第二十八話 「いまだ光を知らぬ星」
怒り心頭のコスモスを見て、僕はチラッと彼女の天啓に目を向けた。
【天職】星屑師
【レベル】20
【スキル】詠唱
【魔法】流星魔法
【恩恵】筋力:F85 敏捷:E130 頑強:F55 魔力:D300 聖力:E160
まあ確かに、全然強くなれていない。
恩恵値にほとんど変化はなく、新しいスキルも魔法も発現していない。
コスモスが怒りをあらわにするのも納得できる天啓である。
とりあえず僕は彼女を宥めるように口を開いた。
「レ、レベルは順調に上がってるじゃんか」
「レベル“だけ”ね! それ以外がほとんど何も変わってないじゃない! いまだに石ころを飛ばす魔法しか使えないし、こんなんじゃ一級冒険者どころか四級にすら上がることができないわよ!」
「……って、言われてもなぁ」
僕の育成師のスキルは、あくまでレベルの上昇を手助けするためのものだ。
さすがに恩恵値までいじることはできない。
まあ、魔力が僅かに上がっているのが不幸中の幸いではある。
おかげで飛ばす石の大きさと速さが僅かにだけど上がってきたから。
ただやはりそれだけだと強くなった実感はほとんど湧かないだろう。
「やっぱり前と何も変わってないわ! どれだけレベルを上げてもほとんど天啓が変わらないし、何か新しい力に目覚めることだってない! 家を追い出された時から何も成長してないじゃない!」
その怒りもごもっともだと同感した。
いくらなんでもこの天啓は不思議で満ちているから。
天職には何かしらの“強み”というか、“軸となる能力”が必ず決められている。
まるで神様が『この天職はこの力を生かして戦うのだ』と啓示しているかのように。
例えば僕の『育成師』の場合は『他人の成長を手助けする力』。
ローズの『戦乙女』の場合は『純粋な力強さと俊敏さ』。
いや、ローズの場合は元の天職が『見習い戦士』だったか。
レベルを限界値に到達させることで『戦乙女』に限界突破する力。
となると彼女の天職の強みは『爆発的な覚醒力』ということになるだろう。
同じ具合でコスモスの『星屑師』にも、何か隠された力があると感じていたんだけど。
「……やっぱり私、才能ないのかな」
「……」
そう自虐的になってしまっても無理はない。
もう星屑師はただの外れ天職だと割り切ってしまった方が気が楽なのではないかと。
「……まあ、レベルは着実に上がってるわけだし、これならまだマシな方だよ」
「マシ?」
「ローズの時なんか、まったくと言っていいほどレベルが上がらなかったし、上がったとしてもコスモスと同じくらい天啓に何の変化もなかったからね。おまけにレベル一桁の段階でそんな感じだったから」
「あの赤髪の子が……」
だからこそだろう。
ローズはその晩熟という壁を乗り越えたことで、爆発的に進化することができた。
天職には何かしらの強みがある反面、弱みとなる部分もしっかりと存在している。
そして強みが大きいほど弱みも際立つようになっていると僕は思っているのだ。
僕は『成長の手助けができる』代わりに『戦闘的な能力を会得しない』という弱みを持つ。
ローズは『爆発的な覚醒力』がある反面、『覚醒前は貧弱』という弱点があった。
だからコスモスのこの弱さも、隠された強さを示唆しているものなんじゃないかって思ったりもしたけど……
まあ、まだコスモスに才能がないと決まったわけではない。
「あの子、最初からあんなに強かったわけじゃないのね。てっきり始めから才能があったと思ってたわ」
「最初から優秀だったら、そもそも僕の所には来てなかっただろうね。ていうか初めて来た時はものすごく弱かったんだよ。それこそ今のコスモスよりもずっとね」
「……その言い方だと、遠回しに私のこと弱いって言ってない?」
薄ら笑みを浮かべながらスッと杖の先を向けてくるコスモス。
ぶんぶんっと激しくかぶりを振ると、幸いなことに彼女は杖を引っ込めてくれた。
自分で自分を弱いと言うのはいいけど、他人から言われるのは気に食わないらしい。
ともあれ話を続ける。
「本来レベルは、低いうちはかなり上がりやすいんだけど、ローズの場合は一年も活動して“3”までしか上げられてなかったんだ。おまけに恩恵値も最低評価でスキルも魔法も何もない。絶望するなら充分な材料が揃ってたよ」
「じゃあ、なんで今はあんなに強くなってるのよ。あんたが力を貸してもまったくレベルが上がらなかったんでしょ? それなのに今じゃ、一級冒険者と遜色ないほどの力を感じる。ていうかあんなのもう勇者と変わりないじゃない」
そう言った直後、コスモスは不意にハッと目を見開く。
そしてタタッと僕の眼下まで駆け寄って来ると、精一杯背伸びをして怪訝な顔を近づけてきた。
「まさかあんた、私に隠してる裏技とか使ったんじゃ……」
「な、ないよそんなもの。ローズがあそこまで強くなれたのは、完全にあの子の“才能”と“根性”のおかげだよ」
遅まきながら僕は、コスモスに限界突破について説明をする。
ローズには事前に許可は取っているので、参考として彼女の天職の秘密を明かすことにした。
どうやらコスモスも限界突破の存在自体は知っていたらしく、得心したような反応を見せてきた。
「なるほど、限界突破なら納得ね。噂には聞いたことがあったけど、まさか本当に天職を進化させる人間がいるなんて」
「ま、そういうわけで、ローズは劇的に強くなったってわけだよ。別に秘密にしてる裏技を使ったとかじゃないから」
そう説明することで、コスモスは怪訝な視線を解いてくれた。
ていうか僕だって裏技を持っていたら、隠さずに使ってあげたいくらいだ。
それほどまでに今は、手詰まりになってしまっているから。
コスモスもローズみたいにドカンと限界突破してくれたらいいんだけど。
なんて現実逃避じみた考えを抱きながら、ぼんやりとコスモスの天啓を見つめていると、一つだけ気になるものを見つけた。
「そういえば、『詠唱』スキルっていうのはどういうスキルなんだ?」
天啓を見た時からほんの少しだけ気になっていた。
詠唱スキルとはいったいどんな効果があるのか。
今日までそれを使っていた気配もなかったし。
やろうと思えば神眼のスキルで効果を覗き見ることもできるけれど、やはり勝手に見るよりかは本人から聞いた方がいいだろう。
そう思って問いかけてみると、コスモスは一瞬だけ複雑そうな顔になった気がした。
「……つ、使えないスキルよ。定められた式句を唱えることで、魔力がほんの少しだけ上がるっていう、外れ天職にお似合いの外れスキル」
「……? 別に普通に使えそうなスキルだと思うけどなぁ。式句を唱えるだけで魔力を上げることができるんだろ? 致命的な欠点もなさそうだし、なんで今まで使わなかったんだ?」
「……」
コスモスはなぜか気まずそうに目を逸らしてしまう。
次いで言葉を詰まらせながら、なんだか言い訳がましい感じで続けた。
「い、色々問題があるのよ。式句が長ったらしくてしょうがないし、戦闘中に隙を晒すわけにもいかないし、その割に魔力の上昇率も微妙だし」
「でも、止まってなきゃ使えないわけじゃないんだろ? それなら動き回りながら式句を唱えれば、そこまで隙を晒すわけにもならないし、何よりコスモスの魔法にはもっと威力がほしいところだ。これからは積極的に使った方がいいんじゃないかな」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「ていうかさ、試しにちょっとだけ使って見せてよ」
「……」
純粋にその詠唱スキルについて気になってきた。
似たようなスキルを使っている人だって見たことがないので、若干前のめりになってコスモスを見る。
すると彼女は僕から目を逸らしていたものの、やがてこちらの視線に耐え切れなくなったと言わんばかりに黒髪を掻いた。
「あぁ、もう!」
コスモスはやけくそ気味に杖を構える。
次の瞬間、耳を疑うような台詞が遺跡地帯に鳴り響いた。
「【キラキラの笑顔――ドキドキしたこの気持ち――輝けわたしの一番星】――【流星】!」
コスモスが構えた杖の先から、通常時よりも僅かに大きな石が飛び出してくる。
それは遺跡に立っていた石柱の一本に衝突して粉々に砕いた。
威力がほんの少しだけど上がっている。これが詠唱スキルの効果か。
いや、それよりも僕は、コスモスが口にした台詞の方が気になってしまった。
「……な、なんすか今の?」
「これが詠唱に必要な“式句”なの! それくらい察しなさないよ!」
コスモスは今までにないくらい真っ赤な顔をして地団駄を踏んでいる。
ていうか今のが式句って…………めちゃくちゃダセェ。
意味もまったくわからないし、なんだか子供っぽい言葉を羅列しただけのようだ。
コスモスが心底恥ずかしそうにしているのも納得である。
いやでも、幸いなことに彼女は幼い容姿をしているため、そこで僅かに助かっている部分はある。
もう少し可愛らしく、あざとい感じで言えば、割と違和感はないんじゃないだろうか。
ていうか……
「そ、そんなに恥ずかしがるくらいなら、わざわざやらずに天啓を見せてくれたらよかったんじゃ……」
「あんたが『試しに使って見せて』って言ったんじゃない!」
憤慨したコスモスは、『スキルを示せ!』と怒鳴って羊皮紙のような紙を出す。
それを投げつけるようにしてこちらに寄越してきた。
『詠唱』・レベル6
・式句詠唱によって魔力倍増
・魔法発動まで効果持続
・効果重複不可
・魔力上昇1.3倍
・【キラキラの笑顔――ドキドキしたこの気持ち――輝けわたしの一番星】
中身を確認すると、コスモスはいまだに頬を紅潮させながら怒声を上げ続ける。
「これでわかったでしょ! この欠陥だらけの能力が私の『詠唱』スキルなの! 外れ天職にお似合いの超大外れスキルっ!!!」
「……」
まあ、外れと言えば外れなんだけど。
主に恥ずかしい式句を唱えなければならないところとか。
それに魔力上昇率は普通で、危険を冒して詠唱するほどの恩恵はあまり感じない。
ぶっちゃけ支援魔法の倍率とほとんど変わらないし。
どうやら効果も一回限りで、魔法を使う度に詠唱をしなければならないようだ。
類似的な効果の重複もできないようなので、それなら僕の支援魔法をもらった方が利口だろう。
ただ、気になる点が一つだけあった。
「このスキル、もう結構使ってたりするのか?」
「えっ……? いいえ、まったく。最初の方に父様に言われて何回か試したり、たまに気分で使ったりもしてきたけど、頻繁には使ってないわね」
「ふぅーん……」
人知れず顎に拳を当てて考え込んでいると、コスモスが真っ当な理由を話した。
「だって一回詠唱するよりも、三回魔法を使う方が早いでしょ? 何よりこんな恥ずかしい式句を唱えなくても済むし」
「……それはごもっともだね」
魔力上昇の倍率と成長率から考えても、普通に魔法を使った方が良さそうだ。
まあ、次の戦闘まで一呼吸を置けるのであれば、その間に詠唱をして戦闘準備を整えるくらいには使えるだろうけど。
ともあれ現時点では他に有効的に生かせそうもないので、別の使い道は追々考えることにしよう。
「とりあえずこの辺りの魔獣の討伐を続けることにしようか。レベルを上げて、新しい能力が発現する可能性に賭ける方が現実的だし。まあ一応、スキルもちょこちょこ使っていくってことで」
「え、えぇ、そうよね……。修行のため、だものね……。や、やってやるわよ」
コスモスは幼なげな顔を真っ赤にさせながら、ものすごく躊躇いつつも頷いてくれた。