第十八話 「戦乙女の帰還」
翌朝。
僕はローズと彼女のお母さんのことが心配で、あまり深く寝つけなかった。
そのため寝不足気味で、窓から入る朝日がいつもより眩しく感じる。
二度寝しようにも不安な感情の方が先行してしまい、僕は落ち着かない気持ちで家の中をうろうろとした。
「……ローズ、大丈夫かな」
すでに彼女は戦乙女として覚醒した。
実力だけで言えば一級冒険者と遜色ないほどに成長している。
それに潜在能力で言えば勇者をも超える逸材だと判明した。
けれど心まで強くなったわけではない。
もしあの解呪の依頼が達成されていなくて、お母さんの呪いが解けていなかったとしたら。
僕の予測が間違っていて、すでに呪いによって命を奪われていたとしたら。
あの子の心は、果たしてそれに耐えることはできるだろうか。
そんな悪い予感が脳裏をよぎるせいで、僕の心は落ち着かない。
その時、突然――
コンコンコンッ。
と、扉が叩かれた。
弾けるようにそれに反応した僕は、すかさず扉に駆け寄って手を掛ける。
「ローズ!?」
勢いよく扉を開けてみると、そこには……
「……悪かったねぇ、愛しのローズちゃんじゃなくて」
「……」
茶色の髪にベストとシャツという服装。
ギルド職員のテラさんだった。
落胆したというわけではないが、僕はため息混じりに肩を落とす。
そして一言くらい何か言い返してやろうと思い、テキトーなことを言っておいた。
「……テラさんも充分愛おしいので嬉しいですよ」
「えぇ!?」
なんて冗談を言いながら、僕はリビングに戻っていく。
テラさんにも中に入ってもらうように促そうとすると、彼女はなぜか頬を染めながら唇を噛み締めていた。
「……まったく君は、不意にテキトーなこと言わないでよね」
ぶつぶつと不満らしいものを呟きながら、テラさんは中に入ってくる。
いったいこんな朝早くからどうしたのだろうと思っていると、その疑問を感じ取ったように彼女が言った。
「ローズちゃん来てるかなって思って、様子を見に来たの。まあ昨日の今日で戻ってこられるはずもないから、いるとも思ってなかったけどさ」
「さすがに今のローズでも、たった一日で町と村の往復はできないですからね」
と、テラさんもわかってはいるものの、気持ちが落ち着かなくてこうして確かめに来てしまったのだろう。
僕だって扉が叩かれた時、もしかしてローズが戻って来たのではないかと思ってしまったくらいだし。
同じくテラさんもローズのことが心配で仕方がないといった様子だった。
「お母さんのこともそうだけど、急に町を飛び出して行っちゃって大丈夫なのかな? なんか色々と心配だよ」
「今のローズなら、ちょっとやそっとのことじゃ大事にはならないと思いますけど、変な事件に巻き込まれないとも限りませんからね」
「じゃあ何、その目の下のクマはローズちゃんが心配で寝られなかったとか?」
「…………はい、まあ」
僕は思わず目を隠してしまう。
テラさんはそのことを揶揄うように悪戯っぽい笑みを向けてきた。
「でもそっか。ここにも来てないとなると、まだ向こうの村にいるのかもしれないね」
「……結果がどっちにしても、そうだと思います」
お母さんの解呪が成功していた場合でも、失敗していた場合でも。
向こうでは色々とやることも多いだろうから、こっちに戻って来て報告するのが遅れるのは当然のことである。
帰りはさすがに馬車で来るだろうし、もう少し日にちを見た方がいいだろう。
テラさんもそれは承知の上だったらしく、仕事前に寄ってくれたということで、早々にこの家を後にしようとした。
「じゃあ、もしローズちゃんがここに顔見せたら、私にも教えてね」
「はい。僕の方からも、もしギルドに来たら教えてくれると助かります」
というわけで短いやり取りではあったが、テラさんとの話し合いは以上となった。
彼女はこのままギルドの仕事に向かうようで、それを見送りに玄関までついて行く。
すると……
コンコンコンッ。
再び家の扉が叩かれた。
今まさにテラさんを見送ろうとしていた時だったので、二人してビクッと驚いてしまう。
いったい誰だろうと若干危惧しながら、恐る恐る扉を開けてみると……
「ロ、ローズ!?」
扉の前には、くたくたな様子で項垂れるローズがいた。
息も絶え絶えになっており、服のあちこちには泥が跳ねている。
まさにボロボロのその状態のローズを見て、テラさんはすぐさま駆け寄った。
「だ、大丈夫ローズちゃん!? もしかしてローズちゃん、休みなしで……」
「は、早く、ロゼさんやテラさんにご報告したくて……」
ローズは行きと同様、帰り道も自分の脚で踏破してきたようだ。
僕は思わず驚愕の瞳でローズを見据える。
いくら勇者に迫る実力を付けたからって、それはあまりにも無茶だ。
馬車で三日かかる道のりを半日で踏破して、それを休みなしで往復する。
さすがに限界突破したローズも疲労困憊に陥るのは当然だ。
そこまでして僕たちに伝えたかったことを、彼女は涙混じりの声で告げてきた。
「お母さん、大丈夫でした。ちゃんと呪い、消えていました」
ローズは嬉しさのあまりか、目の前のテラさんの胸に倒れ込みながら感涙を流す。
その感情が移ったようにテラさんも涙を滲ませると、ローズの頭をゆっくりと撫で始めた。
やがてローズはテラさんにお礼を言って離れて、次に僕の方を向いて深々と頭を下げた。
「ありがとう、ございます……! 本当に、ありがとうございます……!」
「……お礼を言うなら、呪いを解いてくれた解呪師さんに、じゃないかな」
僕は大したことはしていない。
解呪費用を負担しただけなのだから。
「でも、ロゼさんが解呪費を出してくれていなかったら、今頃お母さんは……」
それでもローズはお礼を言い続ける。
しばらくそうすると気持ちが落ち着いてきたのか、ずっと胸に抱えていただろう疑問を口にした。
「どうしてロゼさんは、あんな大金を持っていたんですか?」
「あっ、それは……えっと……」
なんて答えるべきだろうと悩んでいると、別の人物が声を挟んできた。
「それはまあ、勇者パーティーにいたからね」
「えっ……」
とんでもない暴露に、僕は思わずぎょっとした。