第百六十七話 「やりたいからやる」
ソラリスおじさんは僕の声を受けて、伏せていた顔を上げてくれる。
切なそうに細められていた目を丸くして、驚いた顔で僕のことを見てきた。
まさか励まされるとは思っていなかったのだろうか。
しかし今のは励ましでもなんでもなく、僕が本心で思っているただの事実だ。
「年齢や天職を理由に夢を諦める必要はありません。ましてや冒険者に関しては年齢の制限なんてありませんから。いつでも挑戦することが許されているんです」
それこそ下から上まで、様々な年齢の冒険者がいる。
僕なんて六歳で始めたくらいで、上にはソラリスおじさんと変わらないくらいの歳の人だっている。
だから年齢は冒険者を諦める理由にはならないのだ。
「そしてどの天職にも必ず、何かしらの強みがあると僕は思っています。ずっと弱いままの天職なんて存在しない。ソラリスおじさんの天職はきっと、まだ芽を出していない種の状態なんです」
天職とは、人々が魔獣に対抗するために神様が授けてくれる力。
力の上限下限に差はあれど、どの天職も必ずある程度は魔獣に対抗できる力を内包している。
それで二十年以上も真面目に活動を続けているのに、低級の冒険者のままだったのは、きっとソラリスおじさんの天職がまだ覚醒していないからだ。
この人もおそらく、僕が今まで見たきた子たちと同じで、覚醒が難しいタイプの天職のはず。
「正しく水と陽光を与えてあげれば、必ずその芽は顔を出す。あなたがまだ強くなりたいと望むなら、僕はその方法を探します。ご高齢でもできる戦い方を考えます」
いまだに目を丸くして固まるソラリスおじさんに、僕は静かに笑いかけた。
「育て屋はいつでも、伸び悩む人をお待ちしていますから」
冒険者と同じく、育て屋に来る人も年齢の制限なんてない。
強くなりたいと願う人に、僕は手を差し伸べ続ける。
ソラリスおじさんは固まっていた表情をおもむろに緩めていき、僕の笑みに釣られるように微笑んでくれた。
「……まったく、五十近く離れた青年に、ここまで慰められることになるとはの」
暗くなっていた顔はどこかに消え去り、また太陽のように暖かい笑顔を取り戻してくれた。
次いでソラリスおじさんはおかしそうに笑い声をこぼすと、机に立てかけてあった杖を小突いて僕に言う。
「確かに冒険者に年齢の制限はないからの。ワシにも挑戦する権利はあるな。しかし杖をついて腰の曲がったじいさんに、果たして冒険者が務まるかの」
「いいじゃないですか、おじいさん冒険者。それに今も現役で最前線にいる、立つのもやっとのおじいさんが冒険者をやっているのを僕は知っています」
現在、最高齢の冒険者として知られているその人は、若者たちと肩を並べて一級冒険者として活躍している。
魔法使い系の天職であることが幸いしていると聞いたことがあるけれど、それなら同じく激しい動きが必要ない戦い方を考えればいいだけだ。
何よりこの人の天職にはまだ覚醒の可能性が秘められていて、胸の内には英雄への憧れという熱い気持ちが宿っている。
「きっとあなたにもそれができるはずだ。あなたの英雄への願望がそれを実現させるはずだ」
僕は今まで見てきた子たちを脳裏に思い浮かべながら、彼女たちに教えてもらった“核心”をソラリスおじさんに告げた。
「できそうだからやる、ではなく、やりたいからやる、という心意気を持っている人が、本当に成長できる人だと僕は信じていますから」
「……」
これまで育て屋で成長してきた子たちは、決して運が良かったから成長できたわけではない。
強くなりたいと願う“やる気”が、彼女たちを育て屋まで連れてきて、一度や二度の躓きも乗り越えさせた。
そんな彼女たちの根気に負けないくらいのやる気が、ソラリスおじさんの中にも確かにある。
まだ彼の胸中に大きな後悔が残っているのがその証拠。
ソラリスおじさんは僕の言葉を咀嚼するように、ゆっくりと頷きを繰り返すと、最後に爽やかな笑顔をこちらに見せてくれた。
「……では、気が向いたら頼らせてもらうとするかの」
その表情はどこか、期待に胸を膨らませてはじまりの町を走る駆け出し冒険者の爽やかさに、相通じるものがあると感じた。
ソラリスおじさんから悲しげな気持ちを取り払ってあげることができて、僕は深く安堵する。
実際僕は、ただの事実を口にしただけなので、積極的に慰めたつもりはないけど。
やっぱり年齢や天職を理由に英雄になることを諦める必要はどこにもないんだ。
「……」
改めてその言葉を頭の中で反芻させた僕は、胸の内に“もやもや”とした何かが生まれるのを感じる。
年齢や天職を理由に、英雄になることを諦める必要はない。
本当にこの言葉は、ソラリスおじさんだけに向けて口にした言葉なのか?
この言葉を必要としているのは彼だけなのか?
いや、本当にこの言葉を送りたい相手は……
そのもやもやを誤魔化すように、僕は咳払いをひとつ挟んでからソラリスおじさんに言った。
「それにあなたのおかげで、この町では目立ったトラブルもなく、住民みんなが平和に暮らせています。先ほど僕のおかげでこの町の笑顔が増えたと仰いましたけど、この町をずっと守り抜いてくださったあなたのおかげでもあるんですよ」
僕は前に誰かに言ってもらったことを思い出しながら、またただの事実を告げる。
「英雄になる前に、あなたは他の誰かを英雄にする手助けをしていた。それは間違いなく立派な功績です。ですから、もう寂しそうな顔はしないでください」
「育て屋さんというのは、力だけではなく心まで育てて前向きにさせてくれる、立派なお仕事なんじゃな」
ソラリスおじさんの顔には、もう翳りは欠片も見えなくなっていた。
窓から差し込む夕日が彼の顔をさらに明るく照らし、こちらに笑いかけてくれる。
「では、これからも一緒に、このはじまりの町の笑顔を増やしていこうではないか」
「はい。ソラリスおじさんの分も含めて」
大好きなこの町に、またひとつ笑顔が増えたのだった。




