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第百六十六話 「それは枯れた花か」

 ソラリスおじさんの表情は穏やかなままだった。

 けれど顔には翳りが落ちていて、彼の心の内をあらわしているように見える。

 まだ確証があるわけではなかったので、僕は確認する意味を込めて問いかけた。


「……冒険者をしていたのは、どれくらい前のことなんですか?」


「剣を取り、冒険者の道を歩み始めたのは十二の時だったかの。それから時期を見て剣を置いたのが三十五の時であった。今からだいたい四十年くらい前のことじゃ」


 予想の通り、ソラリスおじさんは元冒険者で間違いないようだ。

 そして四十年前に剣を置いて引退してしまった人。

 先ほど僕は、この町では数え切れないくらいの悔し涙が流れたはずだと言ったが……

 おそらくその中に、ソラリスおじさんの分も含まれている。

 彼は立っているのが疲れたのか、僕の対面の椅子におもむろに腰かけた。

 そしてリビングの壁際にある本棚に目を移しながら、感慨深そうに続ける。


「動機は単純なものでな、幼少期に読んだ英雄譚に憧れて冒険者になったんじゃ。駆け出しの当初は、本当に自分が主人公になったような気持ちで、何もかもが楽しかったの」


 自分が主人公になったような気持ち。

 それはすごく共感できる。

 最初はみんな成長が早いから、強くなっていくのを一番実感できる。

 できることもどんどん増えていって、冒険が本当に楽しかったな。


「しかし次第に、自分の成長を実感しづらくなっていった。昨日と今日で何も変わっていない。そんな日が連続するようになり、駆け出しの頃の楽しさはいつの間にか消えてしまっておったの」


 ソラリスおじさんは卓上で両手を重ねて、そこに目を落としながら続ける。


「そして気が付けば、同年代の冒険者たちが先を行く中、自分だけが低級に取り残されておった。パーティーに誘われる回数も減っていき、さらに時が過ぎると、年下にまで追い越されるようになってしまった」


 僕にも少し心当たりがあって、ぎゅっと胸を締めつけられてしまう。

 冒険者になってから少し経った頃、僕は冒険者歴に反して実力がそこまで伸びておらず、色んなパーティーから門前払いされた。

 同時期に冒険者になった人たちは順調に階級を上げているのに、自分だけはずっと低級で足踏みをしていて、取り残されているような感覚が強かったな。

 そのあと奇跡的に、冒険者になったばかりのダリアたちと出会い、実力も年齢も近かったのが幸いしてパーティーを組むことができたんだ。

 まあ、結果的に彼女たちのパーティーから追い出されることにはなったけど。


「さすがに長らく低級でくすぶっていたからの、自分の才能の無さを自覚せざるを得んかった。自分は英雄にはなれない。冒険譚の主人公みたいにはなれない。それを悟った時、すでにワシは三十五に差しかかっておった」


「……その時、冒険者をやめてしまったんですか?」


「町長の座を継がねばならん立場でもあったからの。両親に言われてケリをつけたんじゃ。冒険者手帳を手放す時、仕方がないことであるとワシは割り切っておった」


 町や村の長は、だいたいその家系に生まれた長男が立場を引き継ぐことになっている。

 おそらくソラリスおじさんも例外ではなく、いつかは冒険者を辞めることになると考えてはいたんだ。

 そして時がきて、才能の無さを自覚していたから辞めることにそこまで抵抗もなかったらしい。


「しかし最近は、もう少し頑張ってみてもよかったのかもしれないと思うようになった。あの時両親に、強く抗議してもよかったのではないかと思うようになった。あなたに助けられた駆け出し冒険者たちを見て、そんな気持ちを抱くようになったんじゃ」


「僕が助けた人たちを見て……」


 ソラリスおじさんは心なしか自嘲的に微笑む。

 卓上で重ねた両手を寂しげにさすりながら、胸の内を吐露してくれた。


「育て屋さんで才能を開花させた駆け出し冒険者たちを見ていると、心の中の昔の自分がこう騒ぐんじゃ。『自分もまだ強くなれたのではないか』、『自分でも英雄譚にその名を刻めたのではないか』とな」


 次いでこちらを真っ直ぐに見据えてきて、両手に力が入るのが見える。


「それこそ冒険者を辞める前に、育て屋さんに見てもらえていたら……なんてみっともない妄想を最近よくしてしまう。醜いことを言うようじゃが、今あなたに見てもらえる駆け出し冒険者たちが、どうしようもなく羨ましい(・・・・)


 ……羨ましい。

 僕の力を、こんなにも認めてくれて、ここまで求めてくれる人がいるなんて。

 それほどまでに、ソラリスおじさんの胸中にある後悔が大きいということ。

 まだ強くなれる方法があったんじゃないか。英雄になれる可能性があったんじゃないか。育て屋でそれが見つかったんじゃないか。

 だからもっと早く、僕に会えていたらよかったと、ソラリスおじさんは言ったんだ。


「こんなことを聞かせたところで、ロゼさんを困らせてしまうだけじゃな。老いぼれの情けない戯言だと聞き流してくれ」


 僕は、ソラリスおじさんにそこまで言ってもらえたことを、心から光栄に思った。

 同時に、この人にこれ以上悲しい顔をさせたくないと思い、静寂に沈みかけた空間に確かな声を響かせる。


「冒険者をやるのに……夢を追いかけるのに、年齢なんて関係ありませんよ」

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「どうしようもなく羨ましい」この言葉がとても辛い…
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