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第四十一話 「大きくて小さなお客さん」

 

 僕とコスモス、そんなに仲良しに見えるだろうか?


「言うほど仲良くはないと思うけどなぁ。なんでローズはそう思ったの?」


「なんだか最近、コスモスさんはここにもよく足を運んでいるみたいですし、昇級試験だって一緒に受ける約束をしていたじゃないですか」


 言われてみれば、まあ最近はそれなりに接している時間が多いと思う。

 昇級試験もコスモスに誘われたから受けたわけだし。

 でもそれだけで仲良しと呼べるかどうかは微妙じゃないかな。


「昇級試験はあくまで育て屋の宣伝のためと、いざって時に討伐依頼を受けるためのものだから、別にコスモスに合わせたってわけじゃないよ。ここに来てるのだって、ローズと同じで僕にお金を渡すためだし」


「……そ、そうですか」


 という説明をしても、ローズは若干納得が行ってなさそうに眉を寄せている。

 別に僕としては特別仲良しということでもいいんだけど、コスモス側がどう思うか判断できなかったので、ここでその誤解は解いておくことにした。


「それにその支払いも、つい先日済んだから、これからはここに来る頻度も低くなるってさ。まあ、僕たちの間柄なんてそんな感じだから、特別に仲がいいってわけじゃないと思うよ」


「へ、へぇ……」


 少しずつローズの表情が柔らかくなっていく。

 だから僕はここぞとばかりにさらに補足した。


「まあ言われてみれば、最初に出会った時に比べたらだいぶ距離が縮まったと思うけど、コスモスの場合は最初が“あれ”だったからなぁ。特に落差があるように見えちゃうのかもしれないね。いきなり『貧乏店主』呼ばわりされて、どうなることかと思ったし」


「そ、そこまで敵対的だったんですか」


 敵対的というか、なんかもはや僕のことを敵だとさえ思っていたんじゃないかな。

 それくらい拒絶心が強かった。

 だからその時に比べたら随分と進歩したもんだ。


「でも、いまだにいがみ合ったりとか悪ふざけし合ったりしてるから、やっぱりローズの言うような仲良しではないかもなぁ」


「…………いがみ合ったり、悪ふざけし合ったり」


 ローズはなぜか再び複雑そうな顔をする。

 何か変なことを言っただろうかと思っていると、彼女はそっぽを向いてぼそりと呟いた。


「……そういうところが、仲良しっぽいって言ってるんですよ」


「……?」


 小さくて上手く聞き取れず、僕は首を傾げることしかできなかった。

 ……まあいいか。


「ともあれ、僕とコスモスは特別何かあるわけじゃないよ。って、ここまで散々言ってきちゃったけど、実は僕、育て屋としての最初のお客さんがコスモスでよかったって思ってるんだ」


「えっ、どうしてですか?」


「もうあそこまで気難しいお客さんは現れないと思うからさ。育て屋の最初のお客さんがあのツンケンとしたコスモスだったから、これからどんな人が来ても驚かされない気がするんだよね。最初にコスモスを経験できてよかったよ」


 なんて冗談混じりのことを言って、僕は笑い声をこぼす。

 すると……


 コンコンコンッ。


 まるで狙い済まされたかのように、玄関の扉が叩かれた。

 思わず僕はギクッと肩を揺らして動揺してしまう。

 もしかしてコスモス?

 今の冗談混じりの台詞を聞かれていたんじゃないだろうか。

 コスモスからしてみたらだいぶ失礼なことを言っていたような気がするので、僕は戸惑いながら声を震わせた。


「ど、どちら様ですか〜?」


 僕は恐る恐る扉に近づいていく。

 そして意を決してノブに手を掛けて、扉を開けてみた。

 もしコスモスだったらすぐさま謝ろう。

 なんてことを考えていると……


「えっ……」


 そこには、幸いなことにコスモスはいなかった。

 その予想に反して、扉の前にはコスモスとは思えないほど“大きな人影”がそびえ立っていた。


「……」


 僕よりも頭一個くらい背が高い、青色の髪を肩で切り揃えている女性。

 背中には大きな盾を背負い、腰には一本の直剣を携えている。

 感情の色を窺わせない顔で、前髪の隙間からこちらを見下ろしてきている。

 その視線を浴びて、既視感を覚えた僕は、反射的にハッと思い出した。


「あっ、昨日の……」


 昨日、昇級試験が終わった時。

 爽やかな青年冒険者に、パーティーに誘ってもらった。

 それは申し訳ないけど断らせてもらい、青年が立ち去った後で今度はこの女性が僕の前にやって来たのだ。

 その時も同じように、この色のない顔で僕のことを見下ろしてくるだけだった。

 特に何も言わずに立ち去って行ったので、その印象が強くて覚えている。

 用件を言わずに去って行ったので、特に僕に用事があるわけじゃないのかと思ったけど、彼女は再び僕の前に現れた。

 やっぱり僕に何かしらの用があるのかな?

 あの爽やかな青年と同じようにパーティーの勧誘だろうか?

 それとも……


「あ、あの、何か御用でしょうか……?」


「……」


 その青髪の女性は何も答えてくれない。

 ただじっと僕のことを、感情が窺えない青い瞳で見下ろしている。

 昨日とまったく同じである。

 この時、大変失礼だと思ったが、僕は内心でコスモスに頭を下げた。

 あそこまで気難しいお客さんはもう来ない、と言ってしまったけれど、それは間違いだったと訂正させてもらおう。


 もっと難しいお客さんが僕の家を訪ねてきた。


「……強く……して」


「はいっ?」


「私を……強くして」


 ようやく女性が喋ったかと思うと、大きな見た目に反して、彼女の声はとても小さいものだった。

 それこそ羽虫の羽音にも満たないんじゃないかというくらい。

 おまけにその内容が、極端に言葉足らずだった。

 強くして。私を強くして。

 確かに女性はそう言った。

 その台詞から察するに、僕が“育て屋”だと知っているということかな?

 それで成長の手助けをしてほしい、ということだろうか?

 もしかして昨日も、本当はこれを言うために……?


「お、お嬢様。恐れながら、それでは少々説明が不足しているかと思われます」


「んっ?」


 大きな女性の後ろから、今度は逆にとても小さな人影がのそのそと現れた。

 気配をまったく感じず、あまりに突然に現れたため、僕は小さく唸り声を漏らしてしまう。

 しかもその人影が、あのコスモスと変わらないくらいの背丈でより驚かされてしまった。

 その人影の正体は、白髪を後ろで束ねている、エプロン姿の“お婆さん”だった。


「ど、どちら様でしょうか……?」


 昨日は女性と一緒にいなかった、腰の曲がったお婆さん。

 彼女は今にでも倒れてしまいそうなくらいよろよろと歩きながら、女性の前に出てくる。

 そして改めて僕に頭を下げてきた。


「申し遅れました。わたくしはこちらのネモフィラお嬢様に仕えております、使用人のキクです。此度は育て屋ロゼ様のお噂を聞き、是非そのお力をお嬢様に貸していただけないかと、参上した次第であります」


「は、はぁ……」


 使用人のキクさんと名乗ったお婆さんは、大きな女性に比べてとても饒舌に説明をしてくれた。

 キクさんのその台詞のおかげで、ようやくある程度の状況を飲み込むことができる。

 つまり、この人たちは育て屋としての僕を頼りに来てくれた、ということでいいんだよね?

 ていうか、今このお婆さん、青髪の女性のことを『お嬢様』って呼ばなかった?

 いったいどういう立場の人なんだろう?

 それにこのお婆さんも、この女性に仕えている使用人って……

 と、そんな疑問を抱いている暇はなく、育て屋を頼りに来てくれたことがわかったのだから先にやっておくべきことがある。

 いつまでもこんな玄関先で立ち話をしている場合ではない。

 というわけで彼女たちを中に招こうとすると……


「ロゼさん、お茶の準備は出来ていますよ。勝手にキッチン借りちゃってごめんなさい」


「……」


 振り返った先には、卓上に人数分のお茶を淹れなおしているローズがいた。

 この人たちと要領の悪いやり取りをしている間に、彼女が後ろで持てなしの準備を進めてくれていたらしい。

 おかけでその後はスムーズにキクさんたちを招き入れることができた。

 育て屋としての二人目のお客さん獲得……ってことでいいんだよね?

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