第百七十八話 「荒れ狂う砂地」
――父さんと母さんも、この黒い砂の地を踏んだのだろうか?
竜王軍との戦いで、竜王ドランに手をかけられてしまった父さんと母さん。
冒険者として竜王軍の侵域に攻め込んだのがその発端だと聞く。
長らく竜王軍は侵域を変えていないと聞くので、当然父さんと母さんもこの砂漠の地に足を踏み入れて険しい道のりを踏破したのだろう。
まさかこんな形で両親の最後の旅路を辿ることになるなんて思わなかったな。
『なんでお父さんとお母さんは、冒険者になったの?』
『なんでって、そりゃ当然目立ちたかったからに決まってるだろ。冒険者全盛の時代って言われるくらい、みんな冒険者に憧れてたからな。なあ母さん?』
『なあって、お父さんと同じにしないでください。アロゼ、お母さんは違うからね』
ずっと仲が良くて、喧嘩しているところをほとんど見たことがなかったふたり。
父は割と能天気な人で、一方で母は面倒見が良くて落ち着いた性格の人だった。
いつもふたりでくだらないやり取りをしていて、冒険者として旅をしている時もまったく変わらない掛け合いをしていたらしい。
そんなふたりがどうして危険な冒険者になったのか気になって、こうして尋ねたことがあった。
『私は昔馴染みのお父さんを手伝うつもりで冒険者になって、気付いたら今日までずっと冒険者をしていたって感じよ。目立ちたかったから、なんてお調子者みたいな理由で冒険者になったのはお父さんくらいだからね』
『ま、最初は目立ちたかったってのが理由だけど、今は少しだけ違うかな』
『違う?』
『随分と長く冒険者を続けてきたからな、その中で失った仲間たちも大勢いるんだ。その仲間たちが冒険者として叶えられなかった夢や目標を、今は代わりに俺が叶えてやりたいって思ってるんだよ』
父はお気楽な性格をしていたが、同時に正義感も人一倍強い人だった。
仲間のことを第一に考えていて、みんなで楽しく過ごす、をモットーに生きていた。
だからこそ亡くしてしまった仲間の想いや無念もずっと胸に仕舞っていて、竜王軍に戦いを挑んだのも仲間の雪辱を果たすためだったと聞いている。
母さんも父さんのその想いを尊重し、一緒に竜王軍の侵域へと向かった。
そんなかっこいい理由とは違うけれど、僕も今は同じく竜王軍の侵域へ向けて足を進めている。
実は少しだけ、ちょうどいい機会だとも思った。
あの町で育て屋を続けるために、竜王軍とひとりで戦おうと思ったけれど、父さんと母さんの敵討ちも一緒にできるから好都合だと。
育て屋が狙われたのはある種、いいきっかけだったとも言えるのかもしれない。
「近くの洞窟に入ります」
「えっ? ど、洞窟? なんで急に?」
「見てわかりませんか? 砂嵐が強くなってきたからですよ」
気付けば黒い砂嵐は、その激しさをさらに増して吹き荒れていた。
気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうなくらいの強風。二、三歩先もまともに見通すことができない景色。痛くすら感じる顔にぶつかる不快な砂粒たち。
まともに歩くこともままならない状況になったので、一度洞窟に入って砂嵐をやり過ごそうとランは考えたようだ。
物思いにふけっていたせいで、砂嵐の変化にまるで気が付くことができなかった。
視界に関しては支援魔法の【視覚強化】を使えば見通すことはできなくはないけど、目に入る砂までは防いでくれない。
結局満足に前を見ることができず、進行方向もわかりづらくなるので、大人しく弱まるのを待った方が良さそうだな。
ランの意見に賛成し、近くの洞窟で休憩をとることにした。
休憩できそうな場所もある程度は知っているようで、ランは迷いない足取りで進んでいく。
その後について行くと、程なくして地面を斜め下に掘り進めたような大きめの洞窟が見えてきた。
ランに続いて洞窟に入ってみると、中は思った以上に広くて快適だった。
肩や頭に乗っている砂を手で払いながら、同じことをしているランに問いかける。
「この砂嵐はどのくらいで落ち着くんだ?」
「まちまちです。数時間で弱まることもあれば数日かかる場合もあります」
「はぁ……できれば早めであることを願うよ」
こっちはさっさと全部終わらせて帰りたいんだから。
ヒューマスの町を旅立ってからすでに二週間。
さすがに育て屋から僕がいなくなったことは、みんなもう気が付いているだろう。
それを依頼で遠方に出ていると捉えているか、何か不幸に見舞われたのだと思っているかは定かではないが。
何にしろ早く帰って、また育て屋の活動を再開させたいな。
ちなみに食料や水の問題に関しては、道中に人が食べられそうな植物や水を確保できる場所があるそうなので心配はいらないらしい。
ただ今の手持ちは潤沢とは言えないので、その点からも早く砂嵐が止んでほしいと思った。
「んっ?」
そんなことを考えながら肩の砂を払っていると……
モゾッ……と、洞窟の奥で影が動いた気がした。
それを視界の端に捉えた僕は、釣られてそちらに視線を向ける。
刹那――
「――っ!」
真っ黒な細い影が、こちらに向かって飛びかかって来た。
咄嗟に身を屈めて影を躱した後、すかさず横に飛び退って距離をとる。
次いで【視覚強化】を使って視界を明瞭にすると、飛びかかってきた影の正体をその目で確認した。
「……蛇?」
蛇。それも三つの頭を持った青い蛇。
明らかな異形の姿からして、これはどう考えても“魔獣”だ。
洞窟の奥に同じ蛇の魔獣が何匹も見えて、僕は思わず顔をしかめた。
「ちょ、ちょっと! 洞窟の中に魔獣がいるんだけど……⁉」
「えぇ。ここは魔獣の生息域なので当然です」
……いや、当然ですって。
淡々と答えるランに唖然とさせられてしまう。
このミッシング大砂漠には魔獣も生息している。
それは僕だって知っているが、ランが当たり前のようにこの洞窟にずかずか入っていくものだから、てっきりここは魔獣も寄り付かない安全地帯なのかと思った。
でもそういうわけじゃないのかよ……
ちょうど感知魔法が切れていたせいもあって、まったく気が付かなかったな。
「でもここを選んだってことは、何かしら魔獣を追い払ったり対抗する手段があるってことだろ?」
「いいえ、特に何もありません」
「えっ?」
「魔獣がいないことに賭けてこの洞窟に入っただけです。どうやら先客がいたようですが」
この砂漠地帯のことならなんでも知り尽くしているわけじゃないのかよ……!
でもまあ、よく考えたらそれもそうだよな。
ランもあくまで人間。
竜王軍に協力しているからといって、すべての魔獣を掌握できているわけではない。
危険区域の天候を操ったり完全な予測ができるわけでもない。
現にここに来るまでに何度か魔獣にも襲われたし、気まぐれなこの砂漠の砂嵐にこうして足止めだってされている。
ランでさえ、侵域に辿り着くまでは命がけということだ。
「面倒ですが、一時間歩いた先に似たような洞窟があります。そこに移りましょう」
「い、一時間……」
この険しい砂嵐の中を、さらに一時間も歩くの?
さすがにそれは躊躇われる。
それにその次の洞窟にも魔獣の先客がいる可能性はあるよな。
そうなればまた別の洞窟を探して歩く羽目になる。
だったらいっそのこと……
「ちょっとだけ後ろへ退いててくれ」
「……? 何をするつもりですか?」
「僕がここにいる魔獣を全部倒す。その方が確実だろ」
こんな過酷な砂嵐の中を一時間も歩くよりマシだ。
それに見たところ、この蛇たちは僕でも対処できそうな魔獣だし、竜王軍と戦う前の肩慣らしにもなる。
戦いの勘を、少しずつでも取り戻していかないといけないからな。
三つ頭の蛇たちが目を妖しく光らせる中、僕は懐から短剣を抜いて逆手持ちで構えた。




