第二十五話 「石ころの魔法使い」
コスモスとの手合いを終えて、再び僕の家。
ローズのおかげもあり、僕の育て屋としての力をようやくコスモスに認めてもらえた。
というわけでいよいよ本格的に依頼の話に移る。
そのためにもう一度僕の自宅に戻ることにしたのだが、テラさんは明日も朝が早いようなので、手合いを見届けてから帰ってしまった。
そんな彼女と入れ替わるようにして、今度はローズが家について来る。
そして自宅に戻る合間に、現状についてローズに詳しく説明しておいた。
彼女は若干複雑そうな顔をしたものの、育て屋としての初仕事が舞い込んできて嬉しそうにしていた。
「さて、じゃあコスモスの成長の手助けをするわけなんだけど……」
改めてお茶を淹れ直し、具体的に仕事の話をすることにした。
「まず最初に、コスモスの目標は何か聞いておいてもいいかな?」
「目標?」
「目標というかゴール地点かな? レベルいくつになりたいとか、何級冒険者に昇級したいとか、そういうのを最初に聞いておいた方がいいと思って」
漠然と成長の手助けをするよりも、目標を明確にして修行をした方が効率がいい。
ローズの時も『四級冒険者になる』という目的が見えていたから、すごく手助けしやすかったし。
せめてレベルいくつくらいになりたいのかだけでも言ってもらえたら、こっちとしてもとてもやりやすいんだけど。
「そもそも、どうしてコスモスは冒険者になろうと思ったんだ? テラさんの話だと、誰ともパーティーを組まずに難しい依頼を受けようとしてたって……」
ずっと気になっていたことを尋ねてみる。
するとコスモスは、淹れたての熱いお茶に苦戦しながら、理由を話してくれた。
「別につまらない話よ。実家を追い出されて食い扶持がなかったから、色々と都合がいい冒険者になったってだけ」
「追い出されて?」
何やら穏やかならない台詞が出てくる。
「私の家、ノワール伯爵家って言って、父様はこのコンポスト王国の地方で領主をやってるの」
「えっ? ってことは、コスモスは伯爵令嬢でお嬢様ってこと?」
「えぇ、まあそうね」
見た目と性格からしてただの生意気な小娘だとばかり思っていたけど。
ジトッと訝しい目でコスモスを見ていると、彼女は慎ましい胸を張って言った。
「今からでもコスモス様って呼ぶことを許可するわよ」
「いやでも、実家追い出されたんでしょ?」
「うっ……! そ、そうね、その通りよ……」
冷静なツッコミにより、コスモスの胸はしゅんと萎んでいく。
加えて今にも泣き出しそうな、寂しげな顔をすると、テーブルの上に置いた拳を静かに握り込んでいた。
「私はもう、ノワール伯爵家の子だと名乗ることを許されてない。家の敷居を跨ぐこともできなくなったんだから」
「な、なんでそんなことになったんだ? その歳で勘当なんて……」
実家を追い出される話そのものは珍しくもないけど、コスモスは見る限りまだ十代だ。
下手したらもっと下にも見えるくらい幼い……しかも男の子ではなく女の子を、一方的に家から追い出すなんて異常な話である。
何かよっぽどの理由でもない限りあり得ないことだと思うけど……
「も、もしかして、何かとんでもない罪を……」
「勝手に人を犯罪者にしないでよ! 別に私は何もやってないわ!」
コスモスのキンキンとした声が家に響く。
それから彼女はムスッとした表情で、右手を開いて唱えた。
「【天啓を示せ】」
とても神様にお願いしているような態度ではないものの、天啓はちゃんと彼女の手元に現れる。
丸まった羊皮紙として顕現したそれを、コスモスは雑にこちらに放ってきた。
突然のことだったため、思わず取り落としそうになりながらもきちんと掴む。
コスモスが「見なさいよ」と言わんばかりの顔でこちらを見ていたので、僕はそれを開いて中身を確認した。
【天職】星屑師
【レベル】15
【スキル】詠唱
【魔法】流星魔法
【恩恵】筋力:F80 敏捷:E120 頑強:F50 魔力:D250 聖力:E150
まあ、僕が神眼のスキルで見た通りの天啓だ。
コスモスには勝手に覗き見たことを伝えていないので、おそらく知らないと思って渡してくれたのだろう。
だからどんな反応をするべきか迷っていると、コスモスは再び悲しげな顔をして言った。
「私が追い出された原因は、この“天職”のせいよ」
「天職? っていうと、この星屑師って天職のこと?」
やはり思い返してみても、聞いたことがない天職だ。
魔法使い系の天職にしては地味な力しか持っていないし、色々と謎の多い天職ではあるけど。
これが原因で家を追い出されるなんてことがあるのだろうか?
「あんたはこの天啓を見て、正直にどう思う?」
「……」
もしや何か試されている?
思わずそう考えてしまった僕は、恐る恐る尋ね返した。
「しょ、正直に言っても怒らない?」
「私が言えって言ったんだから怒るわけないでしょ。いいから早く言いなさいよ」
「えっと、その…………正直、めちゃくちゃ弱いと思います」
ピキッと、コスモスの額に青筋が立った気がした。
けれどそれだけにとどまり、怒りを発散するように“ふぅー”と長々とした息を吐き出す。
ギリギリで持ち堪えてくれてよかった、と安堵していると、コスモスは怒りの感情を面に滲ませながら続けた。
「そう、誰がどう見ても私の天職は弱い。自分でもそれは充分にわかってるわ。このレベルになってもすべての恩恵が最低クラスで、一向に強くなる気配がない。魔法も地味で応用が効かない単純な性能だし、完全に弱小天職よ」
抱えている不満をすべて吐き出すように、コスモスは言う。
手合わせをした時も思ったけど、やっぱり彼女の天職は不憫なくらい弱い。
強気なコスモスが思わず自嘲的になってしまうのも、無理はないと思えるくらいに。
「そんな”外れ”とも言える天職を授かっちゃったせいで、私はノワール伯爵家から追い出されたってわけ」
「えっ? ちょ、ちょっと待った。弱い天職を授かっただけで、家を追い出されるなんてことがあるのか?」
突然話が飛躍して、僕はつい言葉を挟んでしまった。
外れの天職を授かったから家から追い出された?
それはいくらなんでも理不尽な気が……
「うちは元々、優秀な天職を授かることで名を馳せた家系なの。強力な天職の恩恵で、他国からの侵略や魔獣被害から自陣を守って、同時に民たちに力を示してきた一族。ていうかこの国自体が天職の力をすごくありがたがってて、そういう家系を積極的に優遇してるじゃない」
「まあ、優秀な天職を授かるかどうかって、血筋によるところが大きいって話があるからね。優秀な天職持ちの育成にも力を入れてるって話だし」
「うちはそれがより顕著にあらわれた家系ってこと」
だとすると、コスモスが実家を追い出されたとしても不思議ではない。
星屑師はどう見ても、力のない天職だし。
その時点で見限るような、過激な考えを持った親がいてもおかしくはないのだ。
まあ、少し行き過ぎな対応のようにも思えるので、他にも何か理由はありそうだけど。
そう思っていると、不意にちょいちょいと袖を引っ張られる感触を覚えた。
隣を見ると、ローズがとても困ったように眉を寄せている。
「ど、どうしたのローズ?」
「今のお話でわからないところがあったんですけど、優秀な天職を授かるかどうかは、血筋によるところが大きいってどういうことですか?」
「えっとね、天職は生まれながらにして神様が授けてくれる力でしょ? でも天職の優劣って言うか、力の強さみたいなものは血筋によって継承されるって昔から言い伝えられてるんだ。実際いいとこの生まれの人間たちは、みんなそれなりに強力な天職を授かってるし」
「そ、そうなんですか?」
優秀な天職を持つ人間の子孫は、同じく優秀な天職を神から与えられる。
って、聞くところからはよく耳にする話だ。
もちろんその話に否定的な立場の人たちはいるし、一部の国では『神は万民に対して平等である』と強く主張しているところもある。
しかし実際にこのコンポスト王国では、良質な血縁ほど優秀な天職に恵まれることが多い。
それが国の力となって多方面に影響を与えているのも事実で、現在ではそういう家柄が優遇されている。
まあ、血筋とか何も関係なく、規格外の天職を授かる人たちも少なからずいるけど。
目の前にいるローズとかまさにそうだ。
あとは勇者ダリアとかも。
そういう優秀な人材を政界に引き入れるために、たまに名前を上げた一級冒険者が、宮廷近衛兵として宮廷に招かれることもあるけど。
「もしかしたら戦乙女ローズの家系を辿ってくと、とんでもない政界人に辿り着く、なんてことがあるかもよ」
「えぇ!?」
まあたぶんそれはないだろうけど。
ローズは突発的に現れた規格外の存在という方がしっくりくる。
血筋のおかげで顕現した天職、どころの話ではないくらい超常的な力を宿しているから。
ともあれこれでコスモスが家を追い出された理由は、何となくだけど察することができた。
ただやはり、少し理不尽な話のようにも思えてくる。
「弱い天職を授かったから追い出されたってのは、やっぱり行き過ぎな話に思えるんだけど……」
「まあ、理由の大部分は天職のせいだけど、もちろんそれだけなら追い出されるまでは行かないわね」
じゃあなぜ? と疑問に思っていると、コスモスは再び悲しげな顔をして答えた。
「私がノワール伯爵家を追放された一番の理由は、父様を怒らせたのがいけなかったのよ」