第五十六話 「姫騎士の正しい育て方」
「障壁魔法? と言うと、ヒイラギとの戦いでネモフィラが使っていた“あれ”だよな? 私が昔に見た時は、あのような耐久性はなかったと記憶しているが……」
「はい、あの障壁魔法のおかげでネモフィラさんは急成長ができたんです」
その説明に、クレマチス様とヒイラギは難しそうな顔をする。
まだ完全に理解できていないといった様子。
だから僕は、改めて姫騎士にしかできない成長方法について解説をした。
「ネモフィラさんが神素を取得するためには、魔獣の攻撃を受ける必要があります。ただそれは直接体に受ける必要はなく、盾で防いだりした場合でも“攻撃を受けた”という判断をされるみたいです」
「へぇ、そうなのか」
ヒイラギの砂騎士から攻撃を受けた時、姫騎士の成長方法にようやく気が付けた。
しかし初めてレベルが上がった時のことを思い出して、僕は疑問に思ったのだ。
そういえばあの時は、ネモフィラさんの体は直接的に傷付けられていないよな、と。
彼女は針兎の攻撃を“盾”で防いだだけだ。
その時にレベルが上がっていたので、もしかしたら直接体に攻撃を受ける必要はないんじゃないかな?
その疑惑は正しかったようで、ネモフィラさんは盾で攻撃を防いだ場合でも神素を取得できた。
「あっ、ということは、“障壁魔法”で魔獣の攻撃を防いだとしても……」
「はい、神素を取得してレベルを上げることができるんです」
ここまでわかればあとは簡単な話だ。
「そして障壁魔法は同時にいくつも展開できるみたいで、魔力によって大きさと数、持続時間を調節できるようです」
「自分の体だけではなく、仲間たちの身を守ることもできる魔法、ということだな。これほど頼もしい守り手は他にいな……」
と、言いかけたクレマチス様が突然言葉を切る。
その後、何かに気付いたようにハッとした。
どうやら彼女もすべてを理解したようで、ニヤリと微笑んで僕を見た。
「まさか、障壁魔法一つ一つから、それぞれ神素を得られるということなのかな?」
「……お察しの通りです」
それを聞いたヒイラギが驚愕した様子で呟く。
「障壁魔法一つ一つから、神素を得られるだと……?」
「自分にだけではなく、他の仲間たちに付与した障壁魔法を攻撃された場合でも、ネモフィラさんは神素を得ることができるんです。単純な話、二人に障壁魔法を張って魔獣から攻撃をされた場合は、“二倍”の神素を得られるといった具合ですね」
「……」
障壁魔法を攻撃されたら神素をもらえる。
その障壁魔法を増やして神素取得効率を上げたら、とんでもない速度でネモフィラさんは成長できるのではないかと考えたのだ。
その結果、僕たちが実践したのは……
「それがわかったので、僕は頼もしい仲間を呼んで協力を仰ぎました。そしてネモフィラさんと僕も合わせて計四人で魔獣から攻撃を受け続けて、四倍の効率で神素を取得したんです」
「よ、四倍!?」
ヒイラギの素っ頓狂な声が部屋に響き渡る。
僕もこの成長方法に気が付いた時は、恐ろしくて鳥肌を立ててしまったものだ。
これほど効率よく成長できてしまっていいのだろうかと。
その時、ふとクレマチス様が疑問の声を上げた。
「障壁魔法とは、そこまで魔力を消費せずに展開できるものなのか?」
「えっ?」
「四人に障壁魔法を張って、魔獣から攻撃を受け続けたのだろう? レベルが上がる前のネモフィラの魔力値では、そんなに多くの障壁魔法を同時展開できないのではないかと思ってな」
「あぁ、そのことですか」
当然の疑問だと思う。
確かに未成熟の姫騎士の魔力値では、多くの障壁魔法を同時展開はできないだろう。
「それに耐久力はネモフィラの頑強値に依存すると記憶しているのだが、未熟な状態の彼女ではそこまで強固な障壁は張れなかったのではないかな?」
「魔力値と頑強値の低さは僕も懸念してました。今お伝えした修行方法を実践するには、どうしたって高い魔力値と頑強値が必要になりますからね」
僕はここで、ようやく少しだけ鼻を高くすることができた。
「そこでようやく、僕の出番というわけです」
「……?」
「僕の天職は『育成師』というもので、他人の成長の手助けと少しばかりの支援ができます。その育成師の支援魔法を使って、まだ未熟だったネモフィラさんの魔力値と頑強値を限界まで高めたんです」
僕が思いついた修行方法を実践するには、ネモフィラさんの魔力値と頑強値は不十分だった。
そこで僕の支援魔法が活躍する。
対象の魔力値を強化できる『魔力強化』、頑強値を強化できる『耐性強化』。
それによって強固な障壁魔法を四つまで張れるようになり、ローズとコスモスにも手伝ってもらってネモフィラさんの成長を手助けしたのだ。
「障壁魔法を張った四人で、ひたすら魔獣から攻撃を受け続ける。その分の神素がすべてネモフィラさんの体に流れていって、彼女は爆発的に成長することができたんです。……あとはまあ、僕が持ってるスキルで神素取得量を少しばかり上げたっていうのもありますけど」
「なるほどな。ネモフィラの急成長の秘密がようやく理解できたよ」
「……」
納得したように頷くクレマチス様と違い、ヒイラギは悔しそうに拳を握り込んでいる。
どうやら彼も、ネモフィラさんが急成長を遂げた理由を知って、悔しながらも納得しているようだった。
「ちなみにその修行によって、ネモフィラのレベルはどれくらいになったのかな?」
「えっと、それは……」
僕は不意に、傍らで佇んでいるネモフィラさんに視線を送る。
僕から伝えるよりも、ネモフィラ自身の口で言った方がいいだろうと思ったからだ。
視線だけでそれを伝えると、ネモフィラさんは静かに頷いて答えてくれた。
「レベル……35」
「な、なんだと!?」
それに反応したのはヒイラギだった。
それも無理はなく、レベル35とはヒイラギとまったく同じレベルだからだ。
つまりヒイラギは同レベルのネモフィラさんに負けたということで、天職の才能で負けたも同然ということになってしまう。
そのことを受け入れられないと言うように、ヒイラギは声を震わせた。
「そ、そんなバカな話があるか……! この短期間で、俺と同じレベルになんて……! 何より俺が、このネモフィラに才能で劣ってるだと……!?」
同じレベルの相手に負けたというのは、それは悔しくて当然だろう。
ただでさえヒイラギの箱庭師は強力な力を宿している天職だし、信じられないのも仕方がない。
しかしネモフィラさんの姫騎士は、それ以上に規格外の天職ということだ。
「【天啓を示せ】」
まるでそれを証明するかのように、ネモフィラさんが天啓を取り出した。
それをヒイラギに手渡す。
彼は恐ろしい天啓を目の当たりにして、言葉を失った。
【天職】姫騎士
【レベル】35
【スキル】判決
【魔法】障壁魔法
【恩恵】筋力:A+630 敏捷:E200 頑強:SS+1030 魔力:S+830 聖力:F0
僕もまさか、ここまで強くなるだなんて思ってもみなかった。
王族の血を引いているのだから、相応の力を宿しているのだろうと予想はしていたけど、やはりこれはあまりにも常識外れの天啓だ。
伸び代もまだ残されている。いったいどこまで強くなるのか今からとても楽しみだ。
「これが、私の天啓」
「……」
「私に負けたのが、納得できないなら、別に再戦とかしてもいい。でも、その天啓を見た後でも、ヒイラギ兄様は同じことが言えますか?」
いつも強気な態度をとっていたヒイラギ。
しかし今回ばかりは何も言い返すことができずに、ネモフィラさんの天啓を握り締めて立ち尽くしていた。
こんな怪物に勝てるわけがないと、改めて思い知らされたようだった。
彼女はもう弱くない。病弱でもない。臆病でもない。
逆に何者にも倒されることのない、“鉄壁の守護神”へと昇華したのだ。
「…………っ!」
ヒイラギは屈辱を噛み締めるように歯を食いしばり、逃げるように部屋から出て行く。
その背中を見届けたクレマチス様が、静かに微笑んで、その笑みをネモフィラさんに向けた。
「ネモフィラも、言うようになったじゃないか」
妹の成長を心から喜ぶ、そんなお姉さんの笑顔が眩しく見えた。