嘘ついてごめん」


「……」


 少女は見るからに驚いて固まっていた。

 たぶんこの子、随分と素直な性格なんだろうな。

 上手く誤魔化したつもりはなかったのだけれど、僕が本当に育成師ロゼだとわかって驚愕している。

 騙されやすそうな子で色々と心配だ、と思いながら、僕は今度は素直な気持ちを伝えた。


「正直なことを言うと、育成師として誰かの手助けをするのは、ちょっと面倒だなって思ってたんだ。少し前にこの天職のせいで色々とあったからさ。それに今の静かな暮らしが好きだから、それを少しでも脅かされるのが怖くて……」


「そ、それじゃあどうして……?」


 改めて依頼を引き受ける気になったのか。

 と、少女は聞きたそうにしている。

 僕自身、どうして今さら彼女の手助けをする気になったのか、よくわかっていない。

 なんとなく放っておけないと思ってしまったからだ。

 あとはまあ……


「僕の親も、魔王軍の被害に遭ってるからさ」


「えっ……」


「竜王軍の首領の竜王ドランに、父さんと母さんが殺されたんだ。両親とも冒険者だったから、そこは仕方ないと思うけど、同じように君のお母さんが魔王軍の手に掛けられるのは、なんか嫌だと思ってさ」


 僕の両親が殺されたのは十二年前のことだ。

 当時六歳だった僕は、二人が重要な遠征に行くことになって大人しく家で待っていた。

 二人が長期で家を空けるのは珍しいことではなく、その間僕は両親の冒険者仲間の人たちに面倒を見てもらったりしていた。

 そしてまた笑顔で家に帰って来てくれると信じて疑っていなかったのに、戻ってきたのは二人の遺品だけだった。

 最初は何が起きたのかすぐに理解することができなかった。

 父と母が冒険者として恐ろしい怪物と戦っているのは知っていたが、それで死んでしまうということは一切考えていなかった。

 それくらい二人は強く、仲間たちからも多大な信頼を得ていた。

 しかし竜王ドランには敵わなかったようで、生還した仲間の人たちが涙ながらに報告してくれた。

 その仲間たちも仇討ちのために竜王軍に挑んで、返り討ちにあってしまったけれど。

 それから僕は冒険者を志すようになり、両親の仇討ちをするために奔走してきた。

 なぜかはわからないけれど、この子にはそういう風に生きていってほしくないと思ってしまったのだ。

 だから手助けする。この子のお母さんが魔王軍に殺されないように。この子が復讐という歪な目的を持ってしまわないように。


「で、でも、本当にいいんですか? 私、成長が遅いだけじゃなくて、要領だって悪いのに。それにお返しできるものは何も……」


「別にいいよ。僕、お金に困ってるわけじゃないし、むしろ必要なのはそっちの方でしょ。お返しはいつか、気が向いた時に何か返してくれればいいからさ。お母さんの呪いが解けるまで、とはさすがに行かないけど……まあ少なくとも、君がどこかのパーティーに入れてもらえるまでは、面倒見るよ」


 パーティーに入れば、その後は仲間たちに成長を手助けしてもらえるだろうし。

 霊王軍討伐という、同じ志を持つ冒険者たちと出会うことができれば、幹部を探して討つことも現実的になるだろうから。

 だからそれまでの間だけ、軽く背中を押してあげるとしよう。

 たぶんこの子なら、ダリアや他の冒険者たちのように、僕を騙すこともしないだろうからね。


「あ、ありがとうございます! ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします!」


「うん、よろしくね」


 我ながら面倒なことに首を突っ込んだと思いつつ、胸のうちにあった罪悪感が消えて、代わりに熱い“何か”を迸らせていた。

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