第二十七話 「その石ころは原石か」
コスモスの手助けをすることになり、さっそく翌日から行動を始めた。
どうやらコスモスは、普段は“西の森”にて魔獣討伐をしているらしい。
あの石ころの魔法だけで戦ってきたと考えると、すごく涙ぐましい限りだが。
ともかくその話を聞いて、僕はそこでの修行はやめておくことにした。
西の森はローズと一緒に魔獣討伐をした実績もあるので、できればそこで成長の手助けをしたかったのだが。
すでにあの辺りの魔獣と戦ったことがあるのなら、初討伐神素の恩恵を受けることができない。
効率よくレベルを上げるのならば、やはり初討伐神素は積極的に狙っていきたいから。
「じゃあ、どこに行くっていうのよ?」
当然の疑問を投げかけられた僕は、僅かに考えてから答えた。
「少し歩くけど、東の遺跡地帯に行こう。あそこなら戦ったことがない魔獣が多いと思うから、もし倒せれば初討伐神素を大量に獲得できるはずだし」
「遺跡地帯? そんなところあったかしら?」
行けばわかるよ、という会話を、僕たちは前の日に済ませておいた。
そして翌日の早朝に待ち合わせをして、遺跡地帯に向かうべくヒューマスの町を旅立つ。
東の遺跡地帯には、歩いて行くとなると丸一日も掛かるので、行きは馬車を使うことにした。
それでとりあえずは目的地近くの小さな村までは運んでもらえる。
馬車を使うことで三時間ほどで村まで辿り着き、残りの距離は自分たちの足で歩いていく。
そこから一時間ほどで遺跡地帯に辿り着き、最終的に掛かった時間はおよそ四時間程度となった。
これなら日帰りできない距離ではない。
一応、僕の家の玄関に『出張中』の手作り札を掛けておいたので、最悪村に滞在しても大丈夫ではあるけど。
まあ、早く帰れるに越したことはないので、早々に僕たちは修行を始めることにした。
「なんか石クズばっかりの場所ね」
コスモスは初めて見る遺跡の景色に、物珍しそうな視線を向けていた。
苔むした石造りの建造物たち。
あちこちに石の破片や砕けた石柱が乱立していて、荒れた有り様になっている。
この場所は駆け出し冒険者たちにもあまり知られていない場所で、たまに討伐依頼に訪れるくらいのところだ。
出没する魔獣がかなり厄介で、戦いづらい環境ということが足を遠ざける要因になっている。
その分、誰にも邪魔されずに修行ができると思ったので、こうしてコスモスを連れてきた次第だ。
ローズの時みたいに、帝蟻を倒して一気にレベルを上げてもよかったけど、一応それはやめておいた。
正直、あの方法は危険すぎるから。
僕が兵蟻を駆除して、その隙にローズが帝蟻を単独撃破する。
思い返すと綱渡りな方法だったと思えてくる。
あの時上手くいったのは、言ってしまえば運が良かったからだ。
それとローズならばまだ、支援魔法込みで勝てる見込みがあったけれど、コスモスの場合はかなり怪しい。
という諸々の不安もあったので、今回は遺跡の魔獣を目標にさせてもらった。
「ギギギッ!」
軽く遺跡の散策をすると、さっそく魔獣が襲いかかってきた。
四角い煉瓦で組み上げられた人形。
名前を『石偶』という。
大人の男性ほどの大きさがあるその人形は、まるで壊れたおもちゃのような鳴き声を上げながら飛びかかってきた。
「じゃあ、作戦通りに」
「了解よ!」
コスモスは、石造りの腕を乱暴に振り回してくる石偶から距離をとる。
一方で僕は懐からナイフを抜き、石人形の攻撃を刃で受け流した。
正直、この手の武器での応対は、相性がかなり悪い。
最悪武器を砕かれてしまうかもしれないが、あいにく僕にはこれ以外にできることがないのだ。
まあ、こちらから無理に仕掛けなければ武器が砕かれてしまうことはないだろう。
何より僕は、ほんの少しだけ魔獣の気を逸らせればそれでいい。
この魔獣を倒すのは僕ではない、コスモスだ。
「【魔力強化】」
僅かに離れたところに立つコスモスに、僕は遠隔で支援魔法を掛ける。
コスモスの体に青い光が瞬くと、それを合図にするように彼女は杖を構えた。
「【流星】!」
先日に見た石ころよりも、僅かに大きな石が杖の先から射出される。
石はかなりの速さで僕の横を通り過ぎていき、激しい音を立てて石人形に激突した。
人形の体に僅かにヒビが入る。
「今だコスモス!」
「【流星群】!」
石偶が怯んでいる隙に、コスモスは続け様に魔法を放った。
杖先から石が連発されて、立て続けに人形の体に叩きつけられていく。
やがて奴の体のヒビが広がっていくと、いよいよ石造りの体の左半分が砕け散り、バランスが保てなくなって地面に倒れた。
「ギギ……ギ……!」
これまた壊れたおもちゃみたいな声を出しながら、石偶はガラガラと崩れていった。
後に残された煉瓦の山を見つめて、僕は人知れず頷く。
よかった。今のコスモスの魔法でも充分に倒せるみたいだ。
鋭利な武器での攻撃は通用しそうになかったけれど、コスモスの魔法ならばかなり相性がいいみたいだし。
そのことに安堵していると、コスモスが石偶の残骸を見つめて固まっていることに気が付いた。
彼女はその視線を杖の先と自分の手に移していき、最後に僕の方に向けた。
「これが、支援魔法……。私の魔法でも、あんな威力になるのね」
「うん、来る時に説明した通りだよ。これが育成……じゃなくて、育て屋が得意としてる魔法なんだ。これなら今のコスモスでも、問題なくここら辺の魔獣を倒せるみたいだね」
「……」
静かに笑いかけると、コスモスは驚いた表情をそのままに固まってしまう。
やがてハッとした様子で目を逸らすと、なぜか頬を赤らめながら悔しそうな反応を見せた。
「そ、そこそこ役に立つ魔法みたいね。まあ、こっちはお金を払うわけだから、それくらいやってもらわないと困るんですけど……」
「……お気に召したみたいで何よりだよ」
なんとも遠回しに褒めてくれた。
素直に言ってくれた方が嬉しいんだけど なんて思いながら、僕は改めて伝える。
「よし、それじゃあこの調子でどんどん行こう。って言っても、安全を第一に考えたいから、魔力が尽きそうになったらすぐに教えてね」
「わかったわ」
というわけで僕たちは、あくまで安全第一で魔獣討伐を進めることにした。
コスモスの手助けを始めてから、早くも“一週間”が経過した。
今日も同じく石造りの魔獣をたくさん倒して、天職の成長に欠かせない神素を稼いでいく。
そろそろ石型の魔獣も倒し慣れてきて、あらかたの種族も狩り尽くしただろうという頃。
不意にコスモスは自らの天啓を確認した。
そして彼女は、天啓の紙をバシンッと石畳に叩きつけて、遺跡中に響くような叫び声を上げる。
「全っっっ然!!! 強くなれてないじゃない!!!」