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第二十九話 「刺客」


 それからさらに一週間も修行を続けたが、コスモスに目立った変化は起きなかった。

 レベルは上がったけど恩恵値にほとんど変わりはない。

 何か新しい能力が発現することもない。

 さすがに魔力値には変動があったけれど、使えるのが石ころを飛ばすだけの魔法なので、少し上がったくらいでは劇的に強くなることはない。

 昇級試験まではまだ時間があるので、変に焦る必要はないが。

 まあ僕としてはもう少しレベルを上げてもらって、もっと育成報酬をもらいたいところだけど。

 こんな形で遠征ばかりしていては、育て屋として生計を立てるのは難しくなってくる。

 気軽に他のお客さんを取ることもできないし、活動方式や価格についての見直しも視野に入れないといけなさそうだ。

 そんなこんなありつつも、今日もギリギリまで遺跡にて修行をした僕たちは、夜遅くにヒューマスの町に帰って来た。

 東区の住宅区に辿り着くと、いつも通り解散しようとする。


「じゃあ、また明日同じ時間に」


「……」


 そう言って別れようとすると、コスモスが浮かない顔をしていることに気付いた。

 というか、目に光が宿っていない。

 まるで抜け殻のようになっているコスモスを見て、僕は思わず問いかけた。


「ど、どうしたのコスモス?」


「……私って、いったいなんなんだろうね」


「……」


 あははぁ、とコスモスの口から渇いた笑いが漏れ出てくる。

 コスモスが謎の精神状態に陥ってしまった。

 自暴自棄とでも言うのだろうか。

 まあ、ここまで頑張ってもほとんど成長できていないので無理もない。

 大人しいのはすごくありがたいけど、これはこれでやりづらいな。

 とりあえず慰めておこう。


「昇級試験まであと一ヶ月くらいあるし、その間にできることをやっていこう。試験内容次第になるけど、あと一ヶ月も修行すれば充分に合格が狙えるくらいにはなると思うからさ」


「……でも最近、レベルもあんまり上がらなくなってきたじゃない。最初の頃に比べて、今は三日に一つ上がったらいい方でしょ」


「ま、まあ、それはそうなんだけど……」


 もうあらかたの遺跡魔獣を倒しちゃったからね。

 レベルも“20”を超えたわけだし、初討伐神素が手に入らないと鈍足になるのは仕方がないことだ。

 その状況のせいもあってか、コスモスはますます気持ちを沈ませているようだった。

 かといって、別の種類の魔獣を倒しに行くのも難しいしなぁ。

 今のコスモスの力量では、あそこ以上の魔獣を倒すことはおそらくできない。

 僕の支援だけでは限界があるので、現状はあの遺跡地帯で魔獣討伐を続けるしかないのだ。

 僕も育て屋として、何かいい育成方法がないか考えてはいるんだけどね。


「こんなんで本当に、一級冒険者になることができるのかしら。夢のまた夢のような話に思えてきちゃったわ……」


 コスモスはいつもの調子をどこかにやり、すっかり自嘲的な気持ちになっている。

 そんな彼女を見兼ねて、僕は励ましの声を掛けようとした。

 しかし寸前で言葉を飲み込み、代わりに僕は別の台詞を掛けることにする。

 おそらくコスモスには、こちらの方が効果的だ。


「じゃあ、やめるか?」


「えっ……」


「これ以上強くなるのは難しい。なら潔く才能がなかったって諦めた方が、色々と気楽でいいんじゃないのか」


「……」


 何を言っているのだと、コスモスは耳を疑うような顔でこちらを振り向く。

 僕は非情にも、かなり現実的な意見をコスモスに伝えた。


「正直実家に仕返ししてやろうって計画も、具体性がなくて曖昧なものだったし、これからはただの冒険者コスモスとして、細々と生活を送る方が幸せなんじゃないのか」


 仕返しなんてやめておけ。

 成功する可能性は限りなく低いぞ。

 単純にそう伝えてやる。

 コスモスは唖然とした表情で立ち尽くして、やがて歯を食いしばりながら深く俯いた。

 とても悔しそうな様子を見せる彼女に、僕は再び問いかける。


「で、もう一回聞くけど、修行やめるか? やめないか?」


「…………やめ、ない」


「声が小さくて聞こえないんだけど」


「やめないって言ってるの! 少し弱音吐いたくらいで勘違いしないでよね! 私がそう簡単に諦めるわけないじゃない!」


 コスモスはいつものツンツンとした顔を上げて、強気な様子を取り戻した。

 やっぱコスモスはこうじゃなきゃね。

 らしくなく弱気な様子を見せられたら、こっちの調子まで狂ってしまうのだから。

 それにああは言ったけど、本音を言えばコスモスには夢を叶えてもらいたいと思っている。

 まだ短い間だけど、コスモスと一緒にいてわかった。

 この子は誰かに負けちゃいけない。負けっぱなしでいていい存在じゃないのだ。

 たとえ望みが薄くても、今の目標に向かってがむしゃらに突き進んでほしい。


「じゃあ、また明日からも遺跡地帯で修行だね。同じ時間に集合で大丈夫?」


「もっと早くてもいいくらいよ! あんたに挑発されて、俄然やる気が出てきちゃったんだから!」


「ちょ、挑発したつもりはないんだけど……」


 むしろ励ましたつもりだったんだけどなぁ。

 コスモス本人には上手く伝わっていないみたいだ。

 ともあれコスモスが元気になってよかった。

 そして改めて集合時間を決めた僕たちは、今度こそここで解散することにした。


「やあやあ、そこにいるのは我が妹のコスモス・エトワールじゃないかい?」


「えっ……?」


 刹那、聞き知らぬ声が僕たちの耳を打つ。

 コスモスと同時に声のした方を振り向くと、道の先に一人の男が立っているのが見えた。

 高そうなジャケットコートとスリムなパンツに身を包んだ、身持ちの良さそうな青年。

 歳の頃は僕と同じか少し上といったところだろうか。

 荒れた様子のないきめ細やかな肌。整った顔立ちと美しい佇まい。

 街灯に照らされた紫色の長髪は、目を奪われるほどの艶やかさと輝きを纏っている。

 見るからにいいとこのお坊ちゃんという感じだけど、いったい誰だろうこの人?

 ていうか今、コスモスのことを“我が妹”って……


「……オ、オルキデ兄様?」


「兄様?」


 コスモスは目の前の青年を見て呆気に取られている。

 彼女が兄様と言ったことからも、あの青年が話に聞いていた二つ上のお兄さんだろうか。

 似ているような、あんまり似ていないような……


「随分と探したよコスモス。まさか君が冒険者になっているとは思わなかったな」


「さ、探した?」


 コスモスの眉が寄り、彼女は警戒するように後退りする。


「ど、どうして今さら、兄様が私のことを探しに来るのよ。探される理由なんて……」


「父様の意思だよ。君をノワール伯爵家に連れ戻すように、私は父様から命を受けたんだ」


「な、なんで父様が……!?」


 その発言には僕も疑問を抱いてしまった。

 コスモスから聞いた話の通りなら、確か彼女は……


「私のことを追い出したのは父様の方じゃない! それなのに今さら連れ戻そうとするなんておかしいわよ!」


 そう、コスモスを家から追い出したのは、他でもない父親だったはずだ。

 それだというのにどうして今になって連れ戻す気になったのだろうか。

 そんな疑問を受けて、コスモスの兄は不敵な笑みを浮かべた。


「君の婚約が決まったんだ」


「……はっ?」


「相手はリッシュ侯爵家の跡取り息子である、ポンセ・ルルド殿だよ」


「……」


 コスモスは再び呆然として、突如聞かされた話に言葉を失くした。

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