第三十六話 「勇者を超える逸材たち」
「お疲れー」
家族喧嘩が終わり、奴らが退散した後。
僕とローズは丘の上から姿を現した。
夜空のもとでたった一人佇んでいるコスモスに、気の抜けた声を掛ける。
すると彼女は呆れたようにため息を吐いた。
「やっぱり二人とも来てたのね」
「あれっ? もしかして気付いてたの?」
「なんとなくね。具体的にどこにいるのかまではわからなかったけど、私が一人で行くって言った時何か考えてそうな顔してたから」
バレバレだったか。
二週間の修行を経て格段に強くなったコスモスは、一人で兄たちと戦うと言った。
僕たちを巻き込みたくないから、ということらしい。
しかしこちらも戦いの行方が気になってしまい、こっそりとついて行くことにしたのだ。
その際に使ったのが、支援魔法の一つである『気配遮断』。
これを使えば姿を薄めることができて、探知系の能力に引っかかるような気配も消してくれる。
それで奴らには気付かれなかったということだ。
「本当に呆れたわ。巻き込みたくないから一人で行くって言ったのに、内緒で来ちゃったらそれこそ知らずに巻き込んでたかもしれないでしょ。危ない真似はしないでよね」
「ご、ごめん。でもまあそこは、ローズもついて来てくれるって言うから大丈夫かなって思ってさ。それに何より、色々と心配で、居ても立っても居られなくて……」
「えっ……」
途端、コスモスは虚を突かれたように目を丸くする。
次いでなぜか頬を赤く染めた。
何を思っているのかはわからないけれど、僕は本当に心配で仕方がなかったのだ。
「こんなにめちゃくちゃに強くなったコスモスと戦って、あの兄貴たち殺されちゃうんじゃないかって」
「そっちの心配してんじゃないわよ!」
頬の赤さはどこへやら、コスモスは鋭いツッコミを入れてきた。
いやだって、いくらなんでも今のコスモス強すぎるからさ。
今回は穏便に済んだけれど、下手したら勢い余ってあいつらを殺すことだってあり得た。
心配するのは当然のことである。
「万が一コスモスがあの兄貴たちを殺しでもしてたら、それで一気にお尋ね者になるんだぞ。最悪の事態にならないために抑制役が必要だと思ってさ」
「まあ、確かにそれもそうね。私もまだ自分の力を扱い切れてないわけだし」
しかし幸いにも、その必要には及ばなかった。
コスモスはきっちりと自分の力を制御して、考えられる限り最善の形で戦いを終わらせた。
「最後、兄貴のやつ泡吹いて倒れてたぞ」
「ただ脅して追い返すだけのつもりだったのに、まさかあんな風になるなんてね」
腕の一本くらいで勘弁する。
という台詞はあくまで脅し文句で、コスモスは兄を攻撃する気はなかった。
傍から見てもそれはわかったのだが、予想以上に脅しが効いてしまい兄は倒れた。
父親も同様に起き上がれずにいて、兵士たちに運ばれながらここを立ち去っていったわけだけど。
本当に、見事に追い返したな。
「にしてもまさか、コスモスがこんなに強くなるなんて思わなかったなぁ」
僕は改めて荒れた戦場を一望して、感慨深い気持ちになる。
魔法で生成した星のような岩石は、すでに消えてしまっているが、あちこちに深々とした穴が見えて爪痕を残している。
この景色を、あの石ころしか飛ばせなかった幼女魔法使いが作ったとは思えない。
「まるで、巨人が踏み荒らした草原のようですね。とてつもない力を感じます」
「……君もこういうことできる人だよね?」
ローズが驚いたように呟いていたので、ついツッコミを入れてしまった。
ローズもこれくらいのことなら余裕でできるはずなんだけど。
この中で一般人なのは僕だけなので、ここで驚いていいのは僕だけのはずだ。
「私もこんなに強くなれるだなんて、まったく思ってなかったわよ。まさか詠唱スキルにこんな可能性が秘められてたなんてね。それに気付いたあんたもあんただけど」
「まあ、最初から何かおかしいとは思ってたからね。まったく使ったことないって言ってたのに、スキルのレベルがかなり上がってたから」
その時点でレベル上限が通常とは違う『超常技能』なんじゃないかと疑っていた。
でもまさか、通常では“10”までしか上がらないスキルのレベルが、上限を突破して“30”まで上がるとは思わなかった。
それもたった二週間で。
おまけにまだまだ上がる余地を残しているし、僕の予想としては上限が50や60ぐらいなんじゃないかって思っている。
今の時点で、一国の軍を丸々落とせるような力を持っているのに、さらに成長したらいったいどうなってしまうのやら。
「私はそれよりも、ロゼさんの『応援』のスキルの方が驚きだったんですけど」
「僕の?」
「天職のレベルだけではなく、スキルのレベルまで急成長させられるとは思いませんでした」
ローズが今さらながらのことを、驚いた様子で言ってくる。
確かにローズの成長を手助けした時は、天職のレベルだけをひたすら上げていたからね。
スキルについてはまったく触れて来なかったから。
「天職とスキルも、『神素を得ることで成長する』って仕組みはまったく同じだからね。それで僕の応援スキルは、あくまで『神素取得量を増加させる』っていうものだから、どっちの成長にも役立てることができるんだよ」
「スキルのレベルも神素を取得することで上がるとは知りませんでした」
「そんなの知ってるの絶対あんたくらいよ……」
感心した視線と呆れた視線を左右から向けられる。
天職の関係上、こういうことには自然と詳しくなるんだよ。
別に僕が物好きというわけではない。
「おかげでコスモスの詠唱のスキルを急成長させられたんだから、もっと感謝してくれてもいいんじゃないか」
「感謝? えぇそうね、もちろん感謝はしてるわよ。おかげで兄様たちを自分の手で追い払うことができたんだから。でも……」
コスモスは艶やかな黒髪をガッと掻きながら地団駄を踏んだ。
「代わりにあの“恥ずかしい日々”が、脳裏にべっとりとこびりついたけどね!」
「こ、後半はすっかり口に馴染んでたじゃないか。僕だって近くで聞いてたけど、最後の方は違和感とかなくなってたし」
スキルのレベルを成長させるに当たって……
コスモスはこの二週間、あの幼稚で恥ずかしい式句を、何度も何度も唱え続けた。
それで魔獣を討ち倒して、また式句を唱えて魔力を上げて、それをひたすら繰り返す……
一人で口ずさむくらいなら別段恥ずかしいこともないだろうけど、それだと意味がなくなってしまう。
なぜなら僕の応援スキルは、『周囲にいる者の神素取得量を増加させる』というものだから。
必然的に僕の目の前で詠唱することになり、コスモスが幼稚な式句を唱える姿を、僕は間近で見せられ続けてきた。
「なんであんたの目の前で、延々と恥ずかしい式句を唱えなきゃなんなかったのよ!」
「それが強くなるための近道だったんだから仕方ないだろ。それにそこまで恥ずかしがるようなことでもなかったし、何よりすごく似合ってたぞ」
「似合ってたとか言うな!」
コスモスは詠唱スキルの式句がとても気に食わないらしい。
できれば二度と使いたくないとさえ思っているのではないだろうか。
でもそれこそが星屑師の最大の強みであるため、今後も使わざるを得ないだろう。
恥ずかしさと引き換えに、彼女は唯一無二の強さを手に入れたのだ。
そして僕が知る限り、世界最強の破壊力を秘めた魔法使いへと昇華した。
ということで……
「まあ、これで依頼完了ってことになるかな」
「えぇ、そうね」
僕は育て屋としての初仕事である、星屑師コスモスの育成を成功させたのだった。
それから僕たちは町に向かって歩き出す。
その道すがら、少し気になっていたことについてコスモスに尋ねた。
「これからコスモスはどうするつもりなんだ?」
「これから?」
「目標にしてた実家への報復も済んだことだし、もう一級冒険者になって王宮近衛師を目指す必要もなくなっただろ」
今後はいったい何をするつもりなのだろうか?
今では怪物のような破壊力を秘めた魔法使いになれたことだし、別の目標とかを立ててもいいんじゃないかな?
「うーん、まだ具体的に考えてはいないけど、とりあえずこのまま冒険者を続けようかなって思ってるわ」
「へ、へぇ。ちょっと意外だな」
「だって私、実家を追い出されたままで、根無し草の放浪者ってことに変わりはないでしょ。今のところ食い扶持はこれしかないし」
言われてみれば、確かにその通りだ。
目標としていた実家への報復は済んだけど、コスモスの現状は何も変わっていない。
となるとやはり冒険者を続けるというのが無難な選択だろうか。
「あんたのおかげで、自分でも驚くくらい強くなれたし、これなら一級冒険者どころか『勇者』にだってなれるんじゃないかしら」
「うん、たぶんコスモスならなれると思うよ」
「…………そこはせめて否定しなさいよ」
冗談のつもりで言ったらしい。
けど僕は本当に、コスモスなら勇者と呼ばれるくらいの冒険者になれると思っている。
だって、現状でも魔力値“1200”を叩き出せる規格外の魔法使いなんだぞ。
素の魔力値が“300”で、詠唱スキルによる『魔力増加4倍』で“1200”。
なんだよ1200って。勇者パーティーにいた賢者グリシーヌだって800とかそんなもんだったのに。
「ただ、油断だけはしないでくれよ。これはローズにも聞いておいてほしいんだけど、二人はまだレベルが急激に上がっただけで、実際の“戦闘経験”を積んだわけじゃない。それはこれからゆっくりと培っていくものだから、自分の能力を過信して無茶をすることだけは絶対にしないでね」
「はい、わかりました!」
「まあ、石ころを飛ばすことしかできなかった私が、急にこんな力を持ってもすぐに扱えるはずがないものね」
二人はそう言って僕の忠告を受け入れてくれた。
まあ、この二人なら言われずともわかっていただろう。
ローズとコスモスは、天職の弱さのせいで苦労をしていた時期も長いだろうし。
他の人より一層慎重な考えを持っているはずだ。
早々に無茶をすることはなく、着実に自分の力に慣れていってくれるはず。
「それに無茶しようにも、私はまだ五級冒険者だし、特別難しい依頼を受けることもできないからね。生活を安定させるために、もう少し上の依頼を受けたいところだけど」
「じゃあ、とりあえずの目標は、『冒険者階級を上げる』ってことになるのかな?」
「そうね。この力を体に馴染ませながら、着実に冒険者階級を上げていって、最終的な目標としては……」
コスモスは星々が瞬く夜空を見上げて、楽しそうに言った。
「冒険者活動できっちりとお金を貯めて、あんな腐り切った家みたいじゃなく、ちゃんと帰りたいって思えるような家庭を持つことかしらね?」
「家庭……。もうそんな相手がいるのか?」
「バッ――! そういうわけじゃないわよ! まずは形として、どこかに家でも持とうかなって思ってるだけで、別にそうなりたい相手がいるわけじゃ……」
コスモスは頬っぺたを真っ赤に染めながら、チラチラとこちらを見てきた。
なんだ、家庭を持ちたいっていうから、てっきり誰か将来を約束した人でもいるのかと思った。
でもまあ、家族に対していい思い出を持っていないコスモスにとって、帰りたいと思えるような家庭は憧れの一つなのだろう。
なんともコスモスらしい目標だと思った。
「と、とにかく、私はこのまま冒険者として成功して、いつか実家よりも大きな屋敷を建ててやるわ! そこで誰にも縛られずに自由気ままな生活を送るのよ!」
「……何それ羨ましい」
僕が志している悠々自適な暮らしそのものではないか。
コスモスとは気が合いそうである。
いずれ冒険者として名前を上げたコスモスが、超巨大な屋敷を建てたところを想像しながら僕は尋ねた。
「コスモスが屋敷を建てたら、そこに遊びに行ってもいいかな?」
「ご、ご迷惑でなければ、是非私も……」
「仕方ないから、人数分の椅子を用意しておくわよ」
そう言って、コスモスは静かに微笑んだ。
次いで彼女は、なぜか恥ずかしそうに黒髪を指先で遊ばせながら続ける。
「……か、代わりと言ったら、なんなんだけど」
「んっ?」
「私、もうしばらくはあの町で活動を続けるつもりだからさ……またあんたの“育て屋さん”に、遊びに行ってもいい?」
「……」
断る理由なんか、一つもなかった。
「あんな何もないところでよかったら、いつでもご自由にどうぞ」
「……」
外出中でない限り、育て屋は常に開けているからね。
特別面白いものがあるわけではないけど、それでもよければ気軽に来てほしい。
そう言うと、コスモスがそっぽを向いて何かを呟いた。
「…………あんたがいるじゃないの」
「……?」
風に乗って消えた声に首を傾げていると、コスモスは僕の前に回り込んでニカッと笑った。
「その言葉、絶対に忘れるんじゃないわよ。あと、美味しいお茶とお菓子、ちゃーんと用意しておきなさいよね」
「……ぜ、善処するよ」
最後にコスモスは、改まった様子で姿勢を正して、頭を深く下げた。
「改めて、今回は本当にありがとね、ロゼ。ううん…………はじまりの町の育て屋さん!」
持ち上げられた顔には、幼なげなコスモスにぴったりの、無垢な笑顔がパッと咲いていた。
第一章 おわり