第四十二話 「騎士」
「えっと、それじゃあ、改めてお名前を聞かせてもらってもいいですか?」
話を聞く準備が整うと、僕は改めて来客の二人に名前を尋ねた。
それに対して、青髪の女性はやはり何も喋らない。
無感情な顔でじっとこちらを見据えてくるだけである。
そのため、彼女に代わってエプロン姿のお婆さんが答えてくれた。
「では、お嬢様に代わりましてわたくしが。こちらにおられますのがネモフィラ・アミックスお嬢様。そしてわたくしはネモフィラお嬢様に仕えております、使用人のキクです」
「お嬢様……」
先ほども気になったけど、どうして『お嬢様』と呼んでいるのだろうか?
そもそも使用人さんがいること自体が不思議である。
どこかいいところの貴族とかなのかな?
でも、護衛になるような従者とかじゃなくて、ご高齢の使用人さんを連れて歩いているのは違和感がある。
ていうか、アミックスってどこかで……
「聞いたところによりますと、ロゼ様は天職の成長を促進するお力を持っているとか」
「えっ? あっ、はい。それで一応、育て屋っていうのをやらせてもらってて……」
まあ、気になることについて後にしておこう。
とりあえず目の前の人たちは依頼主で、僕は育て屋という立場だ。
しっかりと依頼内容を確認して、育て屋として仕事を全うすることに集中すればいい。
「それで、育成の依頼ということでいいんでしょうか? 先ほどそちらのネモフィラさんが、『強くして』と仰ってましたので」
「はい。是非ロゼ様の育て屋としてのお力を、お嬢様に貸していただけないかと……」
改めてそれを聞いて、育て屋として二人目のお客さんを獲得したと、確信を得ることができた。
さっそく四級に昇級した成果があらわれたってことだろうか。
まあ、それはあんまり関係なさそうだけど。
しかし昇級試験を受けたことで、ネモフィラさんと出会えたのは事実だ。
コスモスには感謝しないとな。
ともあれ依頼の話を続ける。
「具体的にはどれくらいの期間で、どれくらいのレベルを目標にしているんでしょうか?」
「期間とレベル、ですか?」
「育成期間と育成目標を明確にしておけば、こちらも予定を組みやすくなりますので」
もし仮に、ネモフィラさんの依頼中に別の人が育て屋を訪ねて来たとしよう。
そうすると二人同時に成長の手助けをしなくてはならなくなる。
そうなった時、期間と目標をあらかじめ知っておけば、両立的な予定を立てることができるのだ。
早く強くなりたい人には多めに時間を割り振って、みたいな感じで。
「期間はそうですね……およそ二ヶ月といったところでしょうか。レベルについては……正直わたくしではわかりかねます。二ヶ月だとどのくらいが目安になるのでしょうか?」
二ヶ月か。
それくらいの期間ならそこそこ上げられると思う。
現状、他の人の育成依頼が入っているわけでもないし。
今日か明日からネモフィラさんだけに注力して育成の手助けをするとなると、かなりの時間を取れるはずだ。
具体的にどれくらいレベルを上げられるかは、今のネモフィラさんのレベルによるとしか言えないけど。
とりあえず大雑把な数字だけでも出しておこうと思い、僕はネモフィラさんに尋ねた。
「えっと、差し支えなければ天啓を見させていただいてもいいですか? 今のネモフィラさんの強さと天職を確かめて、育成の方針というか、これからの予定を決めさせていただこうと思いますので」
「……」
ネモフィラさんは何も言わず、小さく頷いてくれた。
次いで家鳴りにも負けそうなくらい小さな声で呟く。
「【天啓を示せ】」
すると彼女の手元に、一枚の羊皮紙のようなものが、巻かれた状態で現れた。
ネモフィラさんはそれを、やはり何も言わずに僕に手渡してくれる。
育成師が持つ『神眼』のスキルを使えば、こうしてもらわずとも天啓を見ることはできるんだけどね。
覗き見は気分がよくないので、形として天啓を出してもらったというわけだ。
では失礼して、ネモフィラさんの天啓を確認させてもらうとする。
【天職】姫騎士
【レベル】1
【スキル】
【魔法】障壁魔法
【恩恵】筋力:E120 敏捷:F30 頑強:E180 魔力:E150 聖力:F0
思いがけない、というか見覚えのないその天職を見て、僕は眉を寄せた。
「姫……騎士?」
聞いたことがない天職だ。
魔法やら恩恵のことよりも、その不思議な天職の方に目が行ってしまう。
ローズもネモフィラさんに断りを入れて、天啓を横から覗いてくると、僕と似たような反応を示した。
「姫騎士? 『お姫様で騎士』なんでしょうか? それとも『お姫様を守る騎士』という意味でしょうか?」
「さ、さあ?」
どちらの意味にも取れてしまう。
後者の方がしっくり来る感じはするけど。
正しい方はどちらなのか、あるいはどちらとも違う意味なのか、直接本人に聞いてみることにした。
「『姫騎士』って、なんだか珍しい天職ですね。まさか本物のお姫様ってわけでもないでしょうけど」
という僕の言葉に、使用人のキクさんがはてと首を傾げた。
「ネモフィラお嬢様は、紛れもない“姫様”ですよ」
「…………えっ?」
「コンポスト王国、第三王女……ネモフィラ姫です。ご存知ないでしょうか?」
「……」
ネモフィラ姫?
コンポスト王国の第三王女?
唐突に明かされた事実に、僕は口をあんぐりと開けて固まってしまった。
その後、先ほど覚えた違和感を思い出して、ハッと気が付く。
今のこのコンポスト王国の国王の名前は、カプシーヌ・“アミックス”。
ネモフィラさんと同じ姓じゃないか。
そして先ほどからキクさんがお嬢様と呼んでいることや、使用人が仕えているということからも、その信憑性は高いものになっている。
僕が俗世に疎いせいか、ネモフィラさんの名前は聞いたことがないけれど。
「ほ、本当に、お姫様?」
「……」
「このコンポスト王国の、第三王女?」
「……」
やはりネモフィラさんは何も言わず、ただゆっくりと、小さく頷くだけだった。
よもやこの町にお姫様がいるだなんて、露ほども思わなかった。
ゆえに状況を飲み込むのに時間を要してしまい、僕は動揺して目を泳がせてしまう。
お姫様が今、目の前にいる。
育て屋としての僕を頼りに来てくれて、自宅で椅子に腰掛けながらお茶を飲んでいる。
安物のお茶しかないけどよかったのだろうか、もっといいお茶菓子がなかったか、など考えていると、僕は今さらながらにギクッとした。
「す、すみません。僕ずっと、お姫様のこと“さん”付けで呼んでて……」
「……いいよ、別に」
遅いと思いながらも謝罪をすると、ネモフィラお姫様は小声で言った。
「今さら、畏まられる方が、違和感あるから。今のままでいい」
「……そ、そうですか? じゃ、じゃあ、そのままで」
ものすごく気が引けたけれど、ネモフィラさんがそう言うのであればそのままでいくとしよう。
あとで何か怒られたりしないよね?
上流階級の貴族様に無礼を働いて、死罪になった人がいるって聞いたことがあるんだけど。
内心でバクバクと心臓を高鳴らせながらも、僕は話を続けることにする。
「ネモフィラさんが本物のお姫様なら、『姫騎士』って天職にも納得が行きますね。でも、どうして本物のお姫様がこのヒューマスの町にいるんでしょうか? それに『強くなりたい』だなんて……」
ネモフィラさんがお姫様だとすると、これまでの言動が謎めいてくる。
どうしてお姫様が駆け出し冒険者の町と言われているヒューマスにいるのか。
しかも護衛も何もなしで。
そしてなぜ育て屋の僕を頼りに来て、『強くしてほしい』なんて言ってきたのだろうか。
お姫様なら強くなる意味はあまりないと思うんだけど。
何より強くなりたいのなら、僕ではなくいくらでも凄腕の指南相手を呼びつけることができるはず。
それらすべての疑問に対して、キクさんが答えてくれた。
「少々、複雑な話になるのですが……ネモフィラお嬢様は現在、コンポスト王国の次期国王を目指しておられます」
「じ、次期国王!?」
「そのためにネモフィラお嬢様は、力を付けて強くなろうと考えていらっしゃるのです」