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第三十二話 「一時休戦」

 

 ローズ登場により生じた緊張感により、オルキデは下手に動き出せない状態になる。

 同じく僕もここからどう動けばいいかわからずに硬直してしまった。

 今は何をするのが正解なんだ?

 そう困り果てていると、この状況を作り出したローズが先に動いた。


「あの、これはいったいどういう状況なんでしょうか?」


「えっ? あ、あぁ、そうだよね。まずはローズに説明した方がいいか」


 この状況に困っているのはローズも同じだったようだ。

 というわけで改めて彼女に、手短に現状の説明をする。

 オルキデはローズに怯えているせいか、無闇に動かずにその場で様子を窺っていた。

 やがて無事に話を終えると、ローズは納得したように頷く。


「なるほど、あちらの方がコスモスさんのお兄さん……。他所のお家のご子息と妹を結婚させるためにこうしてヒューマスにやって来たと」


「まあ、簡単に言えばそんな感じ」


 なんか、兄弟喧嘩の理由を、怯えながら怖いお母さんに説明しているみたいな感覚だ。

 兄弟いないから妄想で例えてみたけれど。


「はい、事情はわかりました。つまり私がしたことは間違っていなかったということで、引き続きあの方を止めればいいというわけですね」


「くっ――!」


 改めてオルキデを敵と認識したローズは、頼もしい背中を見せて前に立ってくれる。

 対してオルキデは怯えるように咄嗟に身構えた。

 天敵を前にした小動物のように警戒心を尖らせるオルキデに、ローズは落ち着いた様子で声を掛ける。


「ここで引き下がっていただけるのでしたら、これ以上はこちらも手を出しません。コスモスさんを理不尽に追い出したのはそちらのご家族の方なんですから、もう好きに生きさせてあげたらいいんじゃないでしょうか?」


「……」


 まだ歳若いというのに大人な意見を出してくれる。

 まったくその通りだと傍らで頷いていると、オルキデは怯えながらも反抗的な態度を示した。


「い、一般市民ごときが、我々の意思に口を出すな……! コスモスは必ずうちへ連れて帰る……! そのために私はここへやって来たのだ!」


 奴は失いかけていた闘志の炎を再び燃やして、なけなしの気迫を放ってきた。

 だが、それに対してローズが鋭い視線を返すと、オルキデは『うっ』と喉を唸らせて怯んでしまう。

 完全に蛇に睨まれた蛙だ。

 直後、オルキデは額の冷や汗を拭いながら、若干裏返った声で言った。


「だ、だがまあ、ここは妹の意思を尊重して、一度だけ出直すとしよう」


「えっ?」


「突然の婚約の知らせに、まだまともに荷物もまとめられてはいないだろうからな。何より時間を共にした仲間たちに別れすらも告げさせてやることができていない。たとえ我儘な愚妹だろうと、それくらいの時間を与えてやるのが兄心というものだ」


 そう言ってオルキデは剣を納めてくれた。

 それはまあよかったのだけれど、僕は密かに呆れた気持ちになってしまう。

 ……あいつたぶん、ローズが怖いから逃げるつもりだ。

 台詞がものすごく言い訳がましかったし。汗すごいし。ていうか手ぇ震えてるし。

 まあ、さすがに今のこの状況は明らかにオルキデ側が不利なので、撤退するのも頷ける。

 一度自陣に戻って、今一度戦力を整えてくるつもりなのだろう。

 そして今度こそ最高戦力を率いて、確実にコスモスを連れ帰るという算段なのかもしれない。

 コスモスの背後にローズみたいな怪物がいるとわかれば、一人で立ち向かうのは怖いに決まっているからな。

 気が付けば、周りにチラホラと騒ぎを聞きつけた町の人たちが集まっていた。

 いよいよ大事になりそうなその間際に、オルキデは踵を返す。


「で、では、二週間後に再び迎えにやって来る。それまでに必要な荷物をまとめておくんだぞ、コスモス」


「……」


 最後にオルキデは、念を押すように語気を強めて言った。


「それと、逃げようだなんて間違っても考えるなよ。私たちはいつでも君のことを“見ている”からな」


 そう言い残して、オルキデは去っていった。

 とりあえずの問題が目の前からいなくなって、僕は大きく胸を撫で下ろす。

 と同時に、密かに怒りの感情を募らせた。

 あいつ、ゴミそのままにして行きやがった。あいつが散らかしたも同然なのに。

 仕方ないからそれは後で片付けるとして、僕は今一度安堵の息をこぼしながらローズに伝える。


「はぁ、ありがとうローズ。ローズが来てくれて助かったよ」


「は、はぁ……。私は特に何かをした覚えはないんですけど」


 まあ、ただ立って喋っていただけだからね。

 ローズ自身は特別何かをした気はしないだろう。

 でも実際、それにはとても大きな意味があった。


「あいつが大人しく引き下がったのは、ローズが来てくれたおかげだよ。君がいなかったら今頃、ここがどうなってたか……」


「ま、まあ、お役に立てたのでしたら何よりです。たまたま今日は帰りが遅くなって、偶然この道を通りがかってよかったかもですね。あの、それよりも……」


 不意にローズは、心なしかつぶらな瞳を僅かに細めた気がした。


「コスモスさん、怪我でもしているのでしょうか?」


「えっ?」


「だって、ずっと背中に……」


 言われてハッと思い出す。

 そういえば今、コスモスは僕の背中に張りついているのだった。

 具体的には僕の背中に体を寄せて、肩をぎゅっと握っているのだ。


「あぁ、そうだった。いるの忘れてた」


「そんなに私ちっちゃくないわよ!」


 なんだか久々にコスモスの声を聞いた気がするなぁ。

 そうやってずっと黙っていたこともあって、すっかり背中にいることを忘れていたのだ。

 遅まきながら僕は身を屈めて、コスモスに下りるように促す。

 しかし彼女は一向に背中から離れることはなく、ぎゅっと僕の肩を掴んでいた。


「……? 早く下りてよ」


「そ、その、情けない限りなんだけど、そこの赤髪の子の気迫に当てられて、腰が抜けちゃったっていうか。色々と衝撃的なことも多かったから、今はまともに歩ける気がしなくて。だ、だから、もう少しこのまま……」


「……う、うん。別にいいけど」


 確かにローズが登場した時の緊張感で、僕も足に根が生えてしまったからな。

 まだ未熟なコスモスにとって、あれは地獄以外の何物でもなかったはずだ。

 ただまあ、この辺りのゴミを片付ける時は下りてほしいなぁ。

 そんなことを思いながら、仕方なくもう少しだけおぶったままでいると、不意にローズと視線がぶつかった。

 何やらとても複雑そうな顔でこちらを見ている。


「ど、どうしたのローズ?」


「……いえ別に」


 彼女はそれ以上何も言わずに視線を逸らしてしまった。

 ローズのその様子はとても気にはなったが、とりあえずそろそろゴミの片付けと事態の収拾に移らなければならない。

 ひとまず周りに集まって来た人たちには、躓いてゴミ山に突っ込んでしまったと説明をしておく。

 少し苦しいかもと思ったが、これ以上事態がややこしくならないために計らっておいた。

 やがてコスモスの調子が戻ってきたことを確認すると、彼女を下ろして掃除に取り掛かる。

 ローズにも手を貸してもらいながら、散らかったゴミを元の場所に戻していると、コスモスの不安げな声が耳に届いてきた。


「これから私、どうしたら……」


「……」


 それはとても難しい問題だと思う。

 簡単に答えが出るはずもないだろう。

 だからまあ、とりあえずは……


「あ、あのさ、ここら辺の片付け終わったら……いったんうち来る?」


「……」


 このあと一人で宿部屋に戻るのはかなり不安だろう。

 それと、ごちゃついた気持ちを落ち着けられる場所も必要だろうと思って提案すると、コスモスはゆっくりと頷いた。

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