第五十五話 「役割」
天職を成長させるためには、栄養となる『神素』が必要になる。
神素は魔獣を討伐することによって、その成果を見た神様がくれるものだ。
しかしネモフィラさんの場合は、魔獣を討伐してもまったく神素を得ることができなかった。
代わりに……
「攻撃を受けることで、神素を得るだと?」
「はい、そういう体質だと思っていただけたらいいかと」
という説明を受けて、ヒイラギは不機嫌そうに眉を寄せる。
少し省略しすぎた説明だったので、理解し切れていない様子だった。
またぞろ何か不満をぶつけられてもたまらないと思い、僕は一から説明をすることにした。
「天職の成長方法は“二種類”あることをご存知ですか?」
「……?」
「基本的に天職は、魔獣を討伐することでしか成長ができません。しかし天職によってはそれ以外の方法で神素を取得することができるんです」
その説明に、ヒイラギは少年のような幼い顔を不思議そうに歪めていた。
それも知らなそうな様子なので、そもそもの話からすることにしよう。
「『神素』は魔獣討伐の成果に応じて神様がくれるものです。また、“特殊な倒し方”や“天職に見合った戦い方”をすることで取得量が変動するようにもなっています」
「『初討伐神素』や『一撃討伐神素』と言われるものだな」
クレマチス様が隣で相槌を打ってくれて、僕は頷きを返してから続ける。
「この“天職に見合った戦い方”というものに、ネモフィラさんの晩成の秘密が隠されていたんです」
「……どういう意味だ?」
「天職にはそれぞれ“役割”というものがあり、その役割に見合った戦い方をするほど神素をたくさん得られます。例えば“戦士系”の場合だったら剣や槍で戦ったり、“魔法使い系”の場合は魔法で戦ったりした方が成長が早いんですよ」
あまり知られていない神素の仕組みの一つ……『役割』。
天職にはそれぞれ“適した戦い方”というものがあり、それに沿って戦うほど神素をもらいやすくなる。
戦士だったら剣や槍で近接戦闘、魔法使いだったら魔法で遠距離戦闘とか。
まあ天職っていうのは、神様が決めて授けてくれたものだからね。
『お前にはこの戦い方が合っている』って言われているのも同然だから、その通りに戦った方が神様にも褒めてもらえるし、神素をたくさんもらえるのも当然である。
「ふむふむ、魔法使いが剣で戦ったりして魔獣を討伐しても、大して神素をもらえないということだな」
「まったくもらえないわけではないですけど、魔法で討伐するよりかは下がってしまいますね」
クレマチス様が納得したように頷く姿を一瞥して、僕はさらに続ける。
「このように役割によって神素の取得方法にも少しの違いがあります。それでここからが本題です。天職の中には“非戦闘系”の役割を与えられたものもありまして、魔獣を討伐しなくても神素を取得することができるんですよ」
「非戦闘系?」
「一番わかりやすいのは『治癒師』ですかね。治癒師の役割は『魔獣に傷付けられた人の治療』なので、魔獣に受けた傷を治療することで神素を得ることができます」
たとえ本人が魔獣を倒さなくても、魔獣によって生じた傷を治療するだけで神素をもらえる。
結果、魔獣を倒さなくてもレベルを上げられるということだ。
「……とは言っても、やっぱりさすがに魔獣を討伐した方が得られる神素量は多いですけどね。だからなのか、あまりこの神素の取得方法は知られてませんし、誰も実践してませんけどね」
「……だからなんだってんだよ。その話がネモフィラにどう関係してやがる」
不機嫌そうに構えるヒイラギに、僕は説明を続けた。
「ネモフィラさんの『姫騎士』も、その非戦闘系の役割を与えられた特別な天職ってことです。で、おそらくその役割は、『魔獣から人々を守る』こと」
「魔獣から、人々を守る?」
「そんな役割を与えられている姫騎士は、先ほども言った通り、魔獣から攻撃を受けることで神素を取得することができます」
直後、僕はネモフィラさんの秘められた才能に気が付いた時のことを思い出しながら、静かに微笑んだ。
「しかも姫騎士の場合は、“魔獣討伐をした際”と“役割を果たした際”の神素取得の割合が、あまりにも“極端”だったんです」
「はっ?」
「ネモフィラさんが“魔獣討伐をした際”に得られる神素は、完全にゼロ。でもその代わり、彼女は“役割を果たした際”……魔獣から攻撃を受けた場合に限り、“大量の神素”を取得することができるんです」
「……」
基本的に非戦闘系の天職の場合、役割を果たした際にもらえる神素は微量。
どうしたって魔獣討伐をした方が成長の効率がよくなる。
でもネモフィラさんの場合はその割合が極端で、魔獣討伐時には神素が得られず、代わりに役割を果たした際に大量の神素を得られるのだ。
だからネモフィラさんは、いくら魔獣討伐をしてもレベルを上げることができなかった。
加えて僕が過剰に守ろうとしてしまったあまりに、ネモフィラさんは姫騎士としての役割も果たすことができなかったのだ。
僕がネモフィラさんに謝らなきゃいけないと思ったのはそれが理由である。
「病弱だから、臆病だから、お姫様だから傷付けさせるわけにはいかない。僕はそう思ってネモフィラさんを守りながら魔獣討伐をしてきました。でも本当はその逆で、彼女は自分自身で己の身を守ったり、別の誰かを守らなきゃいけない天職だったんです。それを気付かせてくれたのは、他でもないヒイラギ様なんですよ」
「……俺があの時、砂鎧をけしかけたから…………」
ヒイラギは後悔を滲ませるように唇を噛み締める。
あの時、砂の甲冑騎士に攻撃を受けたネモフィラさんは、実はレベルを上昇させていたのだ。
それに気が付いた僕は、一番最初にレベルが上がった時のことも思い出して、一つの可能性に行き着いた。
針兎から急襲を受けた時、僕の助太刀が間に合わずにネモフィラさんが攻撃された。
それは彼女が盾によって防いだので大事には至らず、その後針兎を倒してレベル1からレベル2になった。
あの時はたまたま、そのタイミングでレベル2に上昇したのだとばかり思っていたけど、実際は針兎の攻撃を受けたことで大量の神素を獲得していたのだ。
「ふむ、神素の取得方法が特殊というのはわかったよ。でもそれだけではネモフィラが急成長を遂げた説明にはならないだろう? あくまで成長方法が特殊というだけで、神素の取得量そのものは他の天職と違いはないんじゃないのかい?」
「はい、クレマチス様の仰る通りです。あくまでネモフィラさんは、他の人たちが魔獣討伐によって得られる神素の分を、魔獣から攻撃を受けることで得られるというだけですから」
その返答に、クレマチス様が愉快そうに微笑む。
「ということは、君の力、もしくは何らかの方法を使って神素の取得量を上昇させたってことかな?」
「……ど、どちらも正解です」
やっぱりクレマチス様は鋭いな。
確かに神素の取得方法が特別というだけでは、ここまで急成長ができた説明にはならない。
成長できる方法に気が付けたからといっても、そこがネモフィラさんの開始地点になるだけだから。
育成師の『応援』スキルのおかげ! と一言で言ってしまえば簡単なのだが、それ以上に効果的だったのはもう一つの要因だろう。
「前者の“僕の力”については、また後ほど。本当に重要なのはもう一つの方で、姫騎士にしかできない“特殊な方法”で修行をしたんです」
「特殊な方法?」
別にネモフィラさん本人ではないけれど、僕は若干得意げになって答えた。
「『障壁魔法』を用いた修行ですよ」