第十九話 「育て屋さん」
あまりにも突然の打ち明けに、僕は声を荒げる。
「テ、テラさん!」
「あ、あれっ? もしかしてまだバレてなかったのかな?」
まだローズには勇者パーティーにいたアロゼだとはバレていない。
そのことは極力隠し通そうと思っていたのに、まさかテラさんの口から出てしまうなんて。
と、テラさんに憎しみの視線を向けようとすると、それはあまり意味のないことだった。
「……“やっぱり”ロゼさんって、勇者パーティーにいたアロゼさんだったんですか?」
「えっ? き、気づいてたの?」
「育成師のロゼさんって聞いて、なんとなく名前も特徴も似ているなぁって思っていました。それに助けていただいた時の実力からも、たぶんそうなんだろうって……」
「さ、先に言っておいてくれよ」
ていうかそうだよね、これだけの情報が出ていて勘づいていない方がおかしい。
ともあれ育成師のロゼだと告げたテラさんには、どっちにしても責任の一端があるので、僕は細めた目を向けることにした。
するとローズが、改めて僕が育成師アロゼだとわかったからか、勇者パーティー時代のことを聞いてくる。
「実力不足によってパーティーを解消したって聞きましたけど、それって本当なんですか?」
「……うん、合ってるよ」
その認識で間違っていない。
町で流れているその噂の通りだ。
僕は実力不足でついて行けなくなった。
と言っても、ローズは納得していないように浮かない顔をこちらに向けていた。
「本当に、ロゼさんほどの実力の方が、実力不足でパーティーを解消されることなんてあるんでしょうか?」
実際に目の前で僕の実力を見たローズが、怪訝そうな顔でそう言ってくれる。
正直その評価はローズの買い被りな気もするけれど。
その視線に耐え切れなくなった僕は、観念して打ち明けることにした。
「パーティーメンバー全員のレベルが限界値になったから、成長の手助けしかできない育成師はもういらないんだってさ。僕がいると色々と都合も悪いらしいし」
「……ひどい」
当時は僕もひどい仕打ちだと思ったけれど、今となってはそこまで気にしているわけではない。
実際に魔王軍との戦いにはついて行けそうになかったし、今は今で幸せに暮らしているわけだから。
「天職のせいで色々あったっていうのは、そのことだったんですね」
「そうだよ。だから育成師としてまたどこかのパーティーに入るのは、嫌だって思ってたんだ。また同じ思いをするのは御免だったし、何より僕はもう疲れちゃったからね」
ぐっと背中を伸ばしながら続ける。
「で、今は勇者パーティー時代に稼いだ貯金を切り崩しながら、伸び伸びと暮らしてるってわけ。まあこれからはそういうこともできなくなりそうだけど」
「……」
そう言った後で、遅まきながら気づいてしまう。
ローズが申し訳なさそうに表情を曇らせていることを。
「あっ、ごめん、そういうつもりで言ったわけじゃ……!」
「いえ、それは私のせいです。私のお母さんを助けるために、そのお金を使わせてしまったんですから」
余計なことを言ってしまったかもしれない。
ローズはひどく罪悪感に満ちたような顔で、改まって頭を下げてきた。
「立て替えていただいだ分は、なるべく早くご用意いたします。他にもお詫びを付け加えたり、ロゼさんの言うことならなんでも従いますから」
「い、いいよ別に。用立てした分はいつか返してくれればそれでいいからさ。まあ、のんびり暮らせなくなるっていうのは惜しいけど、昔みたいに冒険者稼業を頑張ればそれでいいだけだからね」
そう、そんなに責任を感じる必要はない。
僕のスローライフが少し崩れてしまったというだけなんだから。
それで人一人の命が助かったのだから充分だろう。
僕がまた冒険者稼業を頑張ることになった、というだけの話だ。
なんて思っていると、テラさんから冷静なツッコミを受けてしまった。
「でもロゼ君、ギルドに再登録したばっかりだから、五級の低級依頼しか受けられないよ」
「うっ――」
そうだった。
しかも四級に上がるための昇級試験はつい昨日終わってしまったばかり。
しばらくは五級のまま低級依頼だけで食い繋いでいくしかないってことになる。
もちろんそれだけで食べていくことはできないから、日雇いとか別の仕事をしながらってことになりそうだけど。
そう考えただけで気持ちが重たくなってくる。せっかくの僕のスローライフが……
「ご、ごめんなさい。私が成長の手助けを依頼したばっかりに、こんなことにまでなってしまって……」
「い、いいって別に。誰もここまで飛躍するとは思わなかっただろうし、全部僕が好きでやったことなんだから」
冒険者依頼と日雇い。
勇者パーティーのメンバーから一転、崖っぷちの五級冒険者にまで成り下がってしまい、僕は内心で大きく肩を落とした。
昇級試験があれば突破はできるだろうけど、それまではやっぱりチマチマ稼いでいくしかないよなぁ。
そんなことを思って憂鬱な気分に浸っていると、なんとテラさんから意外な提案を持ちかけられた。
「いっそのこと、これを“商売”にしちゃうってのはどう?」
「「えっ?」」
これ。
というのはどれのことを指しているのか。
おそらく話の流れからして、“成長の手助け”のことを言っているのだろう。
成長の手助けを商売にするとは、いったいどういうことだろうか?
「五級の冒険者依頼だけだと食べていくのは難しい。だから他の仕事と両立しながらってことになるけど、ロゼ君はなるべくのんびりと苦労せずに過ごしていきたいんだよね」
「は、はい」
改めて聞くと怠け者精神極まりないけど。
「なら今回のローズちゃんみたいに、駆け出し冒険者の成長を手助けしてあげてさ、それで報酬をもらうっていうのはどうかな?」
「……」
成長の手助けをして報酬を得る。
商売にするとはそういう意味だったのか。
「前にも『商売始めたらどうかな?』って聞いた時、ロゼ君も『いいかもしれないですね』って言ってたじゃん。今よりも楽できそうだからって」
「た、確かにそう言いましたけど、これを商売にするって具体的にはどういう風にすればいいんでしょうか? 『一緒に冒険について行って、成長の手助けをしたら何フローラ』みたいな感じですか?」
「うーん、それだとわかりづらいから、レベルが一つ上がる度に300フローラとかでいいんじゃないかな? 確かロゼ君が持ってるのって、レベルを急成長させる力だったもんね」
「……な、なるほど」
レベルが一つ上がる度に報酬発生。
割といい商売になりそうだった。
それに300フローラという値段設定も、パッと出したにしては的を射てる。
およそ五級の冒険者依頼一つ分の値段だから、駆け出し冒険者たちでも払えなくはない値段だろう。
解呪師ロータスの解呪費に比べたら可愛いものだし。
「今回のローズちゃんみたいに、伸び悩んでる駆け出し冒険者たちは大勢いるの。だからそんな子たちのために、『レベル上げ屋』みたいなものがあったらいいんじゃないかなって、前々から思ってたからさ」
「レベル上げ屋……」
「いや、それだと呼び方が露骨な感じがするから、育成師が成長の手助けをするって意味で『育成屋』とかかな?」
「そ、それもちょっと変な感じが……」
まあ呼び方に関してはこの際なんでもよくて。
問題は別のところにあった。
「もしその育成屋をやるとしても……僕、周りに育成師の天職だってバレたくないんですけど」
変に目立ったりするのはやっぱり嫌だ。
今回のローズみたいに育成師だとわかった時点で、勇者パーティーのアロゼだと気づく人も多いと思うから。
もし育成師として活動していくならその問題がついて回ることだろう。
どうにかしてそれを回避することはできないものかな。
困り果てている時、ローズから意外な助け舟が出された。
「育て屋……」
「えっ?」
「『育成師』だとアロゼさんだとバレちゃいますけど、『育て屋』っていう天職ということにすればバレないんじゃないんですか?」
「……な、なるほど」
天職を偽るというわけか。
元々は育成師アロゼと呼ばれていたけれど、今度は育て屋ロゼとして活動すればバレないのではないかという考えだ。
「ですから商売の名付けについても、いっそのこと天職の名前をそのまま使って……『育て屋』さん、とかどうですかね?」
「……」
育て屋さん。
聞いた瞬間にハッとさせられる何かを感じた。
駆け出し冒険者の成長を手助けする仕事。
僕はただ一緒に冒険について行って、依頼主の成長を見届けるだけ。
難しいことをする必要はなく、依頼主のレベルが上がれば上がる分だけ報酬をもらえる。
なんだか伸び悩んでいる駆け出し冒険者たちから搾取するみたいで、少し気が引けるけれど。
確かにそれなら面倒な他の仕事をする必要もないし、のんびりと稼ぐことができる。
冒険者として誰かとパーティーを組むわけでもないので、また使い捨てられるという心配もないし、育成師の天職を最大限に生かした仕事のように思える。
「……いいかもね、それ」
どうせこのままだったら、五級の冒険者依頼と日雇いでチマチマ稼ぐことになる。
それで腐っていくくらいなら、やってみてもいいかもしれない。
もしかしたら前よりものんびりとした生活だってできる可能性があるし。
何より……
『ロゼさんのおかげで、私はここまで強くなることができました。本当にありがとうございます!』
ローズのあの笑顔を思い出し、僕は心に決めた。
「育て屋、ちょっとやってみようと思います」
一人の少女を助けたことにより、その日から僕の新しい挑戦が始まった。
勇者パーティーを追い出された育成師の僕は、育て屋でスローライフを目指してみます!