第五十一話 「箱庭」
王を目指す理由を簡潔に述べよ。
そう問われた自分は、おそらくこう答えるだろう。
『もっと大きな箱庭が欲しいから』
自分の天職は箱庭師だ。
使役魔法の一つである『箱庭』によって小さな箱を呼び出し、その中に服従させた魔獣を閉じ込めて使役することができる。
魔獣を服従させるには少しばかり複雑な条件があるけれど、単独で倒せる魔獣ならば大抵服従が可能になっている。
そうして自分は小さな箱庭に魔獣を収め続けて、少しずつ自分の庭を充実させていった。
しかしながらそれにも限界があった。
箱庭には“飼育限界”というものがあり、収められる魔獣の体数が決まっていた。
その数、十体。
『……少ねえな』
魔獣を服従させる力は我ながら気に入っていたが、箱庭の大きさにはどうしても不満があった。
箱庭師としての天職のレベルが20を超えた段階で、『園丁』という“箱庭改造”のスキルを取得はできた。
しかしそれによって箱庭を拡大したとしても、収められる魔獣の数は十五体になっただけだった。
『もっと多くのしもべを……! 俺だけの完璧な世界を……!』
魔獣を使役する中で芽生えた、圧倒的な支配欲。
その欲を満たすためにはもっと大きな箱庭が必要になる。
自分が手中に収めるのはこんな小さな箱だけでいいはずがない。
もっと広い庭を。多くのしもべを。自分のための世界を。
そう願い続ける中で、一筋の光が差し込んだ。
『王位継承権をかけた決闘を執り行う』
王位を継ぐのは、継承順位第一位の第一王女クレマチスだと思っていた。
しかし兄のクロッカスがそれに異議を唱えたことで、急遽公平な決闘によって王を決めることになった。
その一報に、神は本当にいるのではないかと思わされてしまった。
自分の世界を手に入れるための、またとない絶好の機会。
この国の王になって、コンポスト王国という大きな箱庭を手に入れる。
こんな小っぽけな小物入れみたいな箱庭ではなく、もっと広い世界を手中に収める。
『この箱庭の王は、この俺だ……!』
もっと大きな箱庭を手にするために、王を目指すことにした。
継承戦当日。
王城の中庭には、多くの人間たちが集まっていた。
誰もが上等な衣服に身を包み、城の二階部分のベランダから中庭を見下ろしている。
全員、今回の継承戦を見物に来た上流階級の人間たちだ。
継承戦は彼らの見物のもと、合計で三日間に渡って執り行われる。
「此度の王位継承戦の見届けに来てくれて感謝する。継承戦は発案者であるこの私、カプシーヌが仕切らせてもらう」
国王の挨拶を受けて、中庭に集まっている者たちが一斉に手を叩いた。
日程としては、まず一日目に継承者四人による勝ち抜き戦の第一試合が開かれる。
そして二日目に、第一試合に勝った二人による第二試合が執り行われる。
最後の三日目に、継承順位第一位のクレマチスと勝ち抜き戦の勝者が最終戦を行なって、最終的な継承順位が確定するという流れだ。
「では、まず始めに第二王子のヒイラギと、第三王女のネモフィラによる決闘を執り行う。両者は中庭の中央へ」
衆人環視の中、ヒイラギは王になるための一歩を踏み出すように中庭の中央へと行く。
対する相手は、青色の髪を目元まで伸ばしている、図体がでかいだけの無愛想な女。
妹のネモフィラ・アミックスだ。
「ルールはすでに承知していると思うが、改めて確認させてもらう。決闘方式は代表者二人による模擬戦。武器道具の使用はあり。勝敗はどちらか一方が敗北を認めるか、審判であるこの私が続行不可能だと判断した場合に決するものとする」
次いでカプシーヌは、中庭の全体を指し示すように大腕を広げて続けた。
「また、この中庭から出た場合や、相手を死に至らしめた場合もその者を敗北と見做す。参加したその時点で、それらすべてを了解したものとして継承戦を執り行うこととする」
その台詞が終わると同時に、ヒイラギは再び周囲に目を移した。
不測の事態に備えて、この場には優秀な宮廷治癒師たちが勢揃いしている。
参加者が深傷を負ってもすぐに駆けつけて、いつでも最高峰の治癒を受けられる状態だ。
これならちょっとやそっとのことでは死にはしないだろう。
たとえ腕の一本が千切れても、現物さえあれば引っつけることだってできるに違いない。
「いきなりあの箱庭師の力を見ることができるのか」
「世界唯一の魔獣使いの力、直にこの目で見ることができるなんて……!」
「だが、相手はあの第三王女だぞ? まともな決闘になればいいが……」
周囲から聞こえてくる嘲笑に、こちらも釣られて笑みをこぼしてしまう。
周りに治癒師はいるけれど、それは自分のためではなく向こうのために用意されたものだと言ってもいい。
この戦いで自分が治癒師の世話になることはまずないから。
なぜなら相手は、あの軟弱で臆病なネモフィラなのだから。
それよりも考えるべきなのは、この次の相手のことだ。
(クロッカスの兄貴はどう仕掛けてくるかな……)
明日の二回戦、ほぼ確実に兄のクロッカスが勝ち上がってくるに違いない。
クロッカスは天職が強力なのももちろんだが、兄弟の中で一番の策士だ。
汚い奴と言い換えることもできる。
正面から戦闘をした場合、勝てる可能性は五分五分といったところだが、その確率を少しでも自らの方に傾けるために何らかの策を弄してくるはずだ。
城の二階部分にあるベランダを一瞥して、そこにクロッカスの姿を確認する。
不意に目が合い、奴が不気味に微笑んだ気がした。
次の対戦相手のことを考えているのは、自分だけではなかったようだ。
「……ま、好きなだけ見てけよ」
どうせこの試合では奥の手までは出さない。
どころかたった一体の魔獣だけで勝負がついてしまうのではないだろうか。
奴にいくら観察されたところで、こちらが困ることは何一つない。
ヒイラギはそう思いながら、改めて目の前の対戦相手を見据えた。
自分の踏み台となる対戦相手を。
「ちったぁマシになったんだろうな、ネモフィラ?」
「……」
ネモフィラは顔色一つ変えない。
こちらの問いかけに応じることもない。
ただ静かに、ジトッとした目でこちらを見つめてくるだけだった。