第三十八話 「信用」
そういえば、そろそろ昇級試験があるのか。
以前にローズが受けているところに立ち会って、彼女が楽々と合格を決めていたのが記憶に新しい。
基本的に一ヶ月周期で開催されるものなので、あれからすでにそれくらいの時間が経っているというわけだ。
時間の流れって早い。
「一週間後のお昼に執り行われるって話で、よかったら私と一緒に受けてみない? あんたならたぶん余裕で合格できるでしょ。ていうか不思議に思ってたんだけど、なんであんたが私と同じ五級冒険者なのよ?」
「そ、それは……」
怪訝な目を向けられて、僕は思わず言い淀む。
そういえばコスモスには説明していなかったんだった。
僕が元勇者パーティーのメンバーで、一級冒険者として活動していたことを。
育成師のアロゼだと知られるのが嫌だから話していないだけだけど。
「こんなこと言うのは癪だけど、あんたの実力なら二級くらいになっててもいいはずでしょ? だからずっと変だなって思ってて……」
「癪とか言うなよ」
そこは素直に褒めてくれてもいいのに。
「何か五級のままでいなきゃいけない理由でもあるの? 誰かに脅されてるとか?」
「いや、別にそんな複雑な理由はないけど」
「なら私と一緒に次の昇級試験を受けなさいよ。四級になれば受けられる依頼の範囲がすごく広がるし、育て屋での集客が上手くいかなくても、最悪自分で討伐依頼を受けてお金を稼げるわけなんだから」
確かにそれもそうなんだよなぁ。
育て屋稼業が繁盛していないので、ぶっちゃけ懐事情には不安がある。
またいつ大きな出費を強いられるかもわからないので、今のうちにきちんとした基盤を作っておきたいところだ。
自分で討伐依頼に行くのは嫌だけど。
「何より、冒険者階級を上げておけば、“育て屋としても利点”があるんじゃない?」
「育て屋として利点? 冒険者階級を上げることの利点って、例えばどんな……?」
「現状、お客さんが少ないのは、育て屋が怪しまれてるせいでしょ。それならあんた自身が冒険者として階級を上げて、確かな実績を残せば信用を得られるんじゃないの?」
「ほ、ほぉ……?」
そういえばコスモスが初めてここに来た時も、僕の実力をすごく疑っていたな。
本当にこんな奴に任せて、自分は強くなることができるのだろうかと。
確かにそういった信用がないとお客さんだって寄って来ない。
逆に実績があればそれを宣伝材料にすることで集客に繋げられるかも。
現役の一級冒険者が手取り足取り成長の手助けをします、みたいな感じで。
「私も最初、冒険者ギルドで育て屋の宣伝用紙を見た時、興味は惹かれたけど怪しくて頼ろうっていう気にならなかったもの。どんな人が成長の手助けをしてくれるんだろうって」
「そ、そういえば、具体的に僕のことって書いてなかった気が……」
「だから、育て屋がどんな人なのか、どんな実績を持ってる人なのかを書いておけば、それだけでも信頼度は上がるんじゃないの? その宣伝材料に冒険者階級はぴったりでしょ」
現状、これといった宣伝要素がないので、冒険者階級を上げて材料にするのは得策かもしれない。
変に目立つことになるのは気が引けるけど、勇者パーティーの育成師アロゼとして名前を広げるわけではないので、僕としてもそこまで抵抗感があるわけでもないし。
それにもしお客さんが来て、コスモスみたいに実力を示してみろとか言われたら、天啓とかスキルを見せるより冒険者手帳を開示した方が効果的になるかもしれない。
「育て屋の宣伝のために昇級試験を受ける、か……」
「えぇ。仮に宣伝にならなくても、懐事情に困ったいざって時に、高難度の討伐依頼を受けることができるでしょ。階級を上げておいて損はないんじゃないかしら?」
「……」
コスモスの言う通りである。
思えば僕は、もう面倒な魔獣討伐をしたくないと考えて昇級を避けてきた。
育て屋を開いたのだって、楽にお金を稼ぐためだ。
しかし本格的に育て屋を続けるとすれば、周りから信用を得られるように冒険者階級を上げておく方が無難かもしれない。
「…………私とも、パーティー組めるかもだし」
「んっ、なんか言った?」
「な、なんでもないわよ! とにかく一週間後の昇級試験には一緒に出るわよ。そこで一緒に四級冒険者になりましょう」
心なしか、コスモスは頬を赤らめて、何かを誤魔化すようにバクバクとお茶菓子を頬張った。
そして卓上の物をあらかた平らげると、『ごちそうさま』と言って席を立つ。
次いでお金の入った巾着袋を机に置き、その流れで彼女は玄関の方に向かって行った。
「じゃあ、私はもう行くわね。今日も討伐依頼に行かないといけないし」
「最近忙しそうだけど、体調とか大丈夫? あんまり無茶はしない方が……」
「わかってるわよそれくらい。自分の体のことなんだし」
コスモスはムスッと頬を膨らませながら、玄関の扉に手を掛ける。
ガチャッとそこを開け放ち、外に飛び出しながらくるりとこちらを振り返った。
不機嫌そうにしていた顔はどこへやら、眩しい笑顔を見せて彼女は言う。
「それに、あんたに強くしてもらったおかげで、最近冒険が楽しいのよ!」
怖いような頼もしいような、そんな台詞を残してコスモスは去っていった。
石ころを飛ばすことしかできず、自嘲的になることが多かった後ろ向きな魔法使いの面影は、今はすっかりない。
それから一週間後。
コスモスから聞いた通り、昇級試験が執り行われることになった。
僕は事前に前の日に参加申請をしておいて、その際に手続きをしてくれた受付嬢のテラさんにはすごく驚かれてしまった。
いよいよ僕が働く気になって嬉しいと。
別にこれまで労働していなかったわけではないんだけど。
ただ楽をしようと思っていて、結果的に家にこもることが多かったからそう見えていただけに過ぎない。
ていうか育て屋やってみたらって言ったのはテラさんの方じゃないか。
など色々な文句は飲み込んでおいて、僕は昇級試験のために町の西にある森の前までやって来ていた。
同様に他の受験者たちも森の前に来ていて、物々しい雰囲気に包まれている。
「頑張ってくださいロゼさん! コスモスさん!」
「応援に来てくれてありがとね、ローズ」
その中で僕たちは、我ながらなんとも呑気なやり取りをした。
僕とコスモスが昇級試験に参加すると伝えると、ローズが応援に駆けつけて来てくれたのだ。
とは言っても、今回の試験は森の中でやるみたいなので、付きっきりの応援はできないだろうけど。
前回は町の西区にある訓練場で行われたので、ローズの様子とか間近で見られてたんだけどなぁ。
でもまあ……
「今回は町の近隣で行われる試験じゃなくてよかったよ」
「えっ、どうしてよ?」
「いや、“どうして”って、自分の胸に手を当てて聞いてみなよ」
コスモスが真顔で聞き返してきたので、僕は思わず呆れてしまった。
するとコスモスは僕に言われた通りに、杖を持っていない左手をそっと自分の“胸”にかざす。
そういう意味じゃないんだけどなぁ。
瞬間、彼女はピクッと何かに気が付いて、目を糸のように細めてこちらに向けてきた。
「今、『その“ない胸”にね』とか思ったでしょ」
「思ってないよ! 被害妄想が過ぎるだろ!」
どれだけ自分の胸に自信がないんだよ。
ていうか僕にどんな印象を持っているんだ。
じれったいと思った僕は、率直に伝えることにした。
「今のコスモスの魔法だと、下手したら周囲の地形すら変わるかもしれないだろ。もし町の近くで昇級試験が執り行われて、何かの間違いを起こしちゃったとしたら……」
「まあ、ヒューマスの町が無くなるかもね」
もうすぐで卵が売り切れちゃうかもね、ぐらいの気軽さで言うんじゃない。
そんな軽く見ていいことじゃないでしょ。
今のコスモスの魔法なら、本当に地形を変えることも容易いので、少しの手違いで町を吹っ飛ばすことだってあるかもしれない。
上手く加減ができるようなタイプの魔法でもないので、下手したら複数人の死傷者だって出していたかもしれないのだ。
もうちょっと自分の強さを自覚して気を配ってほしい。
「安心しなさい。この試験でそこまで大規模な魔法を使う予定はないから大丈夫よ。とりあえず『高速流星』と『浮遊流星』だけで乗り切ってみせるから」
「た、頼むぞ本当に……」
少し気に食わないことがあったからって、その拍子に『流星』とか『流星群』とか、それ以上の魔法とか使うんじゃないぞ。
最悪僕だって巻き添えを食らうかもしれないし。
密かにそんな心配をしていると……
「それじゃあこれより〜、昇級試験を開始しま〜す」
どこからか、眠気を誘われるような、間延びした声が響いてきた。