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第五話 「駆け出し冒険者の少女」


 テラさんに文句の一つでもぶつけてやろうという僕の目論見は、残念ながら果たされることはなかった。

 どうやら彼女は今日は非番のようで、受付窓口に見慣れた茶髪美女の姿はなかった。

 ゆえに僕は、いまだに少女を追い返してしまった罪悪感に駆られている。

 ともあれ無駄足になるのもなんだと思い、僕はついでに軽めの依頼を受注することにした。

 相も変わらず、町の西側に広がる森での魔獣討伐の依頼である。

 今から依頼に向かえば、ちょうど日が落ちる前に町に戻ることができるだろう。

 というわけで複雑な思いを胸に抱えたまま、僕は森に到着した。

 それから対象の魔獣を探しながら森を歩いていると、三十分ほど進んだところで……


「て……てやあっ!」


「んっ?」


 どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 釣られてそちらに向かって歩いていくと、なんと森の開けた場所で、記憶に新しい少女が戦っていた。

 まるで僕の胸のうちにある罪悪感が、彼女と引き合わせたかのようである。


「あの子……」


 僕が受けた依頼の討伐対象と戦っている。

 火鹿(フレアバンビ)

 背中から尻尾にかけて火を迸らせている鹿のような魔獣。

 気性が荒く、人を見掛けるとすぐに襲いかかってくる。

 おまけに森で採取できる貴重な薬草を食い荒らしたり、魔力で生成した炎で草木を焼いたりもする。

 と、言い並べると危険な魔獣のように聞こえてしまうが、実際はそこまで強い種族ではない。

 僕だってギルドに立ち寄ったついでに討伐依頼を受けたくらいだからだ。

 しかし駆け出し冒険者にとってはその限りではない。


「きゃっ!」


 少女は火の付いた鹿に突進されて、足をもつれさせながら怯んだ。

 その隙を見た火鹿(フレアバンビ)は小さな口から炎を吐き出し、少女を追撃する。

 彼女はわたわたと慌てながら飛び退り、間一髪で炎の息吹から逃れた。

 火鹿(フレアバンビ)の厄介なところは、あの素早さと炎だ。

 まだ魔獣との戦闘に慣れていない駆け出し冒険者では、火鹿(フレアバンビ)を捉えるのは困難だろう。

 ましてやまだレベル3の経験不足のあの少女一人では、討伐するのはまず不可能だ。

 依頼を受けてここに来たのだろうか? いやレベル的に受注が不可能なはず。

 となると考えられるのは、僕の家を訪ねてきたことも鑑みて、おそらく“修練”のためではないだろうか。


「私は、早く、強くならないといけないんです……!」


 少女は両手で直剣を構えて、火鹿(フレアバンビ)に刃先を向ける。

 対して鹿は頭をブルブルと揺らしながら、少女を鋭く睨みつけた。

 あれは、火炎息吹の“事前動作”。

 あの動作から別の行動には、すぐに移ることができない。

 それさえ知っていれば、今のうちに距離を詰めて容易く攻撃が当てられるのだが……


「つ、次で絶対に仕留めます……」


 少女は直剣を構えたままその場に佇んでいる。

 おそらく突進を警戒していて、躱した後に反撃するつもりなのだろう。

 突進の時は地面を引っ掻く癖があるから、それらを理解していれば火鹿(フレアバンビ)は簡単に倒せる。

 それを教えてくれる仲間も、今はいないということなのだろう。

 火鹿(フレアバンビ)は僕の予想の通り、口から火炎を迸らせた。

 少女は予想外の攻撃に動揺して、再び足をもつれさせる。

 咄嗟に炎を避けようとしたからだろうか、その勢いで地面に倒れてしまった。

 その隙に火鹿(フレアバンビ)が地面を引っ掻き、背中の炎を迸らせて突進をしてくる。

 僕は懐からナイフを抜き、逆手持ちに構えて茂みから飛び出した。


「【筋力強化ブースト】! 【敏捷強化(アクセル)】!」


「――っ!?」


 支援魔法で素早く自らの肉体を強化。

 少女の寸前まで接近していた火鹿(フレアバンビ)に、鋭い一撃を食らわせる。

 炎が宿っていない側面を斬られた鹿は、短い鳴き声を上げてその場から後退した。

 そして僕を見るや、感情を荒ぶらせるように背中の炎を高く燃え上がらせる。

 それが全身を覆って火だるまと化した火鹿(フレアバンビ)が、地面を引っ掻くや怒りのままに僕に突撃してきた。


「よっ……と!」


 僕は支援魔法の効果もあるので、余裕を持って横に躱し、通りすぎさまの火鹿(フレアバンビ)にナイフを投擲する。

 銀色の刃は吸い込まれるようにして鹿の首に深々と突き刺さり、同時に奴の体から炎が四散して、絶命したことを伝えてきた。

 倒れる鹿に歩み寄って、首からナイフを抜きつつ、後方でいまだに座り込んでいる少女に声を掛ける。


「えっと、怪我はないかな?」


「あ、あなたは、昨日の……? もしかして冒険者だったんですか?」


「う、うん、まあ。……よくわかったね」


「……いや、今のを見ればさすがにわかるかと」


 まあ、ですよね。

 なんだか気まずい気持ちになる。

 ともあれ、特に怪我はなさそうでよかった。

 魔獣もこの一匹だけみたいだし、大事になる前に見つけられて幸いだった。


「た、助けていただいて、ありがとうございます」


「いいよ、別にこれくらい」


 そう言いながら僕は、手に持ったナイフで火鹿(フレアバンビ)の右耳を削ぎ落とす。

 これが討伐証明となるので、それを手早く袋に仕舞った。

 これで僕の目的は終わったので、さっさと立ち去ってもいいはずなんだけど。

 なぜか僕はそこから動くことができなかった。

 そしていまだに残留している罪悪感のせいか、ぼんやりとしている少女に対して我知らず口を開いていた。


「どうして君は、そんなに焦ってるんだ」


「えっ?」


「昨日の話を聞いた限り、早く強くなりたいみたいだけど、たった一人でこの森で修行するのは明らかに危険すぎるよ。それは君だってよく知ってるだろ」


 レベル3なら尚更、修練するなら別の場所を選んだ方がいい。

 町に近い草原とか。

 それがわからないような子でもないだろうに。


「他の人より成長が遅くて、焦っちゃうのはわかるけど、いくらなんでもこれは無茶しすぎだ。自分が死んだら元も子もないんだから。時間は掛かっちゃうかもしれないけど、地道に修行していけば……」


 いくら成長速度が乏しいと言っても、着実に成長していけるはず。

 それなのにどうしてこの子は、無茶をしてまで早く強くなろうとしているのだろうか。

 嘘を吐いて追い返した手前、聞かざるを得ないと思ってしまった。


「お母さんを、助けたいんです」


「えっ?」


「呪われてしまったお母さんを助けるためには、私が早く強くなるしかないんです」


 母を助けたい。

 そう語った少女の目には、僅かに涙が滲んでいた。

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