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第二十話 「早熟の弊害」

 

 レイン大森林。

 元は東の大国が所有していた資源の一つ。

 今世にて貴重な木材が豊富に収集できる場所ではあったが、現在では森王軍の『侵域』と化している。

 大陸の各地に各魔王が支配している区域があり、魔王たちはそれを徐々に広げて大陸の支配を目指してる。

 そして人間が追いやられて取られてしまった場所のことを『侵域』と呼び、人間側はその侵域を取り戻すために魔王軍と戦っている。

 互いの領地の狭間となる真新しい侵域が紛争地になることが多く、レイン大森林もその例に漏れずに戦いの舞台となっていた。


 東の勇者ダリア率いる『平和のお告げ(ピースサイン)』と、魔王軍の一つである森王軍との戦いの舞台に。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 しかし戦いは、あまりにも一方的なものになっていた。

 剣聖ダリアは絶望した気持ちで戦況を確かめる。

 前方には森王軍の軍団員の群れ。

 左側にはボロボロに傷付いた聖騎士ユーストマ。

 右側には呪いを掛けられて倒れる聖女アイリスと賢者グリシーヌ。

 状況はすでに崖っぷち。


(こんなはずじゃ、なかったのに……!)


 東の勇者と呼ばれているダリアは、まるで違った未来を想像していた。

 天職のレベルを最大にまで上げて、人類の限界点に到達した勇者パーティー。

 どんな魔獣にも負けることなく、人類が恐れている魔王軍すら容易く壊滅させていく。

 そしてやがてすべての魔王軍を壊滅させて英雄として称えられる。

 ……はずだったのに、自分たちは魔王軍の一つである森王軍に勝てずにいた。

 さらには、ある一つの事実が、ダリアが抱く絶望感に拍車を掛けていた。


(どうして、ただの()()連中にすら勝てないのよ……!)


 相手は森王軍の長である森王ガルゥ……ではない。

 ただの構成員である幹部の魔獣たちだ。

 そんな魔獣たちすら、満足に倒せずに躓いている。

 聖女アイリスと賢者グリシーヌが倒れているのを横目に、密かに舌を打っていると、森王軍の一人である狼顔の魔獣が前に出てきた。


「お前、本当に噂の勇者ダリアか?」


「な、なんですって……!」


 挑発された気持ちになり、ダリアは額に青筋を立てる。

 その剣幕に狼魔獣はまるで動じることなく、落ち着いた様子で続けた。


「すでに仲間たちはボロボロ。自分だって疲れ切ってろくに戦うことができない状態じゃねえか。勇者ダリアは歴代でも指折りの冒険者だって聞いてたんだけどな。実物が大したことなくて拍子抜けしたぜ」


「……っ!」


 ダリアは怒りの表情で歯噛みするが、何も言い返せない。

 奴の言ったことはすべて事実だからだ。

 仲間たちはもう戦えないくらい消耗している。アイリスとグリシーヌに至っては完全に昏睡状態だ。

 そして自分も疲弊し切っている。

 そんなこちらの状態を見て、他の魔獣たちが嘲笑を浮かべた。


「うちのリーダーの首を取りに来たんだろうが、その程度の力量じゃこの森すら抜けることはできねえよ」


「お前らよくそんな実力でこの森に入って来られたな」


 その声に、周りの魔獣たちが笑い声を伝染させる。

 自分だって、もっと戦えると思っていた。

 最上級の天職を有していて、さらにレベルは限界値に到達している。

 冒険者階級だって最年少で一級にまで跳ね上げて、冒険者ギルドの本部からは『勇者』という称号までもらった。

 そんな自分が、どうして森王軍の幹部にすら勝てないのだろうか。


「ハッ! まるで上等な剣だけ渡されて、ろくに剣術も学ばずに強くなった気でいるボンボンの剣士みてえだな」


「な、何よ……何が言いたいのよあんた……」


 狼魔獣は挑発をするようにダリアに言った。


「天職もいいもん持ってて、レベルも限界まで成長させてるみてえだが、お前らは“ただそれだけ”って意味だよ」


「ただ、それだけ……?」


「戦いにおける技術も戦略も何もない。与えられた力を振るうだけの能無しだ。そこらの低級の魔獣を狩るだけならそれで充分なんだろうが、俺たち森王軍にはそれだけじゃ勝てねえよ」


「……」


 技術も戦略もない。

 与えられた力を振るうだけ。

 戦いの中で薄々感じていたが、まさか自分たちは天職の力を使いこなすことができていないというのだろうか。

 最大レベルにまで至った『剣聖』の力を、最大限に発揮することができていないのか。

 だとしたら連中に勝てないのも納得がいく。

 レベル50の剣聖の力を以ってすれば、こんな連中に負ける道理は決してないのだから。

 ではなぜ、天職の力を最大限に扱うことができていないのか?


「お前らいったい、どうやってそのレベルに辿り着いたんだよ? 他人が成長させた天職をそのままもらい受けたみてえな不安定さだな」


「こ、この天職は、間違いなく私たちのものよ! 神が私たちに授けて、私たちが成長させた……」


 私たちが、成長させた力?

 そう言いかけて、不意に言葉を切ってしまう。

 違う。自分たちが成長させた力なんかではない。

 自分たちの天職は、あいつの力でここまで成長したのだ。

 そう思うと同時に、その人物の言葉が脳裏をよぎった。


『最後に、一応忠告しておくよ。この先の森王軍の侵域に行くつもりみたいだけど、それはまだやめておいた方がいい』


 育成師アロゼ。

 他人を成長させることを得意としている『育成師』の天職の持ち主。

 あいつの育成師の能力によって、自分たちはここまで急成長することができた。

 否、レベルだけ急成長してしまったせいで、力と技量が釣り合っていない状態になってしまったのだ。

 天職のレベルとその人間の戦闘技術は平行して上がっていくものなので、レベルだけ急激に成長してしまったら力を最大限に発揮することなんてできるはずがない。


(あいつには、こうなることが全部わかってたの?)


 戦闘経験が浅いまま、レベルが限界値に到達した時の弊害が。

 戦闘的な技術が備わっていないせいで、力量的に劣る相手にも勝てないということが。

 それだけ、あいつの育成師としての力が“異常”だということ。

 自分たちの技量が素人並みのまま、レベルを限界値まで到達させるほどの驚異的な育成能力。

 ただスキルによって成長率を高めていただけではない。効率的な狩りの方法。神素の取得に関する豊富な知識。万能性のある希少な支援魔法。

 それらを総動員することで、推定二十年は掛かるだろうレベル限界値まで、僅か三年で到達させてみせた。

 戦闘技術が培われていないのも当然である。

 それを知らずに自分は、自らの力を過信して……


「うらあぁぁぁ!!!」


 突然、左に立っていた聖騎士ユーストマが、大声を上げながら大槍を地面に突き立てた。

 直後、それを振り上げて砂塵を巻き起こす。


「チッ、悪あがきしてんじゃねえ!」


 砂埃によって森王軍の視界を一時的に奪うと、彼は倒れているアイリスとグリシーヌを抱えてダリアの方を振り向いた。


「逃げるぞダリア!」


「はっ!? このままやられっぱなしで逃げ出せるわけないでしょ!」


「バカ言ってんじゃねえ! アイリスとグリシーヌがやられたんだぞ! 意地張って戦い続けたら全員死んじまう!」


「……っ!」


 ダリアは苦渋の選択で、ユーストマの意見を飲み、そのまま背を向けて魔獣たちから逃げ出した。

 ボロボロの体をふらつかせながらレイン大森林を抜け出す。

 それからしばらく平原を走り続けて、侵域の区切りとなる山脈にまで辿り着いた。

 人の町に続いている岩山の洞窟を見つけて、ひとまずはそこに駆け込んで休むことにする。

 いまだに拭い切れない悔しさに歯を食いしばっていると、松明を燃やしているユーストマが悔しそうな声を漏らした。


「まさか天職の力と戦闘技術に、ここまでの差があるとは思わなかったな。初めて魔王軍の連中と戦って気付かされたよ」


「……」


 同じことを思っていたが、ダリアはあえて黙り込んでいた。

 それを口にしてしまうと、あいつの力を認めることになってしまう。

 天職の力と戦闘技術が乖離しているほど、自分たちは早く強くなりすぎたということだから。


「今の俺たちじゃ、まだあいつらには敵わねえよ。ここは一度退いて、しっかりと準備し直した方が……」


「それじゃあ、あいつの言った通りになるじゃない……! それにここで逃げ出したなんてみんなに知られたら、勇者パーティーの面目が丸潰れでしょ」


 悔しさを滲ませるダリアとは違い、ユーストマは倒れている二人の仲間を見て冷静な意見を出す。


「意地張って無茶したら、今度こそ全員殺されちまうよ。それに見たとこ、森王軍の中には霊王軍の連中が混じってた」


「霊王軍?」


「森王軍の中に、呪いを使う魔獣はいねえって聞いたことがある。それにアイリスとグリシーヌを昏睡させられるほどの術師ってなると、やったのは間違いなく霊王軍の連中だ。それもおそらく幹部クラスのな。もしかしたら奴ら、森王軍と手を組んだのかもしれない」


「……」


 だとしたら尚更、このまま考えなしで突っ込むのは得策ではない。

 下手をしたら自分たちも、何かしら特殊な呪いを掛けられてしまうかもしれないから。

 それにもし本当に森王軍と霊王軍の二者が手を組んでいるとしたら、おそらく最大規模の魔獣集団になっているはず。

 自分たちだけでなんとかするのは不可能と言い切れる。

 ここで逃げたらあいつの言った通りになってしまうが、やはりここは撤退した方が……


「見ーつけた!」


「「――っ!?」」


 不気味な声が洞窟に響いて、ダリアとユーストマは咄嗟に立ち上がった。

 洞窟の出入口には、いつの間にか森王軍の追手たちが。

 そのうちの一人である、シルクハットとジャケットを身に付けた骸骨姿の魔獣が、『カカカ』と奇妙な笑い声を漏らした。


「残念でしたね。私は呪いを掛けた対象者の位置を把握することができるので、隠れたって無駄ですよ」


「くそっ……!」


 ユーストマはふらつきながらも槍を構える。

 その姿を横目に見て、ダリアは腰の剣を抜いてユーストマの前に立った。


「ユーストマ、あんたは二人を連れて町に戻りなさい」


「はっ? ダリアはどうすんだよ」


「私はここで、あいつらの足を止めるわ」


 昏睡している二人を抱えてこいつらから逃げるのは至難。

 ならばここで足止めをする人間が必要になる。

 それと同時に、アイリスとグリシーヌの呪いも解呪しなければならない。

 呪いは呪術師を倒すことで解呪が可能なので、彼女たちに呪いを掛けたあの魔獣を倒さなければならないのだ。

 そのために自分がここに残る。

 勇者の面目もこれで保たれるし、それにこれなら……


(あいつの言った通りには、絶対にならない!)


 自分が“本当の勇者”だと、ここで勝って証明してみせる。

 勇者ダリアの中にあるのは、そんな愚かな意地だけだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  今更だけど、解呪師と霊王軍が裏で繋がってたりしないかな?  呪いを与えて、そのまま死んでいくのを待つのもよし、もし解呪される際も、法外な解呪費を山分けして資金を得るのも良しって感じに…
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