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第二十四話 「自慢の教え子」

 

 僕の自宅から場所を移して、現在は外。

 東区の住宅区の一角にある広場に、僕たちはやってきた。

 普段はこの辺りに住む子供たちの遊び場になっている広場だが、すでに日も落ちかけている時間なので今は誰もいない。

 周りは簡易的な木の柵で囲われていて、中にはブランコやベンチや花壇などが設置されている。

 それらを壊すわけにもいかないので、僕たちは広場の端に寄って対峙することにした。


「さっきも言ったけど、先に相手に攻撃を当てた方の勝ちでいいよね?」


「えぇ、別にそれでいいわよ」


 コスモスの了承も得られたので、僕は戦うことに意識を傾ける。

 今回の模擬戦の目的は、あくまで僕の実力を示すことだ。

 育て屋としてきちんと依頼人の成長の手助けができるのか、それを判断するための試験。

 それと同時に、この子の強さをこの目で確かめることもできる。

 コスモスの実力が、現段階でどれほどのものなのか、育て屋として知っておいた方が都合がいいからね。

 やっぱり模擬戦をやることにしてよかったかもしれない。

 改めてそう思っていると、審判役のテラさんが合図をしてくれた。


「それじゃあ今から模擬戦を執り行うけど、二人とも準備はいい?」


 僕とコスモスは無言の頷きを返す。

 テラさんはそれを確認するや、おもむろに右手を上げてバッと下げた。


「それじゃあ、始めっ!」


 その声が広場に響くと同時に、コスモスが右手の大杖を構えた。


「【流星(メテオ)】!」


 瞬間、杖の先端に紫色の魔法陣が展開される。

 それとほぼ同時に魔法陣の中から、拳大ほどの"石”が飛んで来た。

 先ほどコスモスの天啓を見た限り、これがあの子が持っている『流星魔法』というやつだろう。

 威力と速度はそこそこ。避けるのはそこまで難しくないと思われる。

 ただ、魔法の詳しい効果までは見ていないので、いったいどんな仕掛けがあるのかはわからない。

 おそらくだけど、何かしらあの石に特殊な効果が付与されているはず。

 そう思って警戒しながら石を避けてみると……


「んっ?」


 石は、特に何の変化も起きず、僕の横をただ通り過ぎていった。

 その後、『ボトッ』と地面に落ちて、コロコロと広場を転がっていく。


「……」


 ただ、それだけだった。

 突然、爆弾のように爆発したり、別の物質に変化することもない。

 石は石ころのまま、地面の一部と化していた。


「…………えっ、それだけ?」


「な、何が悪いのよ! これが私の魔法なのよ!」


 思わず溢れた台詞に、コスモスは憤りを露わにした。

 模擬戦の最中に水を差すようで申し訳なかったが、まさかただの石を飛ばされるとは思っていなかったから。

 “魔法”と言えば、誰もが派手なものを連想することだろう。

 火の玉を飛ばしたり、洪水を引き起こしたり、刃のように鋭い烈風を吹かせたり。

 回復魔法や支援魔法はあくまで補助的な役割の魔法なので、その限りではないが、攻撃を目的とした魔法ならば前述したものを思い浮かべる人が多いはず。

 しかしコスモスの魔法は、ただ石を飛ばしてくるだけだった。

 こんな”地味”な魔法、今まで見たことがない。

 何か隠された効果でもあるのかと思ったけど、そんな気配もないし。

 ていうかおそらく、これはコスモスの魔力が極端に低いせいなんじゃないだろうか。

 最初に天啓を見た時にも思ったけど……


【天職】星屑(ほしくず)()

【レベル】15

【スキル】詠唱

【魔法】流星魔法

【恩恵】筋力:F80 敏捷:E120 頑強:F50 魔力:D250 聖力:E150


 この子、恩恵の数値がすべて低い。

 魔法使い系の天職ゆえに、筋力や頑強が低いのは仕方がないことだけど、肝心の魔力までかなり低くなっている。

 もしかしたらそれはレベルが低いせいじゃないかとも思ったのだけれど、すでに彼女はレベル15だ。

 15というと四級冒険者になっていてもおかしくないレベルで、恩恵の評価もBに到達しているものがあっても不思議ではない。

 だというのに彼女の恩恵は、すべてE前後という低いものになっている。

 その結果……


「【流星(メテオ)】!」


 身体能力がかなり低い、石ころを飛ばすだけの魔法使いが出来上がってしまったというわけだ。

 せめて魔力が高ければ、この石ころの魔法も実用的なものになっていたかもしれないのに。

 まあこれでも、弱い魔獣くらいなら、倒せないことはないんだろうけど……

 さすがにこれだけで僕はやられたりしない。

 威力も速度も何とも言えない石ころが飛んでくる中、僕は危なげなくそれを躱していく。

 図らずもコスモスに余裕を見せつけると、彼女は悔しそうに舌を打った。


「くっ、こうなったら……【流星群(メテオラ)】!」


 今度は一発だけではなく連発。

 杖の先端に出来た魔法陣から、石ころがポンポンと絶え間なく飛び出してきた。

 連続で撃てる魔法もあるのか。確かにこれは避けづらそうである。

 でも、それだけなんだよなぁ……

 そろそろ広場を散らかすのも忍びなくなってきたので、僕は手早く勝負を終わらせることにした。


「【敏捷強化(アクセル)】」


 自らに支援魔法を掛けて、速力を強化する。

 体が羽のように軽くなったことを自覚して、僕は地面を蹴飛ばした。

 瞬く間に石ころの弾幕を抜けると、その勢いのままコスモスの後ろに回り込む。

 彼女がハッとした様子でこちらを振り返ってきたので、僕は右拳を構えてぐっと握り込んだ。

 そして……


「せいっ」


 パチッと指を弾き、デコピンを一発だけお見舞いした。


「あうっ」


 コスモスは間抜けな声を上げて後ずさる。

 悔しそうに歯を食いしばるコスモスに、僕は静かに微笑んだ。


「はい、僕の勝ち。これで僕の実力はわかってもらえたかな?」


「……」


「威張れるほどの力は僕にはないけど、少なくとも今の君よりかはまだ強いと思うよ」


 事実としてそう伝える。

 広場に散らかった石ころを、テラさんがせっせと回収する姿を視界の端に見ながら、僕も近くの石を拾いながらさらに続けた。


「で、成長の手助けをすることについてだけど、これでちゃんと信用はしてもらえたのかな?」


 いまいちその実感はないんだけれど。

 するとコスモスは、俯いたまま固まってしまい、やがて小さな声をこぼした。


「……本当に私、強くなれるのよね?」


「えっ?」


「あんたを信じて任せれば、本当に“こんな私”でも、強くなることができるのよね?」


 ……こんな私。

 これほど強気な性格の子が、ここまで弱気な台詞をこぼすなんて。

 何か訳あり、といった様子だ。

 自嘲的になっているところに、慰めの言葉でも掛けてあげられたらよかったのだけれど、僕はただ事実だけを答えることにした。


「君が強くなれる確証は、残念ながらないよ」


「……っ!? そ、それじゃああんたに頼む意味が……!」


「でも、君が強くなりたいと思う限り、僕は最大限の手助けをし続ける。それだけは絶対に保証させてもらうよ」


「……」


 もしそれでもよければ、協力させてもらうと遠回しに伝えた。

 コスモスは何も言うことはなかったが、やがて弱々しい頷きを見せて肯定的な姿勢を見せてくる。

 これでとりあえずは、育て屋としての初仕事獲得って感じかな。

 なんだかコスモスには色々と事情がありそうなので、そこら辺も後で詳しく聞かないといけないけど。

 さて、それじゃあそろそろ広場を片付けて帰りますか、なんて思っていると……


「あれっ、ロゼさん?」


 広場の外から、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 振り向くとそこには、すっかり目に馴染んだ赤髪を靡かせる、ローズ・ベルミヨンがいた。


「あっ、おかえりローズ。そっか、もうそんな時間か……」


 いつの間にかローズが来るいつもの時間になっていたらしい。

 なら急いで片付けなければ、と手早く手を動かしながら、僕は不意にハタと思いついた。


「あっ、コスモス、あの子が僕が最初に成長の手助けをした、いわば一番目のお客さんだよ」


「一番目の……」


「試しにあの子とも手合いをしてみたらどうかな?」


「えっ?」


「あの子は君と同じで、まだ駆け出しの冒険者だけど、僕が成長の手助けをしてすごく強くなったんだ。僕の実力を見るよりも、ローズの力を見た方が、僕の育て屋としての腕が手っ取り早くわかるんじゃないかな?」


 我ながらいい提案だと思った。

 コスモスはまだ、僕の育て屋としての力に疑いを持っている感じがする。

 本格的に仕事の話に移る前に、それを完全に払拭しておいた方がいいと思ったのだ。

 だから一番最初の教え子とも言えるローズと、改めて手合いでもしてみればと提案をしてみると……


「……確かに一理あるわね」


 コスモスも納得したように頷いていた。

 というわけで急遽、二戦目の模擬戦開始である。


「でも、さすがに私だってあんな幼い子に負けたりしないわよ。同じ駆け出しの冒険者なんだし、見るからにひ弱そうな子じゃないの」


 次第にコスモスに強気な態度が戻ってくる。

 それについては大変喜ばしい限りだが、“幼い”ってどの口が言ってんだとも思ってしまう。


「よし、それじゃあローズ、あの子にギャフンと言わせてやれ」


「あ、あの、話の流れがまったくわからないんですけど……」


 それも当然であるため、僕は簡単に事の経緯を説明した。

 するとローズはすぐに理解してくれて、育て屋の信用を得るためならばと快く承諾してくれる。

 というより、僕のことを疑い続けるコスモスに、些かの不満を覚えているようだった。


「ロゼさんは本当にすごい人なのに、信じてもらえていないのがとても悔しいです。私が必ず証明してきます」


「……自分で言っておいて何なんだけどさ、程々にしておいてね」


 そんな忠告も挟んで、いよいよローズとコスモスの手合いが始まる。

 二人はある程度の距離を置いて、広場の端で向かい合い、各々の武器をその手に構えた。

 この時、僕は……


「それじゃあ、始めっ!」


 安易にローズに、手合いの頼みなんかするんじゃなかったと、激しく後悔することになる。

 開始の合図と同時に、コスモスが杖を構えて、その先端をローズに向けた。


「メテ……」


 瞬間、目の前に立っていたローズが姿を消す。

 一陣の風が吹いたかと思うと、気が付けば彼女はコスモスの後ろに立っていた。

 そして音もなく直剣を抜いていて、その刃をコスモスの首元に添えている。


「……動かないで、くださいね」


「……」


 ローズの控えめな声に、思わず背筋が凍える。

 僕ですら視認できないほどの超速度。

 加えて背後に立たれた時の圧倒的な存在感。

 首に刃を添えられているのを見ただけで、こっちの首にまでヒヤリと冷たい感触が走った。


「え、えっと、これで私の勝ち……でいいんでしょうか?」


 まるで疲れた様子もなく、余裕綽々といった顔のローズ。

 一方で、手も足も出せずに負けてしまったコスモスは、力が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。

 次いで……


「う……う……」


「うっ?」


 呻き声を漏らしたかと思うと、突然大口を開いて天を仰いだ。


「うわあああああぁぁぁぁぁんっ!!!!!」


「「――っ!?」」


 まさかのガチ泣き。

 いや、それも無理はなく、今のローズの迫力を間近で受け止められる人間なんてほとんどいるはずがない。

 その上、圧倒的な実力差を痛感させられて、首に刃まで添えられてしまったら、計り知れない恐怖と絶望で涙してしまってもおかしくはないのだ。

 傍から見ていた僕でさえも、背筋が凍えたくらいなんだから。


「ごごご、ごめんなさい! 泣かせるつもりはこれっぽっちも……!」


 大泣きするコスモス、慌てふためくローズ。

 そんな彼女たちがなんだかおかしく見えて、僕は思わず悪戯っぽい気分になってしまった。


「あーあ、ローズが泣かせたー」


「えぇ!?」


 ともあれ、突発的に行われた模擬戦は、これにて閉幕となった。

 ……なんだか僕の実力というよりも、ローズの恐ろしさだけが浮き彫りになった気がするけどね。

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