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第四十六話 「守るべきもの」


 ネモフィラさんのレベルが、まったく上がっていない。

 三日間修行を続けて、魔獣だって二十体も倒したのに。

 育成師の応援スキルの効果を考えても、普通ならとっくにレベル7や8になっていないとおかしい。

 極端にレベルが上がりづらい天職なのだろうか?

 それとも、ローズのようにレベル上限が低いせいで成長が鈍足なのかな?

 レベルは上限に近いほど上がりづらくなるので、もしネモフィラさんの姫騎士の天職も最大レベル10とかなら辛うじて説明がつく。


「…………いや」


 あんな逸材が、そう何人もいるはずがない。

 何よりあのローズでさえも、少なからず一つや二つはレベルが上がっていた。

 それなのにネモフィラさんは、たったの一つも上がっていない。


「じゃあ、なんで……?」


 まるで原因がわからなかった。

 森の中でネモフィラさんと一緒に立ち尽くしながら、僕は冷静になって考えてみる。

 天職のレベルが上がっていない。ということは、天職の栄養である『神素』を正しく獲得できていないということだ。

 そして神素は魔獣討伐の成果に応じて神様がくださるもの。

 あまり強い魔獣を倒したわけではないけれど、魔獣討伐を果たしたのは紛れもない事実だ。

 ゆえにまったく神素をもらえないというのはありえない。

 ネモフィラさんが取得するはずだった神素は、いったいどこに行ってしまったのだろうか?


「……まさか、全部僕に?」


 神素は、魔獣討伐にどれだけ貢献できたかによって取得量が変わるようになっている。

 また、特殊な倒し方や天職に見合った戦い方をすることでも取得量が変動するようになっている。

 初めて倒した魔獣の場合は、『初討伐神素』として通常よりも多くの神素を得ることができたり。

 他には一撃で倒した場合や、無傷で倒した場合も通常よりも多くの神素を取得できる。

 そういった“戦闘内容”によって神素取得量は変動し、最終的には魔獣討伐に一番貢献した人物に多くの神素が渡るようになっているのだ。

 ネモフィラさんが神素を取得できていないということは、もしかしたらそのすべての神素が僕の方に流れて来てしまっているのかもしれない。

 でも、僕たちはちゃんと役割を分担して魔獣討伐を行なった。

 仮に僕の方が討伐貢献度が高いとしても、ネモフィラさんにまったく神素が流れないということはやはりあり得ない。

 顎に手を当てながら深く悩んでいると、ネモフィラさんが心なしか不安げに呟いた。


「……私って、才能ない?」


「あっ、いや、これは才能とかそういうのではないような……」


 才能がないせいでまったく神素を得られないという話は聞いたことがない。

 魔獣討伐と神素の仕組みは、才能など関係なく万人に共通しているもののはずだから。

 となるとやはり、ネモフィラさんの姫騎士の天職がとても成長しづらい部類なのだろう。

 僕の応援スキルの効果範囲にいながら、三日間も修行してレベル1なのだから。


「私、強くなれないのかな。王様になって、キクの故郷を助けられないのかな」


「……」


 無表情だったネモフィラさんの顔に、僅かな翳りが見える。

 挫けてしまいそうになるのも無理はない。

 ここまでやってまるで成長を感じることができていないのだから。

 それに、元から病弱な体質で生まれたネモフィラさんは、第三王女ということもあって家族から目を掛けられなかった。

 他の兄弟と違って扱いもひどく、幼い頃から強烈な劣等感を抱いていたはずだ。

 自分はダメな人間なのだと。

 それがよもや、こうして修行してもレベルがまったく上がらないだなんて、ますます自己嫌悪に陥ってしまうだろう。

 なんて声を掛けたらいいか……

 その助け舟は、意外なところからやってきた。


『お嬢様、突然のご連絡失礼いたします』


「……キク?」


 どこからか、キクさんの声が聞こえて来た。

 咄嗟に視線を彷徨わせても、辺りに彼女の姿はない。

 というか、キクさんの声は頭の中に直接響いているようだった。

 もしかしてこれがキクさんが使える『聖歌魔法』?

 遠方にいる人物と、魔法を介して連絡ができるというものだ。

 僕とネモフィラさんの、二人同時に相手を選択できるのか。


『もしや、魔獣との戦いの最中でしたでしょうか? でしたら改めさせていただいて……』


「ううん、大丈夫。それで、どうかした?」


『お嬢様、本日は町の市場にて新鮮な赤毛豚と甘魚を見かけたのですが、ご夕食の主菜はどちらがよろしいでしょうか?』


「……」


 まさかの晩ご飯の要望。

 わざわざ聖歌魔法を使って連絡をしてきたので、急を要する案件かと思った。

 その予想に反して、ものすごく生活感溢れる連絡だった。


「……さ、魚の方」


『かしこまりました。及ばずながら、わたくしもお嬢様の修行のご支援ができますよう、腕によりをかけて調理をさせていただきます。また、無事にご帰還されますよう、お嬢様のご武運をお祈り申し上げます』


「……」


 キクさんからの連絡は以上だった。

 本当に晩ご飯の希望だけ聞いて終わってしまった。

 そのことを怪訝に思ったネモフィラさんが、不思議そうな顔で首を傾げていた。


「そんなの、聞かなくてもわかってるのに……。私の好きなものくらい、キクなら……」


 それなのにどうして、わざわざ連絡をしてまで尋ねてきたのか。

 いつも一緒にいるネモフィラさんには、少しわかりづらいことかもしれないけど。

 僕にはその理由が、とても簡単にわかってしまった。


「本当は、ネモフィラさんのことが心配で、常に連絡をしてたいんだと思いますよ」


「えっ?」


「毎回、町に帰る度に、僕が見てわかるくらい安心した顔をしてますからね。こうして魔獣討伐の冒険に出かけるのも、本当は反対したいんだと思います。それでも毎日お弁当を作って送り出してくれるのは、きっとネモフィラさんの厚意と覚悟を無駄にしたくないと考えているんじゃないですか」


「……」


 ネモフィラさんはキクさんのために王様になろうと思っている。

 キクさんとしては、自分のためにネモフィラさんに危険な目には遭ってほしくないと思っているだろう。

 でもキクさんは、その厚意と覚悟に水を差すようなことをしたくないと考えているのだ。

 これでもし本当に修行が上手くいけば、キクさんの故郷を救うだけではなく、ネモフィラさんを“王様”にしてあげることができるから。

 理由はなんであれ、王様を目指すことにしたネモフィラさんの背中を、目一杯押してやろうと思ったんじゃないかな。

 これを機に、家族たちから見放されていたネモフィラさんの立場を、まるっきり逆転させることだってできるから。


「私に才能は、ないのかもしれない」


「えっ?」


「でも、もうちょっとだけ頑張ってみる。キクが背中、押してくれたから」


 落ち込みかけていた気持ちを立て直したのか、ネモフィラさんがいつもの無表情に戻っていた。

 そして森の奥に向けて歩き始めながら、顔をこちらに向けて言う。


「ロゼも、まだまだよろしくね」


「……はい」


 育て屋の僕がやるべきこと。

 依頼人が強くなりたいと思う限り、最大限、成長の手助けをさせてもらうことだ。

 育て屋の僕が弱気になってちゃダメだよな、と思いながら、ネモフィラさんの後を追いかけようとした。

 瞬間――


「――っ!?」


 ネモフィラさんの裏の茂みから、突然何かが飛び出して来た。

 長い角を持った兎――針兎(ピンラビット)

 ネモフィラさんはおろか、感知魔法を張っていた僕でさえ出てくるまで気が付かなかった。

 いや、ちょうど今、感知魔法の効果が切れてしまったのだ。

 偶然か意図的か、その一瞬の隙間を射抜くように、針兎(ピンラビット)が襲いかかってきた。


「ネモフィラさん!」


「……」


 しかしお姫様は、針兎(ピンラビット)の出現に動じていなかった。

 しっかりと魔獣の動きを目で捉えて、キクさんが渡してくれたという盾で突進を“受け止める”。

 がっちりとした盾によって攻撃を防がれた針兎(ピンラビット)は、その衝撃によって体が弾かれていた。

 その隙を見逃さず、ネモフィラさんは右手の剣で的確に追撃する。


「――っ!」


 鋭い息遣いと共に放たれた一撃により、針兎(ピンラビット)は倒れた。

 その一連の戦闘をハラハラしながら見ていた僕は、すぐにネモフィラさんのもとに駆け寄った。


「す、すみません! 僕が気を抜いてたせいで……」


「いいよ、別に。怪我なかったし。自分だけで倒せたから」


 確かにネモフィラさんだけでも、まったく問題なく倒せたけれど。

 やはりお姫様に傷が付くことになるのは大問題だろう。

 もしそうなったらキクさんにも顔向けができないし。

 本来なら僕が前に出て敵を引きつけなきゃいけないんだから。

 だから今のは本当に危なかった。

 まさか感知魔法の効果が切れるその時に、針に糸を通すようなタイミングで魔獣が襲いかかって来るなんて。

 今度からは油断しないようにしよう。


「あれっ?」


 脳内で深く反省していると、僕はネモフィラさんの“頭上”に目を向けて疑問符を浮かべる。

 その直後、見間違いではないかと思って、思わず瞼を擦った。

 でも、見間違いではない。


「ネモフィラさん、天啓を見てください!」


「てんけい?」


 言われた彼女は、不思議そうに首を傾げる。

 しかしすぐに頷いて、僕が言った通りに天啓を出してくれた。

 ネモフィラさんはそれに目を落として、ハッとしたように瞳を見開く。


【天職】姫騎士

【レベル】2

【スキル】

【魔法】障壁魔法

【恩恵】筋力:E135 敏捷:F35 頑強:D205 魔力:E170 聖力:F0


 レベル1だった姫騎士が、レベル2に成長している。


「今の戦闘で、ちょうど上がったみたいですね。初めてのレベル上昇ですよ」


「レベル、上昇……」


 ネモフィラさんは自分の拳を握り込んで、そこにじっと目を落とす。

 相変わらずの無表情でわかりにくいけれど。

 ネモフィラさんは、初めて成長を実感して、感動を覚えているようだった。

 同じく僕も例えようのない達成感と安心感を覚えて高揚してしまう。

 ちゃんとレベルが上がってよかった。このままずっとレベル1のままかと思ったよ。

 それに、恩恵の成長率もかなり高い。特に頑強の恩恵の上昇が目覚ましいな。

 このまま順調にレベルを上げることができれば、ネモフィラさんはものすごく打たれ強い“重戦士”に化けるのではないだろうか。

 さすがは王族の血を引く天職と言うべきか。


「今日はキクさんに、とてもいい報告ができそうですね」


「……うん、そうだね」


 これでネモフィラさんも、ちゃんと強くなれることがわかった。

 三日間修行を続けて、ようやくレベル1からレベル2になっただけだけど。

 少しずつでも、こうして前に進んでいこう。

 僕たちは微かな希望を手にして、再び前に歩き始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 騎士だから守ってもらうでは上がらないのか。盾使ってワシが守ったるけん!位じゃないとアカンかのぉ
[良い点] もしかして成長がドM式なのか…
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