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第二十一話 「育て屋は大繁盛?」


 育て屋を始めると決めてから、早くも一週間が経過した。

 僕が最初にしたことは、育て屋の宣伝。

 宣伝、と言っても、テラさんを介してギルドから許諾を得て、掲示板に宣伝の張り紙をさせてもらったくらいだけど。

 そしてそれだけで、育て屋の開店の準備は終わってしまった。

 飲食店や武器防具屋を始めるのとは違って、初期段階で用意するものも特になく、店となる自宅を改装する必要もない。

 一応、ここが育て屋だとわかるように玄関の扉に張り紙だけはしておいたけど、本当にそれ以外にすることがなかった。

 あとはただ、ひたすら待つだけ。

 そして一週間が過ぎたのだが、一向にお客さんは一人も訪れていない。


「……こんなんでいいのかな」


 思わず自分がしていることに疑問を抱いてしまう。

 初日から大量のお客さんが来て大繁盛! なんて都合よく考えてはいなかった。

 何だったら繁盛されても困ると思っていたくらいだ。

 ただ、一人くらいは来てくれるんじゃないかなぁとも思っていたのだ。

 しかし一週間が経っても誰も来やしない。

 その分、のんびりできるのはありがたいけれど、これじゃあ一銭も稼げなくて食いっぱぐれてしまう。

 やっぱり堅実に冒険者依頼を受けに行った方がいいのかなぁ、なんて考えて始めていると……


 コンコンコンッ。


 と、不意に玄関の扉が叩かれた。

 まさか初めてのお客さんか!? と思わず背筋を伸ばして玄関を開けると、そこには……


「やあやあ、どうかね調子は?」


「……テラさん」


 見慣れたギルドの受付嬢さんが立っていた。

 残念なような安心したような微妙な気持ちになって、僕はため息をぐっと飲み込む。

 代わりに僕は、心の中で用意していた台詞をテラさんに放った。


「育成のご依頼ですか? レベルが一つ上がる度に300フローラ頂戴いたします」


「……私が強くなってどうすんのよ」


 テラさんは呆れた顔をしながら家に上がってくる。

 一週間前から考えていた台詞を、いまだに言えずにいるのだから一回くらいはいいじゃないか。

 ともあれ僕は、家に遊びに来てくれたテラさんにお茶を用意しながら尋ねた。


「それで、今日はどうしたんですか? もうすぐ日も落ちそうな時に」


「今日は早く仕事を上がれたから、ちょっとロゼ君の様子を見ようかなって思ってさ」


「んっ?」


 なぜ僕の様子を?

 と首を傾げていると、テラさんが家の中を見渡しながら続けた。


「ほら、育て屋やってみればって言ったの私だし、お店が順調かどうか気になってたからさ」


「あぁ、そういうことですか」


 確かに育て屋の発案者はテラさんだ。

 繁盛しているかどうか気になるのは当然なのかもしれない。


「で、どんな感じなのか見に来たはいいんだけど……」


「……まあ、見ての通り大繁盛ですよ」


「とてもそうには見えないけどね」


 一瞬、家の中に渇いた風が吹いた気がした。

 そう、見ての通りかんこ鳥が鳴いている。

 見に来てもらって大変悪いのだけれど、テラさんが求めている光景は見せてあげられそうにない。


「育て屋の宣伝をしてから一週間経ってますけど、いまだにお客さんはゼロ人です」


「……そっか。上手く行くと思ったんだけどなぁ」


 正直、僕もちょっとそう思っていた。

 ローズみたいに伸び悩んでいる冒険者たちはいつの時代でも多いから。

 何よりここは駆け出し冒険者の町だし、成長の手助けをする育て屋はぴったりの商売だと思ったんだけど。

 想像とは違ってお客は来ない。


「まあ、成長できなくて困ってる冒険者たちが多いのは、私がこの目で見て知ってるから需要はあると思うよ。それに開店したばっかりだし、みんなまだ育て屋のことを怪しいと思ってるんじゃないかな?」


「怪しい……」


 言われてみれば、確かに怪しい商売に思えてくる。

 あなたの成長を手助けします。レベルが早く上がります。レベルが一つ上がる度に300フローラです。

 この文言だけでは具体的にどんなサービスを受けられるのかがわからない。

 かといって他にどういう宣伝をすればいいのかもはっきりしないので、これ以外に手の打ちようがないけれど。

 ていうか『レベルが早く上がります』って文だけで嘘臭さが半端じゃないな。


「だから、誰か一人来てくれて、その子から良い噂とか広がっていけば、育て屋も大繁盛するんじゃないのかな? きっと時間が解決してくれるよ」


「うーん、そうだといいんですけど」


 時間が解決してくれる。

 前向きな意見なので是非参考にさせてもらおう。


「まあ僕としては、大繁盛するよりも一日に一人くらい来てくれる方が気楽でいいんですけどね」


「相変わらずだね君は……」


 またもやテラさんから呆れた視線を向けられていると……


 コンコンコンッ。


 再び扉が叩かれた。

 少し控えめな叩き方に、僕はすぐにハッとなる。


「んっ、もしかしてお客さん? ついに育て屋に初来客かな?」


「あっ、いや、今のノックはたぶん……」


 耳に馴染んだノック音を聞いて、僕は来訪者が誰なのかすぐに悟った。

 扉を開けてみると、その向こうには予想通りの赤髪少女が立っていた。


「やっぱりローズだった。いらっしゃい」


「こ、こんばんはです」


 ついこの間、四級冒険者に昇級したローズ・ベルミヨン。

 何やら手提げ袋の荷物を持って、彼女はうちにやってきた。

 ローズはあれからも、ほぼ毎日うちに遊びに来てくれる。

 テラさんと同じで育て屋が心配なのだろうか、はたまたここの居心地がいいのかは定かではないけれど。

 僕は手慣れた手つきで、何も言わずにローズから荷物を預かり、彼女を中に招き入れる。

 その光景を、何やら意味深な目で眺めていたテラさんが、ローズを見て右手を上げた。


「やあ、ローズちゃん。お先に失礼してるよ」


「テ、テラさん……?」


 ローズは先にいたテラさんを見て、驚いたように目を丸くした。

 次いでなぜか居心地悪そうに身をよじり、来たばかりだというのに玄関の方に後退りしていく。


「あ、あの……もしかしてお邪魔でしたでしょうか?」


「「えっ?」」


「だ、だって、二人っきりだったので……」


「「……」」


 数秒の沈黙ののち、テラさんがハッとなってかぶりを振った。


「ち、違う違う! 今日はたまたま、育て屋の調子どうかなって思って覗きに来ただけだから! 私たちは別に何でもないから安心して!」


「そ、そうなんですか……」

 

 ここで僕は、ようやくローズの勘違いを理解した。

 二人きりで家にいたら、何やら意味深な関係があるんじゃないかと疑うのも無理はない。

 当然僕とテラさんはそんな関係ではないので、テラさんの否定に同意しておいた。

 するとローズは安堵したように胸を撫で下ろす。

 まあ、もし僕たちが前述したような関係なら、ローズからしたら相当気まずかっただろうし。

 空気を壊したわけではないとわかって安堵するのも当然である。


「それで、ローズちゃんはどうしてここに? ローズちゃんも私と同じように育て屋の様子が気になったとか?」


「あっ、いえその……」


 テラさんに問われたローズは、僕が預かった荷物を指し示した。


「今日はお菓子屋さんで美味しそうなお菓子を見つけたので、ロゼさんに食べていただきたくて買って来たんですよ」


「あっ、いつもありがとね」


 手提げ袋の中を覗いてみると、僕が好きそうな甘い系のお菓子が入っていた。

 ローズは毎回、何かしらのお菓子や食材を持ってうちに遊びに来てくれるのだ。

 するとテラさんが、僕の一言に引っかかりを覚えた。


「いつも? えっ、何? もしかしてローズちゃん、結構頻繁にロゼ君のところに遊びに来たりしてるの?」


「頻繁にって言うか、あれからほぼ毎日だよね?」


「は、はい。そうですね」


 ローズは懐から巾着袋を取り出して、お土産に付け加えるように僕に渡してくる。


「立て替えていただいた解呪費の返済をしなければいけないので、こうして毎日少しずつ」


「毎度どうも。余裕が出てきてからでもいいって言ってるんですけど、ローズがどうしてもこうしたいからって」


「……」


 そう答えると、テラさんの眉がますます不思議そうに寄っていった。

 何もおかしいことは言っていないよね?

 なんて思っていると、テラさんが驚愕した様子でローズに尋ねた。


「ロ、ローズちゃんって、今はヒューマスの町じゃなくて、『パーライト』の町で活動してるんだよね? 最近うちのギルドにも滅多に顔見せないし」


「えっ? はい、そうですけど」


「ここからパーライトの町まで、馬車で()()()くらい掛かると思うんだけど、どうして毎日ロゼ君の家に遊びに来られるのかな?」


「……」


 ……そういえばそうだ。

 ローズは現在、冒険者活動の拠点を隣町のパーライトという町に移している。

 というのも、ローズは限界突破(エクシード)を果たして一級冒険者を凌駕するほどの実力者になってしまった。

 この駆け出し冒険者の町では力が有り余ってしまうので、今は多種多様な依頼が舞い込むパーライトで活動をしている。

 その町はここから、馬車でおよそ丸一日。

 今思えば、ローズが毎日うちに遊びに来ているのは明らかにおかしい。

 テラさんの一言で、遅まきながら気が付かされた。

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