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第百五十一話 「十年もの停滞」

 訪ねてきたお客さんはランさんという方だった。

 物腰が柔らかく声音も優しげ。

 歳が僕と同じか少し上くらいに見えるので、おっとりとしたお姉さんという印象を受けた。

 育て屋に依頼があるということだったので、詳しい話を聞くためにランさんを家へと招き入れた。

 お茶も淹れ終わり、お互いに椅子に座ったところで、僕はつい口をすべらせる。


「遠いところを、わざわざお越しいただいてありがとうございます」


「えっ? わたくし、よその町から来たとお話ししたでしょうか?」


「あっ、この町で見かけた覚えがなかったので。もしかしたら遠方から来た方なのかと……」


 決めつけでそう言ってみたが、ランさんは驚いたように口に手を当てた。


「なるほど、そういうことだったのですね……! はい、その通りですよ。わたくしはここより南方にあるバークチップ王国からやってきました」


「バークチップですか。そんなに遠くから……」


 馬車を乗り継いでも一ヶ月ほどかかる距離だ。

 ていうかそこまで育て屋の噂が広まっていることにも驚きである。

 コスモスが言っていた通り、ローズが東の勇者として名前をあげ始めたから、育て屋のこともより広く知れ渡り始めたのかもしれない。


「育て屋さんはこの町での生活が長いのですか?」


「ロゼでいいですよ」


 ランさんがこくりと頷くのを見てから、僕は自分のことを軽く話す。


「ここでの生活が長い、というより、僕は元々この町の生まれなんですよ。一時期は冒険者として各地を巡ってましたが、今はこの町に戻ってきて駆け出し冒険者の手助けをしているんです」


「この町が故郷なんですね。それでしたら確かにわたくしがよそ者だと簡単におわかりになりますね」


 得心したように微笑むランさんは、次いでハッと何かに気付いたように続ける。


「駆け出し冒険者が集うと言われているこの町で、駆け出し冒険者の手助けができる力を授かるだなんて、なんだか運命的なものを感じますね」


「……言われてみれば確かに」


 これまでそんなに気にしたことがなかったけど、確かに運命的かもしれない。

 駆け出し冒険者が集うヒューマスで、『育成師』の天職を授かるなんて。

 神様がしっかりと下界を見てくださっているという証拠なのだろうか?

 まあそれはいいとして……


「ランさんの口ぶりから察するに、僕の力についてもご存じなんですね」


「はい。その力をぜひともお借りしたく、ロゼ様のところを訪ねさせていただきました」


 話が早くてこちらとしても助かる。

 さっそく僕は依頼についての話をしようと思い、先に事前確認をしておくことにした。


「わかりました。では念のためなんですけど、事情についてお尋ねしていいですか?」


「事情、ですか?」


「ランさんのことを疑っているわけではないんですけど、育て屋としては手助けする相手は選ばないといけないので、どのような理由で育て屋に来てくれたのか慣例で聞いていて」


「なるほど。悪人に力が渡ってしまってはいけませんからね」


 心苦しいお願いだったのにもかかわらず、ランさんは快く身の上を話してくれた。


「まずわたくしについてなんですが、普段ロゼ様を頼りにする方々と違い、冒険者ではありません」


「あっ、そうなんですね」


 白いローブと純白の髪。

 新雪を思わせるお淑やかな見た目の女性で、野蛮な感じは一切ないので冒険者じゃないのはイメージ通りだ。

 けれど冒険者にも色々な人がいる。

 まったく喧嘩とかしなさそうな人でも、パーティーの後衛を務めて貢献している冒険者だっているし。

 だからランさんも見た目に反した冒険者かもしれないと思っていたけど、事実は見た目通りだった。


「では、普段は何をしている方なんですか?」


「故郷の町にある治療院で“治癒師”をしています」


 本当に見た目通りの人だった。

 おっとりとした印象からも、慈愛に満ちた顔で誰かの傷を治している光景が容易に想像できる。

 ってことは、ランさんは治癒関係の天職持ちということか。


 僕は天職の詳細が記された天啓を覗ける『神眼』のスキルを持っている。

 だから天啓を見ればその可能性には自ずと辿り着けただろうが、僕は普段他人の天啓を見ないよう心がけている。

 心苦しいし失礼だからね。

 ともあれランさんが治癒師ということがわかり、また一つの疑問が浮上してきた。


「治癒師の方がどうして育て屋に……?」


「ここを訪れる方々と同じです。わたくしも成長したいのです。そうしないと、わたくしのことをここまで大きくしてくれたセパル治療院に恩返しができませんので」


 恩返し……

 何やら込み入った話になりそうだと思い、僕は改めて姿勢を正す。

 ランさんはそれを見てから、遠い日のことを思い出すように、宝石のような碧眼を僅かに上に向けて続けた。


「わたくしは元々孤児だったのです。幼い頃、冒険者だった両親が早くにこの世を去り、残されたわたくしは孤児院に送られることになりました」


 冒険者だった両親が早くに亡くなった。

 思わぬ部分で自分と共通するところがあって人知れず驚く。


「けれど当時、周りにあった孤児院はどこも経済的に圧迫された状況で、新規の子を受け入れる準備が整っておりませんでした。そこでわたくしのことを引き取ってくれたのが、両親が最期にお世話になった治療院だったのです」


「治療院が孤児の引き取り? 聞いたこともない話ですが……」

 

「目の前で両親を失い、悲嘆に暮れるわたくしを同情してくれたというのもそうですが、わたくしの天職が治癒師向きのものだったのも理由の一つだそうです」


「あっ、なるほど」


 将来的に治癒師として活躍してくれるかもしれないと思ったからか。

 ただでさえ治癒師向きの天職持ちって少ないし、治療院はどこも人手不足と聞いているから。

 けれどそんな現実的な理由があっても、子供一人育てるだけでも相当な労力と費用がかかる。

 セパル治療院がランさんのことを引き取ったのは、やはり感情的な理由が一番なのではないだろうか。


「わたくしもいずれは治療院を手伝えるようになろうと、幼い頃から治癒師になるための研鑽を積んでまいりました。どうしてもセパル治療院に恩返しがしたくて。ただ、一つだけ問題が……」


「問題?」


「わたくしの天職は治癒に関係したものなので、本来であれば他の治癒師と同じように、魔獣に傷を付けられた人を治してあげたら自ずと天職が成長していくのですが……」


 言いかけたランさんは、不意に水を掬うように両手を掲げる。

 そして聖職者が神様に祈りを捧げるかのように、ゆっくりと口を動かした。


「【天啓を示せ】」


 瞬間、何もない空間から羊皮紙のような紙が現れる。

 あらかじめ手を構えていた彼女は、突如として出現したそれをそっと受け止めた。

 天職の詳細が記された天啓。

 ランさんはそれをこちらに手渡してきて、神眼のスキルも使っていなかった僕は、初めて彼女の天職を目にすることになった。


【天職】調停者

【レベル】1

【スキル】

【魔法】神聖魔法

【恩恵】筋力:F100 敏捷:F100 頑強:F100 魔力:E150 聖力:E150


 調停者。

 見覚えのない天職に僕は眉を寄せる。

 いや、それ以上に目を引く項目が一つあった。

 それをランさんは自ら触れて、育て屋にやってきた理由を明かしたのだった。


「十年間、治癒師として活動を続けたのですが、成長する兆しがまったく見えてこないのです」

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― 新着の感想 ―
コミカライズの宣伝から来ました。 面白かったけど更新が停滞してるのが残念です。 他の作品も面白そうなので、そちらも見てみますね。
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