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第二話 「はじまりの町」

 

 魔王軍。

 五大獣と呼ばれる、五体の凶悪な魔獣を王に据えた軍団。

 竜魔族の長――竜王ドランが率いる『竜王軍』。

 死霊族の長――霊王ヴァンプが率いる『霊王軍』。

 海類族の長――海王オロチが率いる『海王軍』。

 森魔族の長――森王ガルゥが率いる『森王軍』。

 岩械族の長――岩王ゴライアスが率いる『岩王軍』。

 この五つの魔王軍を完全制圧することが、全冒険者の最大目標となっている。

 そして、魔王軍制圧の可能性を最も秘めているとされる勢力が、各地の勇者が率いている四つの冒険者パーティーである。


「なんか、すっごく久々な気がするなぁ」


 そのうちの、東の勇者ダリアが率いている『平和のお告げ(ピースサイン)』を追い出されてから二ヶ月。

 ようやく僕は生まれ育った故郷である、駆け出し冒険者の町『ヒューマス』に帰ってきた。

 僕の覚えでは、およそ六年ぶりくらいだろうか。

 町並みはほとんど変わっていない。

 円形の町が二つ、川を挟んで並んでおり、間を巨大な石橋で繋いでいる。

 上空から見ると、持ち手が短い“鉄アレイ”のような形をした町だ。

 二つの町は西区と東区と言い分けられていて、巨大橋も合わせて一つの町(ヒューマス)と見做されている。


「相変わらず、駆け出し冒険者が多いなぁ」


 西区の西門から、実家がある東区を目指して歩いていると、多くの若い冒険者たちとすれ違った。

 このヒューマスの町は、まだ活動を始めたばかりの駆け出し冒険者が集まる場所として有名だ。

 なぜ駆け出しばかりが集まるのかというと、一言で言ってしまうと、この辺りには弱い魔獣が多いからである。

 ヒューマスの近辺には手頃な魔獣地帯が多数あり、それに関連する冒険者依頼が多く入ってくる。

 ヒューマスの町もそれなりに栄えた場所で、武器防具を打てる職人やら冒険に役立つ品を提供してくれる商人も大勢いる。

 何よりご飯とお酒が美味しい。

 ギルドに冒険者登録をしたばかりの駆け出したちにとって、これほど嬉しい環境は他にないだろう。

 僕も幼児の頃から冒険者になった後まで、この町に大層お世話になったものだ。

 ここなら静かにのんびりと暮らしていけるだろう。


「あれっ? アロゼ君?」


「えっ……?」


 懐かしい気持ちで町を歩いていると、突然道の端から名前を呼ばれた。

 振り向くとそこには、木造りのベンチが置かれていて、驚いたことに見知った女性が腰掛けていた。

 十六、七歳前後に見える透明感のある女性。肩まで伸ばされた茶髪。毛先を僅かに巻いていて上品な雰囲気を漂わせている。

 襟付きの白シャツに黒ジャケットという格好は懐かしさを思い出させて、僕は呆気にとられながら彼女に応えた。


「も、もしかして、テラさん……ですか?」


「そうそう、覚えててくれたんだ。久しぶりだね」


 僕が駆け出しの頃に、よくギルドで受付の業務をしてくれた、受付嬢のテラ・ブルーヌさん。

 今はお昼の休憩中なのか、サンドイッチを片手にベンチで寛いでいる。

 六年ぶりくらいに会ったけど、全然変わっていなくて驚いた。


「テラさん、ずっとこの町のギルドで受付をしてるんですか?」


「うん、そうだよ。もっと大きな町のギルドからも声は掛かってるんだけど、私はもうここで慣れちゃってるから」


 大きな町のギルドほど、受付さんに支払われるお給金も多いと聞く。

 しかしテラさんはお金よりも快適さを選んだみたいで、この町のギルド受付嬢を続けているらしい。

 十歳からずっと受付の業務をしていて、実年齢は僕より二つ高い二十歳くらいだと思われるが、柔らかい童顔のせいでもっと下に見えてしまう。


「アロゼ君のほうこそ、この町に来るなんて珍しいね。確か今は、勇者ダリアのパーティーで活動してるはずじゃなかったっけ? もしかして勇者パーティーも今この町に……?」


「あっ、いや、そうではなくてですね……」


 気まずい気持ちになって言い淀んでしまう。

 けれど僕は意を決して打ち明けることにした。


「僕、勇者パーティーを追い出されたんですよ」


「えっ……」


「もう僕の役目は終わってしまって、これからは邪魔にしかならないから出て行けって。それでまあ、行く当ても特になかったので、故郷のこの町に帰ってきたんです」


 テラさんは驚いたように目を丸くする。

 割と曖昧な説明だと思ったけれど、それでも彼女は理解してくれたようだ。


「……そっか、君の天職『育成師』だもんね」


「覚えててくれたんですか?」


「うん、よく覚えてるよ。あの時は私も受付の仕事を始めたばっかりだったし、幼いアロゼ君が色々と苦労してるの、一番近くで見てきたから」


「……」


 そういえばそうだったと思い出す。

 同時にふと脳裏に苦い記憶が蘇った。


『育成師としてパーティーに入りたいだ? ハッ、他人を強くする前に、まずは自分が強くなってから出直してこい』


 今ではそれなりに戦闘の支援ができるけれど、駆け出しの頃は何の役にも立たない愚図だった。

 年齢も年齢で、平均的に十五歳前後で冒険者登録をするはずが、僕は六歳の頃から冒険者をやっていた。

 だからどこのパーティーにも入れてもらえず、入れてもらえたとしてもすぐに追い出されたりした。

 この町に残っているのは、何も良い思い出だけではないということだ。

 ギルドでよく受付をしてくれたテラさんは、その事情を一番知っている人物と言っても過言ではない。


「でも、そっか。また、追い出されちゃったんだね」


「……はい」


「アロゼ君すごく強くなって、剣聖ダリアのパーティーに誘われたって聞いたから、もう大丈夫だと思ってたんだけど……」


 僕もこんなことになるとは思っていなかった。

 仲間たちが成熟した後でも、支援役として頑張っていこうと思っていたのに、まさかあんな理由で追い出されてしまうなんて。


「じゃあ、これからまた新しい仲間探しでもするのかな? 仲間集めしてる駆け出し冒険者多いから、すぐに見つかると思うけど」


「いえ、そのつもりでこの町に帰ってきたわけではないです。僕はもう、誰ともパーティーを組む気はありませんから」


「誰とも? それじゃあこれからは、単独で活動を続けるってこと?」


「まあ、はい。そうなりますね……」


 玉虫色の返答をすると、テラさんは苦笑を浮かべて続けた。


「まあ、パーティーを追い出された後だから、誰とも組みたくはないよね。でもアロゼ君なら、他のパーティーに行っても全然活躍できると思うけどなぁ。それこそ君の目標の魔王討伐だって、君の力を他のパーティーに貸せば、いつかは果たせるんじゃないかな」


「それはもう他の冒険者たちに任せることにします。僕がやらなきゃいけないことでもないですし、何よりこれ以上、あんな思いをするのは御免ですから」


「……そう」


 そのやり取りだけで、テラさんは色々と察してくれたようだ。

 僕がどんな理由で勇者パーティーを追い出されて、そしてどんな気持ちになっているか。


「ま、もし気が変わって誰かとパーティーを組みたくなったら、すぐに私に伝えてよ。アロゼ君のこと大々的に紹介掲示板に貼り出してあげるからさ!」


「変な尾ひれとか付きそうで怖いですけど、もしそうなった時は、よろしくお願いします。あっ、それとはまた別のお願いがあるんですけど、冒険者ギルドへの再登録ってできたりしますか?」


「再登録?」


 僕は声を落として続ける。


「冒険者手帳を失くしてしまって、再発行してもらおうと思ったんですけど、それならいっそのこと再登録して名前も変えちゃおうかなって思いまして……」


「できないことはないけど、それやっちゃうと冒険者階級も最下位の五級に戻っちゃうよ? それでもいいの?」


「はい。もう難しい依頼とか受ける気ありませんし、勇者パーティーにいた“アロゼ”だって、周りに気付かれたくないので」


 おそらく近々、僕が勇者パーティーを追放されたことが広まるはず。

 すでに大きな町とかには伝わっているかもしれないけれど、このヒューマスに流れてくるのも時間の問題だ。

 メンバーの一人であるアロゼ・フルールは、力不足で戦いについて来られなくなったと。

 だから僕は名前を変えて活動を続けたいと思っている。

 どこのパーティーから誰が追い出された、なんて些細な情報はいちいち出回るものではないけれど、それが著名な勇者パーティーともなれば話は別だ。 

 僕は勇者パーティーで一番影が薄かったけれど、さすがに追い出されたとなれば話は広まるはずだから。


「まあ、アロゼ君がそう言うなら止めはしないけど、新しい登録名はどうするつもりなの?」


「あっ、そうですね。アロゼなので……“ロゼ”とかでいいですかね」


「なんかテキトーだなぁ」


 しかもそれ変える意味ある? とテラさんにくすくすと笑われてしまった。

 気持ちを新たにするための意味もあるので、再登録さえできればなんでもいいんだけどさ。


「よしじゃあ、さっそく手続きしちゃおっか。私がやってあげるから一緒にギルド行こう」


「あれっ、今お昼休み中じゃないんですか?」


「そうだけど、再登録はそんなに手間じゃないし、もう少しアロゼ君とお喋りしたいから全然いいよ。もしアロゼ君がよかったら、旅の話とか色々聞かせてよ」


「はい、僕の話なんかでよかったら、是非」


 というわけで僕は、勇者パーティーのアロゼから名前を変えて、駆け出し冒険者のロゼとして再スタートすることにした。


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