第四十三話 「継承権争い」
コンポスト王国の次期国王。
ネモフィラさんがそれを目指している?
今無表情でこちらを見据えている、人形みたいな女性が?
恐れながら、まったくそんな印象が湧いてこなかった。
ていうか……
「こ、国王になるのに、力を付ける必要があるんですか? そういうのって代々、子供に王位を引き継がせていくものって聞いてますけど……? それにネモフィラさんが第三王女ってことは、王位の継承順位とかが低いんじゃ……」
「そこも合わせてご説明させていただきます」
キクさんは一口お茶を啜って喉を潤すと、続けて説明を重ねた。
「コンポスト王国の国王は、古くは生まれ順の早い男子を優先して地位を受け継いできました。しかし時代の移り変わりにより、近代では性別にかかわらず長子を優先して継承権を与えるようにしてきたのです」
早くに生まれた王族の息子たちに王位が渡っていったというのは耳にする話だ。
それもいつしか性別を問わず、生まれた順番だけで継承順位を定めるようになっていったらしいけど。
他の国ではもっと前から女王様が当たり前のように国を治めていたり、いまだに男子継承制を貫く場所もあるけど。
「そのため現在の王位継承者第一位は、ネモフィラ様の姉にあたる第一王女のクレマチス様となっております」
「あっ、それならさすがに……」
クレマチス・アミックス。
コンポスト王国の第一王女であるクレマチス様の名前は聞いたことがある。
次期女王様になる人だと王国では知られているはずだ。
ネモフィラさんのお姉さんだったのか。
「現国王、ネモフィラお嬢様のお父上であるカプシーヌ様は、有事に備えて今の段階から譲位の準備を始めるお考えのようです。そしてクレマチス様への譲位の準備を進めようとしたのですが……」
キクさんがやや声音を落として、さらに続けた。
「それに異議を唱えたのが、第一王子のクロッカス様です」
「異議?」
「古くは男子にのみ王位が受け継がれ、本来であればご自分が次期国王になるはずだったとカプシーヌ様に申し立てたのです。クロッカス様は幼少の頃より王位に興味を示しておられる方で、早くに譲位の段取りを進めるカプシーヌ様に強く抗議したのです」
「昔の習わしならそうなるはずだった、っていうのは横暴な気もするけど……。それで王様はなんて言ったんですか?」
まあ大方の予想はついているけど。
我儘な王子様の意見なんか無視して、そのまま譲位の準備を進めているに違いない。
王位継承権の順位など、すでにしっかりと定められているのだから、それを覆すのは王子様でも無理なはずだ。
と、思ったのだが……
「それを受けたカプシーヌ様は、次期国王の選定のために、現継承順位五位までの継承者たちを集い、“継承権の順位をかけた決闘”を執り行う方針を固めたのです」
「……はっ?」
継承権の順位をかけた決闘?
つまり、勝った人が王様になれる決闘ってこと?
そんな風に継承権をぞんざいに扱っていいのだろうか?
というより驚きなのは、第一王子の申し立てに応じた王様の方である。
「そ、そんなこと決めちゃっていいんですか……? そういう継承権の争いを防ぐために、継承の順位とか儀式とかをちゃんと決めてるんじゃ……」
「カプシーヌ様は、今世代限りの選定方法にすると明言しております。加えて自陣の軍を率いての紛争も禁止として、王位継承者のみの“一騎討ち”にて勝負を決するものとする、とも仰っております」
「そ、それは……」
果たして、やる意味のある決闘なのだろうか?
それにこれまでの決まりをすべて取り払って決行するのは問題が出ないのかな?
「昨今、魔王軍の活動が活発化してきており、いつこのコンポスト王国に攻め込んできてもおかしくない状況となっております。もしそうなれば過去に類を見ない大規模な戦争が繰り広げられることになるでしょう」
キクさんは一度お茶を啜り、喉を潤してからさらに続ける。
「強大な力を持つ魔王軍に対抗するためには、“団結による力”が必要不可欠だとカプシーヌ様はお考えになっております。特に王族同士の力を合わせて結束を強めるべきだと」
「そ、それだと余計に、決闘による継承権争いは不和を生んで逆効果になるんじゃ……」
王様は一騎討ちの決闘で決めます。
負けたら継承順位が下がります。
そんな力任せの喧嘩みたいなやり方をしたら、負けた方が私恨を抱えて団結とかできないんじゃ……
その不安が無用だと言わんばかりの回答が、キクさんから放たれた。
「クロッカス様や他の継承者の方々も、カプシーヌ様のご提案に深く納得されておりましたよ」
「えっ……」
「何より現在の継承権第一位のクレマチス様に至っては、『そういう熱い戦いがしたかったのよ!』と言ってとても肯定的でした。力無き者に民を従える度量はない。力を示してわからせてみせると、ご自分が勝つことを疑っていない様子でした」
「……」
なんとも豪快な姉ちゃんだ。
そんな提案なんて蹴って従来通りにしておけば、決闘なんかせずに王位を継げただろうに。
第一王子であるクロッカス氏一人を納得させるためだけに決闘に賛同するなんて。
そういえばこの国の王様は、ものすごく豪快な性格だと聞いたことがある。
その性格が第一王女に限らず、他の親族たちにも受け継がれているということなのだろうか。
でも反対にネモフィラさんは、ものすごく静かなんだよなぁ。
兄弟でここまで温度差があるってすごい。
とにかく、キクさんの言っていた複雑な事情については大方理解した。
王位継承順位が決闘で決まるっていうのは前代未聞すぎるけど、継承権を持つ当人たちが了承しているならそれでいいのかも。
それに変に継承者間で紛争を起こして継承権を争うよりかは、こうして表立った決闘で納得してもらえるならそれが一番いいのかもしれないし。
まあ、当人たちより、その背後の方がうるさくなりそうだけどね。
「とにかく事情はわかりました。王位継承権の順位を争って決闘が行われて、ネモフィラさんはそれに勝ちたいってことですね」
「はい、その通りでございます。現在の継承順位は第五位ですが、その決闘に勝てば……」
だとしたら、『強くなりたい』と言ってきたのも説明がつく。
王位継承順位が低いネモフィラさんでも、決闘で勝ちさえすれば王位を継ぐことができるのだから。
これはネモフィラさんにとってはかなり好都合なのではないだろうか。
「その決闘の日時が、今日より二ヶ月後となっております。ですのでそれまでの間に……」
「ネモフィラさんを強くしてほしい、ってことですね……」
改めてキクさんから依頼内容を聞いた僕は、内心で天を仰いでしまう。
まさかこんなことになるとはなぁ。
いきなりお姫様の手助けをすることになるなんて、いったい誰が想像できただろう。
しかもこの国の王様が決まる大事な決闘に関わっているだなんて。
身に余る役割だ、と心中で苦笑いをしていると、僕はハッとあることに気が付いた。
「ネモフィラさんはコンポスト王国の第三王女ですよね?」
「はい、その通りですが」
「それなら、その…………大変失礼になるんですけど、どうして従者の一人も付けずにヒューマスの町にいるんでしょうか? キクさんは使用人なので、従者とは言いづらいですし……」
お姫様なら従者の一人や二人はついていないとおかしいはず。
それだけではなく……
「それに普通なら、育て屋である僕のところにではなく、ちゃんとした凄腕の剣術師範とかを呼んだりできないんですか? そもそもなんでお姫様がこのヒューマスの町に……」
ネモフィラさんがお嬢様と呼ばれていた時から違和感があった。
もしいいところのお嬢様ならば、もっと多くの従者を付き従えているはずだと。
それなのにもかかわらず、彼女の隣にいるのはお歳のいった使用人のキクさんだけ。
おまけにお姫様の立場ならば、いくらでも稽古相手を呼べるだろうに。
なぜ、育て屋の僕を頼ってきたのだろうか?
明らかにおかしい状況に、僕の首は傾いていく一方だった。
「私に、そんな権限はない」
「えっ?」
「稽古相手を呼ぶことも、従者を付けてもらうことも、私にはできない。私は、誰にも期待されてないから」
初めて長々と喋ってくれたネモフィラさん。
しかしその内容は、あまりにも自嘲的なものだった。