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第三十三話 「夜更けに見えた微かな光」

 

 紆余曲折あって、僕たちはようやくうちまで戻ってきた。

 大事にはならずに済み、怪我人も出なかったのでそれは幸いである。

 そしてなんとかオルキデも追い返すことはできたけれど、奴はしっかりと不安の種だけは残していった。

 二週間後に再び、コスモスを連れ去りにやってくる。

 その宣言は偽りではないだろう。

 何か対策を考えた方がいいな。

 その話し合いをするために、僕たちは改めて腰を落ち着けることにした。

 それから今一度詳しい経緯をローズに説明すると、彼女は不満そうに頬を膨らませた。


「聞けば聞くほど理不尽なお話のように思えてきますね。ご自分たちが実家から追い出したというのに、政略のためだけに連れ戻そうとするなんて」


「自分勝手っていうか強引っていうか、まあそういう気概がないと上流階級でのし上がることはできないのかもね」


 実の娘を、不出来だからという理由だけで追放するような一家だし。

 むしろそんな場所から解放されてよかったんじゃないかとも思っていたんだけど、またそこに連れ戻されそうになっているというのは地獄だ。


「ご両親が勝手に結婚相手を決めてしまうというのは、通例ですけどやはり納得いかないですよね。お相手が善良な方ならまだいいですけど、確かそのポンセさんというのは快くない方だとか。具体的にどんな人なんですか?」


「そういえば詳しくは話してなかったね。まあ単純な話、コスモスのことが大好きな変態ってところだよ」


「へん……?」


 ローズは知らなくていいんだ、とかぶりを振ってそれ以上の追求は避けておいた。

 とりあえず良からぬ男、ということだけ伝えておいて、話を別に移す。


「で、とりあえずの問題は、どうやってコスモスの婚姻を防げばいいかってことなんだけど。何か妙案がある人は……?」


「「……」」


 その問いかけに、誰も答えることができない。

 まあ簡単に思いついたら、ここまで頭を悩ませてはいないだろうからね。

 しかしやがてローズがおずおずと手を上げた。


「またあのお兄さんが連れ戻しにやって来るというのでしたら、今日みたいになんとかして追い返してしまえばいいんじゃ……」


「まあ、正直それが一番簡単な方法だね。力尽くでコスモスを連れ去ろうとしてくるオルキデを、こっちも力尽くで追い払う。ついては是非ともローズに力を貸してもらいたいところなんだけど……」


 果たしてコスモスがそれを良しとするかどうか。

 という僕の懸念の通り、コスモスは首を横に振った。


「そ、そこまであなたたちに迷惑を掛けることはできないわよ。それにオルキデ兄様は今度こそ私を連れ戻すために、可能な限りの戦力を率いてやって来ると思うから」


 今日みたいにローズの迫力だけで退けることができるとは思えない。

 化け物じみた強さを持つローズに対抗するために、凄腕の使い手たちを用意して挑んでくるはずだ。

 そうなると今日とは比べ物にならないほどローズに苦労を強いることになる。

 コスモスならそれを申し訳ないと考えるだろうと、容易に想像ができた。

 そしてローズがそれを気にも留めないということも……


「私は別にいいですよ。コスモスさんの婚姻の話は私も納得できませんし、何より恩人のロゼさんの頼みとなれば断ることなんて絶対にしません。是非とも私を頼ってください」


「……」


 この世にこれ以上、心強い台詞が存在するだろうか。

 勇者を凌ぐ潜在能力を秘めた、戦乙女ローズの助力宣言。

 これで怖いものなんて何もなくなってしまう。

 百万どころか一千万の味方を得た思いだ。

 ただまあ、相手も侮れないのもまた事実。

 ローズの助力を得られるとしても、果たしてまた上手く追い返すことができるかどうか。

 ていうか……


「ローズの力で追い返せたとしても、その一回でエトワール家が諦めてくれるとは思えないんだよなぁ……」


「大丈夫です! もしまたコスモスさんを連れ去ろうとしてきたら、私が“何度”も追い払いますから!」


「……その言葉はものすごく頼もしいんだけどさ、さすがにずっとその状況ってわけにもいかないでしょ」


 ローズが常に万全の状態だとも限らないし。

 実質この中で戦力として数えられるのはローズしかいないんだから。

 そんなローズ頼みの状況で、いつまでも持ち堪えられるとは思えない。

 何より僕としてもそんな状況が続くのは忍びないし。


「……ローズに追い払ってもらうのは最後の手段として、とりあえず他の対処方法を考えてみよう。って言っても、あとは三つくらいしかないと思うけど」


「三つ?」


 僕はパッと思いついた限りの作戦を話した。


「まず一つ目は、『時間を稼ぐ』」


「時間を……? それだけでコスモスさんの婚姻を防ぐことができるんですか?」


「上手くいけばできると思うよ。数年、あるいは十数年くらいエトワール家から逃げ続けて、コスモスが歳を取るのを待てばいいんだ。それだけで今回の婚姻話はなかったことになるはず」


「歳……?」


 ローズは不思議そうに首を傾げる。

 対してコスモスには僕の作戦の意図が伝わったのか、なんとも複雑そうな顔をした。

 あまり詳しい内容はローズには伝えたくなかったけれど、説明のために致し方なく話す。


「さっきも言ったけど、ポンセはコスモスのことが大好きなんだ。もっと厳密に言うと、コスモスのような“幼い姿をした女の子”が大好きなんだ」


「は、はぁ……」


「だからコスモスが歳を重ねて、その守備範囲から外れることができれば、ポンセも諦めてくれるんじゃないかってことだよ」


「な、なるほど……」


 ようやくのことでローズに納得してもらえた。

 純粋で真っ白なローズにこんなことを説明するのは大変心苦しかったけど。

 ともあれなかなか名案なのではないかと、僕は我ながら思う。

 だがすぐにコスモスが不機嫌そうな顔で言った。


「こんなこと自分で言いたくないんだけど、もし私が歳を取っても、ずっとこの幼児体型のままだったらどうするのよ」


「うっ……!」


 確かにその可能性は考慮していなかった。

 コスモスがこのまま姿を変えないということも充分にあり得る。

 おそらくだけど、コスモスの実年齢は見た目以上に上だろうし。

 てか、今聞いちゃえばいいのか。


「ち、ちなみに、コスモスって今いくつ?」


「…………十八よ」


「同い歳!?」


 あまりにも予想外な年齢だった。

 せいぜい十五かそこらだと思っていたんだけど。

 ていうかこれでますます、コスモスの見た目がこのまま変わらないという可能性が大きくなってしまった。

 下手したら二十代、三十代になっても、ポンセの守備範囲に収まったままということになるかもしれない。


「ていうか結局、ポンセが私に愛想を尽かしたとしても、また別の貴族の子息を見繕われるだけよ。今回の兄様の態度を見て、改めて私はあの家族から逃げられないんだって思ったもの」


「……まあ、見るからにあの兄貴、コスモスにでっかい恨みを持ってたからな」


 今回の婚姻が無くなったとしても、また別の奴を当てて、実家に連れ戻そうとしてくるに違いない。

 というわけで時間を稼ぐという方法は却下となり、僕は二つ目の作戦を話すことにした。


「二つ目の作戦は、『めちゃくちゃ遠くまで逃げる』」


「遠くまで……? って、具体的にどれくらいよ?」


「それはもう、エトワール一族が関与できないくらい遠方にだよ。人がギリギリで生活できるくらいの、すごく辺鄙な田舎に逃げ込んで、そこでひっそりと暮らせばさすがにあいつらにも見つからないんじゃないかな?」


「……」


 コスモスは唖然とした表情で固まった。

 その驚きが呆れから来たものだと、遅れて知ることになる。


「兄様たちから逃げ切れるとは思えないわ。今回私の居場所をばっちり掴まれてたことからも、たぶんエトワール家には特殊な情報網か、あるいは特定の人物の居場所を割り出すことができる天職持ちが背後にいる。たとえどこにいても私の居場所はバレちゃうわよ」


「まあ、そうだよね」


 今回オルキデが潔く引き下がっていったことからも、その可能性が高いと思う。

 何よりオルキデのあの粘着質な性格から、たとえコスモスが別国に逃げたとしてもしつこく追い回して来るに違いない。

 コスモスが苦しむ姿を見るためならば、どんな手段でも用いてきそうだ。


「私、どうしたら……」


「……」


 改めて打つ手がなくなってしまい、コスモスは沈んだ表情で俯いてしまった。

 そんな彼女に僕は、思いついた最後の作戦を伝える。


「三つ目の作戦は、さっき挙げた二つよりももっと可能性が低いけど……」


「な、なに?」


 前のめりになるコスモスに、僕は端的に言った。


「コスモスが強くなる」


「えっ?」


「コスモスが強くなって、追いかけ回してくるあのバカ兄貴やエトワール家を、コスモス自身の力で返り討ちにすればいいんだよ。圧倒的な力で迎撃しちゃえば、向こうだってもう追いかけようなんて思わなくなるんじゃないかな」


「私が、オルキデ兄様たちを……」


 まったく予想だにしていなかったのだろう。

 僕の提案を聞いて、コスモスは虚をつかれたように固まった。


「さっきも言ったけど、たとえ今回ローズが奴らを追い返したところで、また何度もコスモスを連れ去りにやって来るかもしれない。だから一番いいのは、コスモス自身があいつらを追い払って、完全に諦めさせることなんじゃないかな」


 いくら戦力を率いても、絶対に連れ帰ることができないと、圧倒的な力でわからせてやればいい。

 どの作戦よりも単純明快だ。

 しかしその分、難易度もかなり高くなっている。


「そ、それこそ無理に決まってるじゃない。私がオルキデ兄様たちを追い返す? あんたに見てもらいながらここまで修行したっていうのに、最初からほとんど何も変わってないのよ?」


 今日までの修行の日々を思い返してか、コスモスは悔しそうに歯を食いしばる。


「それにオルキデ兄様は、今度こそ私を連れ戻すために強力な兵を率いてやって来るわ。それを私の力で追い払うなんて、絶対にできるわけ……」


「……でも、もしできたとしたら、この話は簡単に片が付く。おまけにコスモスが成し遂げようとしてた“実家への報復”も、望んでた形とは違うけど果たせるわけだしさ」


「……」


 これはいわば一石二鳥の作戦だ。

 コスモスを連れ戻そうとする実家を追い返すだけでなく、同時に実力行使で仕返しもできる。

 だからコスモス自身が強くなるというのが、色んな意味で都合が良くなるのだ。

 ていうかコスモスを強くするのが当初の目的だったわけだし。


「ま、このままだったら結局ローズ頼みになっちゃうからね。少しでも役に立てるように、修行を続けて力を付けることにしようよ。他にできることもなさそうだし」


「……そ、それもそうね。この子だけに任せちゃうのは、やっぱり申し訳ないものね」


 というわけで、引き続き修行を続けるということで話は着地した。

 具体的な作戦を立てられなくて不安ではあるものの、現状ではこれくらいのことしかできないからね。

 それにオルキデがやってくる二週間の間に、また別の妙案だって思いつくかもしれないし。

 今は戦いに備えて、少しでも力を付けておくに越したことはない。

 何より……


「……ちょっとだけ試したいこともあるし」


「えっ?」


 まだ確証はないけれど……

 僕はたった一つだけ、コスモスが宿す力に少なからずの可能性を感じていた。

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