第五十四話 「守護神」
継承戦、一日目。
第一回戦がすべて終了して、その日は解散となった。
続く第二回戦は明日、同じ王城の中庭にて行われることになっている。
対戦するのは一回戦の勝者であるネモフィラさんと、第一王子のクロッカス様だ。
ヒイラギが意識を失った後、戦闘続行不可能と判断されてネモフィラさんの勝利となった。
その決闘が終わった後、すぐにクロッカス様と第二王女のニゲラ様の決闘が執り行われた。
二人の決闘は凄まじいものとなった。
お互いに希少で強力な天職を宿していて、見たことがない能力が次々と飛び出してきた。
ニゲラ様の天職は『絵画使い』。
自らが手掛けた絵に魔力を込めることで、それを具現化させることができる天職だ。
その力を『絵画魔法』と言うらしく、制限はそれなりにあるが汎用性の高い魔法となっている。
ニゲラ様はあらかじめ描いておいた絵を持ち込み、それを総動員させて擬似的な台風や大波、架空の魔獣まで繰り出した。
対するクロッカス様の天職は『触媒師』。
こちらも絵画使い同様、希少で強力な天職となっている。
この世にある、生物以外のあらゆるものを“魔法の触媒”として変換することができる天職だ。
それこそ道端の雑草から、魔獣の亡骸に至るまで。
その魔法触媒には媒体となったものの特徴を引き継いだ魔法が宿される。
特に魔獣の亡骸を媒体にして作った魔法触媒には、規格外に強力な魔法が宿るらしい。
その代わりに触媒の制限でもある使用回数がかなり限られるみたいだけど。
ちなみに人間の死体でも媒体にすることができるらしいけど、それを実際に行なったかどうかは本人以外に知る由もない。
そんな二人の決闘は下手な劇団の演劇よりも見応えのあるものになっていた。
希少な力のぶつかり合いに見物人の貴族たちも歓声を上げて、継承戦を大いに楽しんでいた。
だが、最終的にその戦いは、かなり一方的なものになってしまった。
ニゲラ様の絵画魔法は、クロッカス様の魔法によってすべて打ち消されていた。
単純な引き出しの多さの違い。天職の本領の差。魔法の優劣である。
ネモフィラさんとヒイラギの決闘ほどではないけれど、実力の差が歴然となってニゲラ様は敗北を宣言した。
以上が継承戦一回戦の第二試合の全貌である。
その戦いの影響で中庭は大惨事になっており、これも見越して継承戦の日程を三日間に設定したそうだ。
そんなめちゃくちゃになった中庭から場所を移して、僕は現在クレマチス様が案内してくださった客室にいる。
そこには一回戦を見事に突破して、どことなく嬉しそうにしているネモフィラさんもいた。
一回戦が終わったらここに集ろうと約束をしていて、現在は二人でお茶を飲みながらプチ祝勝会みたいなものをしている。
「では改めまして、おめでとうございますネモフィラさん」
「うん、ありがと」
いつもは無表情で、感情が読み取りづらいネモフィラさん。
だけど今は頬に微かな笑みが滲んでいて、心なしか清々しそうな顔をしている。
苦手にしていた兄のヒイラギを倒せたことで、何かが吹っ切れたらしい。
「ロゼに強くしてもらったから、なんとか勝てたよ。本当は戦う前、すごく怖かったけど」
「あのお兄さんを相手にするのは、確かに恐ろしいですよね。でも僕はあんまり“心配はしていません”でしたけどね」
瞬間、ネモフィラさんが焼き菓子を手から落とした。
ふと見ると、彼女は『嘘でしょ……』みたいな顔をしている。
普段は無表情の彼女から、また新しい表情を引き出せたのは僥倖ではあるが、僕はすぐに勘違いを正すことにした。
「あっ、いや、心配していなかったっていうのは、今のネモフィラさんの力があれば絶対に負けることはないと思っていたからで……! 別にネモフィラさんが嫌いとかそういうことではないですよ!」
「……ちょっと、びっくりした」
卓上にこぼれた焼き菓子を拾いながら、ネモフィラさんは冷や汗を滲ませる。
こっちこそ、まさかそんな捉え方をされるとは思ってなかったから驚かされてしまった。
まあ、ネモフィラさんと話していると、こうした会話のすれ違いはちょこちょこ起きることなんだけど。
人とあまり接してこなかった弊害なのか、彼女は言葉を素直に受け取りすぎてしまうことがある。
……と、こういう時によくキクさんが、耳打ちをするようにツッコミを入れてくれるんだけど、それがなかったので僕は今さら気になった。
「そういえば、キクさんはこちらには来ないんですね。お茶とお菓子も別の方が持って来てくれましたし」
「キクは、私の付き人だけど、うちの使用人頭でもあるから。今は中庭の整備を手伝いながら、使用人たちを指揮してると思う。『おめでとう』はさっき言ってもらったよ」
「そう、ですか……」
この城に来てから、あまりキクさんの顔を見ていないような気がする。
やはり王城の使用人ともなればかなり忙しいようだ。
それでいてネモフィラさんの付き人としての責務もこなしているみたいなので、なんだか頭が上がらない。
日頃から怠惰な思考ばかりを抱いている僕とは正反対だ。
そんな会話をしていると、唐突に部屋の扉が開かれた。
豪快に扉を開けてやって来たのは、この客室の持ち主であるクレマチス様だった。
「やあ、素晴らしい戦いぶりだったぞネモフィラ!」
「……クレマチス姉様」
素直に称賛されたネモフィラさんは、またも嬉しそうに微笑んだ気がした。
クレマチス様はそんなネモフィラさんに歩み寄って、反対にわかりやすく破顔する。
「まさかネモフィラがここまで強くなっているとは思わなかったな! 正直恐怖すら覚えるほどの強さだったよ」
「……恐怖?」
「あぁ、いや! 本当に恐ろしいという意味ではないよ! 『敵として見たら怖いな』と思っただけで、『味方として見たらこの上なく頼りになるな』と言いたかったのだ」
クレマチス様は豪快に笑いながら席につき、焼き菓子を無造作に口に放り込みながら続ける。
「王の血族であることからも、ネモフィラには何らかの才能が宿っているとは思っていた。だが、その本領に辿り着くまでには十年、いや何十年という修練が必要になるはずだとも思っていた。それだというのにたった二ヶ月でここまで成長したのは、本当に驚かされたよ」
クレマチス様の視線が、不意にこちらに向く。
「それもこれも、君の力のおかげなのだろう?」
「い、いや、どうでしょうかね……」
なんだかすべて見透かされているような気分だった。
やっぱりこの人は鋭いな。
僕の天職を知っているわけでもないのに。
「ネモフィラの『姫騎士』の天職は、一般的な天職と違って通常の魔獣討伐ではまともに成長ができなかったはずだ」
「やっぱり、ご存知だったんですか」
「あぁ。父様と母様に目を掛けられなかったのは、それも原因の一つだからな。でも君は、見事にネモフィラを強くして継承戦に間に合わせた。いったいどんな“裏技”を使ったというんだ?」
「えっと、それは……」
その説明をしようとした、その瞬間――
また突如として、豪快に扉が開かれた。
豪快にというか、乱暴にという方が正しいか。
そうやって乱雑に部屋に入って来たのは、赤い髪の小さな少年……第二王子のヒイラギだった。
「……ヒイラギ兄様」
先刻の戦いで意識を失い、治療室に運び込まれたはずなのだが。
まだ僅かにふらつきながらも、すでにそれなりに回復している様子だった。
おそらく意識を取り戻した後、一回戦の結果を聞かされて、それでネモフィラさんのところに駆け込んで来たといった具合ではないだろうか。
自分がネモフィラさんに“敗北した”という事実を、受け入れることができないあまりに。
「認め、ねえぞ……! 俺が、ネモフィラなんかに……! 何か汚ねえ手を使ったに決まってる!」
僕の予想は正しかったようで、ヒイラギは悔しそうに顔をしかめていた。
そしてネモフィラさんを鋭く睨みつけているが、下手に暴れ出したりはしない。
先ほどの決闘でネモフィラさんの実力を痛いほど思い知っただろうし、何よりここはクレマチス様が持つ客室だ。
本人がいるということもあってか、ヒイラギはいつもよりしおらしい。
そのため怒りの矛先をどこに向けようか悩んだのか、その末に選ばれたのは僕だった。
「て、てめえだろ! てめえがこいつに何かしやがったんだろ! 愚図のネモフィラがここまで強くなってるなんてあり得ねえ!」
「……」
まあ、日頃からネモフィラさんのことを見下しているヒイラギには信じられないことなのだろう。
今や完全に立場と実力が逆転していることが。
それがすべて育て屋の僕が要因であると決めつけているようだが、僕はすぐにかぶりを振った。
「僕は何もしていませんよ。ネモフィラさんが頑張ってレベルを上げただけです」
「テキトーなこと言ってんじゃねえ! こいつは二ヶ月前までレベル1だった! それをこの短期間で急成長させるなんてできるわけがねえ! 何よりこいつは、魔獣討伐でろくにレベルが上がらない体質だっただろ!」
それなのにどうして……と言いたげな顔で歯を食いしばっている。
ネモフィラさんの体質について知っているのなら、確かに納得できなくても不思議ではない。
クレマチス様も同様に、ネモフィラさんの急成長には疑問を抱いているみたいだし。
だから僕は、疑問符を浮かべている二人に対して、改めて説明をした。
「それはあなたが教えてくださったんですよ、ヒイラギ様」
「な、なんだと!?」
「ヒイラギ様が箱庭師の力を使って魔獣を呼び出し、ネモフィラさんのことを“攻撃させた”ことで、僕はようやく気が付けたんです」
当時のことを思い出しながら、僕は簡潔に述べた。
「ネモフィラさんの『姫騎士』の天職は、魔獣を討伐する代わりに、魔獣から『攻撃を受ける』ことで神素を取得することができる特別な天職だったんです」